3.すべての人に健康と福祉を9.産業と技術革新の基盤をつくろう

バイオミメティクス活用による高機能かつ持続可能なものづくり

  • 重点研究課題:

    (5)

  • 研究主体:

    生体医工学研究センター/工業技術研究所

  • 研究代表者:

    合田 達郎 教授(理工学部 生体医工学科)

  • 研究期間:

    2021年4月~2024年3月

バイオミメティクスを活用し、持続可能な社会を創出

近年、生物の持つ優れた構造や機能などを解明し、新たな技術を生み出す「バイオミメティクス」が世界的に注目されている。日本では2018年に、「持続可能性を支える技術の開発・普及」として、バイオミメティクスを活用していくことが打ち出された。150万種存在するとされる真核生物のなかで、バイオミメティクスの参入はまだわずか8%未満にすぎない。東洋大学生体医工学研究センターが「東洋大学重点研究推進プログラム」の採択により、2021年4月よりスタートさせたばかりのプロジェクトは、専門領域の異なる比較的若い世代の研究者たちが連携し、バイオミメティクスを活用した高機能かつ持続可能なものづくりを目指している。

取材:2021年6月

生物の構造やシステムから学び、ものづくりに生かす

生物が地球上に誕生して、38億年。生物は、長い年月をかけ、トライ&エラーを繰り返して、自らさまざまな環境に適応させて進化し、持続可能性を維持してきた。「バイオミメティクス」とは、そのような生物が進化の過程で獲得してきた、構造・機能・生産・情報処理から着想を得て、それらを科学、医学、産業などさまざまな分野に生かそうとする概念だ。

生物のものづくりと、人間のものづくりにはさまざまな違いがある。生物は分子から個体までどの階層をみてもシームレスにできており、その形や構造がいろいろな機能と連動して、一つのシステムを作っているのが大きな特徴だ。情報や空間を上手く使ってものを作り出し、機能を生み出すことができる。一方で、人間のものづくりはエネルギーや材料に強く依存している。このような性質の差をいかに縮めていくかが、私たちが持続可能な社会を築いていくうえで重要になる。

プロジェクトの代表を務める理工学部生体医工学科の合田達郎教授は、「例えば、人間が傷を負ったら、私たちが意識しなくても自然に血が止まって、元の状態に戻ろうとする『レジリエンス』という力が備わっています。こういった自律性や恒常性が生体の特徴であり、人間がまだ成し得ていないものづくりの能力です」と話す。このような生物の構造や機能の違いからヒントを得て、科学や医学、産業などのさまざまな分野に活かすことが、今回のプロジェクトの目的である。

個々の専門知識を生かして、高性能かつ持続可能なものづくりを

プロジェクトでは「バイオミメティクス活用による高機能かつ持続可能なものづくり」をテーマに掲げ、理工学のみならず、食環境科学や国際地域学、経営学の教授陣が集い、それぞれの専門領域を生かし、生物のものづくりに着想した4つの柱で研究に取り組んでいる。そして、研究を通じて、SDGsの17の目標のうち、「3. すべての人に健康と福祉を」「8. 働きがいも経済成長も」「9. 産業と技術革新の基盤をつくろう」「11. 住み続けられるまちづくりを」「12. つくる責任つかう責任」の達成に貢献することを目指す。

1つ目の柱である「生物の構造や形に着想した高機能なものづくり」では、機械工学を専門とする教員が、進化の過程で生み出された生物の構造や形に着目して、アヒルやトンボの形に真似た、高性能なカヌーやパドルの開発に取り組んでいる。

2つ目の柱である「生物の有する持続可能な生産方法に倣ったものづくり」の研究では、金属を使わない導電性有機材料による電子デバイスの開発や、現在は人間に感染するインフルエンザや、新型コロナウイルスなどを高感度に検出できる、マスクの中に装着するバイオセンサも開発中だ。

さらに、3つ目の柱となる「生物が行う情報プロセシングを活用したものづくり」は、人間より優れた嗅覚を持つ動物のシステムを模倣して、においを認識するにおいセンサや、呼気から健康状態を把握できる センサの研究も進めている。

4つ目の「バイオミメティクスとイノベーション推進」では、150万種におよぶ多様性をもった真核生物のなかに眠る未活用な生物模倣シーズと企業・産業分野のニーズとをマッチングさせる可能性と新しい方法論を開拓する。

今回のプロジェクトには、国際経済学や経営学を専門とする教員もメンバーとして参加しており、それぞれの研究の社会実装に向けた支援に携わっている。

合田教授によれば、バイオミメティクスは、一見すると理系の専門領域のようですが、実はとても包容力のある研究分野である。今後、バイオミメティクスをさらに推進していくには、例えばISOなどのルール作りや、生物のもつ資源をどのように機能につなげるかなど、さまざまな発想が必要になると言われる。

そこで、プロジェクトのメンバーである国際援助を専門とする教員は、開発途上国でも機能するようなシステムを構築して産業創出につなげる。経営を専門とする教員は、理系が持つシードを、社会のニーズにつなげるため、産学連携を進めていけるような技術力のある中小企業などとつなげていく。合田教授は「メンバーとなっている教員がそれぞれの分野のネットワークを用いて、学内にとどまらず、産官学連携で幅広く研究を深めていきたい」と考える。

多様な視点から知恵を出し合い、社会実装につなげる

専門領域のなかでの研究が深まるなかで、社会実装に向けた課題も見えてくる。

「例えば、私が進めている研究では、マスクにウイルスを検出するセンサを装着するにあたり、製造やデザイン、データ処理といった専門外の知識が必要になります。その際に、メンバーの専門領域での研究が生かされます。何かを形にしようとする際には、必然的にメンバー同士のコラボレーションが生まれる。そういったチームを作っています」と話す合田教授。お互いに強みを出し合い、弱みは助け合う。一般的に研究者は、自分の専門を深め、専門外の領域には手を広げないことが多いが、総合大学である東洋大学の学内プロジェクトであるからこそ、多様な視点から意見を聞くことができる。まさに、「多様性が組織を強くする」という意味でも強みがあると、合田教授は考えている。

バイオミメティクスは現在、分子レベルから、まちづくりレベルまで幅広く活用されている。階層が広いがゆえに、当然ながらひとりの研究者、1つの専門分野にはとどまることはない。

合田教授は言う。「例えば、私が研究しているにおいセンサを機械学習やAIと組み合わせてできるかもしれません。それでこそ、この重点研究推進プログラムで扱う枠組みであり、その分野のスペシャリストが担当していく研究になるのです」

バイオミメティクスは層が幅広く、今後はさらに分野の垣根を越えた研究が求められる。重要なのは、150万種も存在する生物のなかで、いかにリソースを活用していくか、ということだ。海外では、自然史博物館や学芸員などを総動員して、すべてをデータベース化し、オントロジーとよばれる手法でニーズとマッチングとさせている。だが、日本はまだその面では遅れているという。

そのような状況を前に、合田教授は次のように述べる。「だからこそ、文系の研究者など、専門の異なる研究者と連携して研究を底上げすることが大切だと考えます。今後はバイオミメティクス研究が国内で盛んに行われることを目指して、このプロジェクトを推進していきます」と展望を語った。

合田 達郎

東洋大学理工学部生体医工学科・大学院理工学研究科生体医工学専攻教授。
東洋大学生体医工学研究センター・工業技術研究所所属。
京都大学卒業。東京大学大学院工学系研究科マテリアル工学専攻修士課程、博士課程修了。博士(工学)。東京医科歯科大学生体材料工学研究所特任助教、助教を経て、2020年より東洋大学理工学部准教授に就任。2021年より現職。専門はバイオセンシング、バイオエレクトロニクス、バイオマテリアル。