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極限環境微生物の先端科学をSDGs達成のために社会実装する研究-Extremophiles × SDGs × Toyo Grand Design 2020-2024-

  • 重点研究課題:

    (3) (5)

  • 研究主体:

    生命科学研究科(東洋大学バイオレジリエンス研究プロジェクト)

  • 研究代表者:

    伊藤 政博 教授(生命科学部 生命科学科)

  • 研究期間:

    2021年4月~2024年3月

SDGsの達成を支える極限環境微生物の先端科学

自然界には高温、高塩濃度、放射線、有機溶媒といった過酷な極限状態でも生育可能な微生物が存在する。この「極限環境微生物」が今、新たな生物資源として注目されている。極限環境微生物を研究対象とし、その科学技術を社会実装して、SDGsへの貢献につなげる研究を進める東洋大学バイオレジリエンス研究プログラム(BRRP)は、世界的にも類を見ない新たな試みだ。東洋大学の強みである極限環境微生物の分野におけるCOE(Center of Excellence)を目指し、学内はもちろん、国内外の産官学に所属する研究協力者と有機的に連携し、分野を越えたグローバルな研究を推進していく。

取材:2021年6月

極限環境微生物の可能性を見出し、社会実装につながる研究を

「SDGsの達成を支える極限環境微生物の先端科学」をテーマとする今回のプロジェクトについて、代表者である伊藤政博教授は、極限環境微生物とSDGsを組み合わせた研究プロジェクトは、世界でも類を見ない新しい研究分野になると期待を寄せる。

人類がこのままの生活を続けていたら、いつか地球は滅びてしまう。SDGsが提唱された根底には、そのような地球規模の課題意識がある。だからこそ、「科学者も基礎研究ばかりをしてはいられない時代が来たのだと強く感じている」と伊藤教授は言い、「SDGsに貢献できるような研究を推進していくことは、研究者にとっての使命であり、やりがいのあること」だと研究の意義を述べる。

その考え方は、東洋大学の創立者・井上円了博士の教えにも通じるものだ。円了博士は、晩年に記した著作『奮闘哲学』において、哲学には知識を追求して真理を解明する「向上門(こうじょうもん)」と、学んだことを駆使して人々に利する「向下門(こうげもん)」があるとし、「向上するは向下せんためなり」(自分自身を向上させ磨くのは、人々に役に立つためである)という言葉を残している。

そしてこの考え方は、生命科学部の創設当初から現在に至るまで、大切に受け継がれてきた。例えば、アルカリ性の環境を好んで生育する微生物『好アルカリ性細菌』を発見し、世界に先駆けて学問として体系化したこの分野の第一人者であり、初代学部長を務めた故・掘越弘毅教授は、その研究により、コンパクト洗剤の開発やサイクロテキストリンの工業化など、数々の先端科学で社会実装に貢献し、日本ばかりではなく世界に極限環境微生物研究の功績を残してきた。

そして、今回のプロジェクトにおいても、日々取り組んでいる基礎研究から得た先端技術と知見を「いかに社会に還元し、地球規模の課題解決に貢献できるか」ということを意識しながら、メンバーたちは研究を進めている。

分野横断の幅広い研究でSDGsの実現に貢献

今回のプロジェクトでは、SDGsに掲げられた目標のうち、「環境浄化」「健康福祉」「産業応用」の3つの項目に応じたグループに分かれて、それぞれがSDGsの貢献につながる研究テーマに取り組んでいる。

例えば、環境浄化のグループは、高機能微生物による放射性セシウム除去技術の社会実装や、日本の浄水場の施設で使われている技術を簡略化し、東南アジアなど途上国でも利用可能な浄化装置の開発に取り組んでいる。また、健康福祉のグループでは、DNAの修復関連タンパク質の基礎研究から、酵素を実用化させる研究や、極限環境微生物が持っている酵素をターゲットにして、新たな薬剤としての利用を探っていく。そして、産業応用のグループでは、醤油を圧搾したあとの搾りかすである「もろみ粕」に、塩分が多い環境でも生きることのできる「好塩性微生物」を使って、もろみ粕の廃棄減量化やエタノール生産による有効利用の研究を進めている。

科学技術の革新によって、人類はこれまで汚染や環境問題などのさまざまな問題を乗り越えてきた。近年では海洋プラスチック汚染が世界的な環境問題となっているが、伊藤教授によれば、このプロジェクトではプラスチック分解菌の研究にも取り組み、さらなる科学技術の推進を目指すという。

さらに、プロジェクトメンバーとして名を連ねる生命科学部7名、理工学部1名の教授人8名を中心に、文系の先生も含めた国内外24名の先生と分野横断的に共同研究に取り組んでいく予定だ。伊藤教授は「本学のSDGsに貢献する専門性の高い研究に取り組む文系の先生方とも一緒に研究を進めていき、それが大きな輪になっていけたら」と、今後の研究の広がりを希望する。

また、この重点研究推進プログラムでは、社会実装志向の強い博士研究員を「プロジェクト・ポスドク(研究助手)」として、博士後期課程の学生を「リサーチ・アシスタント(RA)」として雇用して研究に取り組んでもらうなど、若手研究者の育成にも力を入れている。そのためプロジェクトメンバーである8名の教授陣は、自身の研究室に所属する学生の研究を見るだけにとどまらず、研究室同士で連携して、学生の研究内容について発表を聞き、助言をするといった取り組みを始めた。伊藤教授は「将来、研究者を目指すのか、就職するのかといった進路選択を前にした学生たちがこのプロジェクトを通じて、世界をリードする研究に自身も携わる機会を持ち、自分で考える力を身につけてほしい」と願っている。

極限環境微生物分野でのCOEを目指して

今回のプロジェクトは、2021年度より「東洋大学重点研究推進プログラム」に採択されてスタートした。3年間と限られた研究期間で達成すべき目標は、明確に設定されている。初年度となる2021年度は、極限環境微生物の基盤研究をブラッシュアップして、2年目はSDGsが掲げる持続可能な社会の実現に向けて、社会実装のための課題研究に取り組む。そして、最終年度となる3年目には、研究成果の社会実装につなげていく。

3年間の研究計画の中で成果を出すことは実際には難しいかもしれない。だが、伊藤教授は「SDGsのゴールである2030年を見据えて、10年間かけてこのプロジェクトを発展させていきたい」と考える。そこでまずは、1年目が終了した時点で、どのテーマの社会実装がより現実的であるかを見極めながら研究を進めていくことを想定している。そして3年目が終了した際には、社会実装はもちろんのこと、研究論文や特許の取得の数も、プロジェクトの達成目標として掲げている。研究を進めるうえでは、外部資金の獲得も不可欠であり、国際学会への出席や国際シンポジウムの開催などを通じて、研究内容を学外へ周知し、共同研究者との連携や、社会実装化に向けた産官学連携も強化していく。

極限環境微生物が持つ能力を研究して、その能力をさまざまなものに生かし、「社会実装」に繋げることが、地球環境の改善、つまりSDGsが掲げる目標の貢献にもつながる。伊藤教授をはじめとするプロジェクトメンバーは、東洋大学のバイオレジリエンス研究プログラムが、「極限環境微生物分野での世界的研究拠点」となることを目指し、今後も研究に邁進する。

伊藤 政博

東洋大学生命科学部教授、バイオレジリエンス研究プロジェクト・プロジェクトリーダー。
東京工業大学大学院理工学研究科化学工学専攻修了。博士(工学)。ニューヨーク・マウントサイナイ医科大学で3年間勤務し、1997年より東洋大学生命科学部に着任。この間、2008年から2年間、文部科学省研究振興局で学術調査官を兼任、2011年に日本学術振興会賞を東洋大学教員として初受賞。極限環境微生物研究の先端科学をSDGs達成のために貢献できる研究開発を目指している。専門は極限環境微生物学、農芸化学、応用微生物学。