1.貧困をなくそう11.住み続けられるまちづくりを

開発途上国における生活環境改善による人間の安全保障の実現に関する研究
-TOYO SDGs Global 2020-2030-2037-

重点研究課題:(5)  

研究主体:国際共生社会研究センター

研究代表者:北脇 秀敏 教授(国際学部 国際地域学科)

研究期間:2019年4月~2022年3月

構築したネットワークを活用して、開発途上国の生活環境改善を実現

東洋大学国際共生社会研究センターでは、海外の案件を中心に、開発途上国の生活環境の改善や貧困の削減などに関するさまざまなプロジェクトに取り組んでいる。2019年度から進めてきた「東洋大学重点研究推進プログラム」での3年間の研究は、2021年度で一つの区切りを迎えるが、引き続きSDGsの達成目標年である2030年、さらには東洋大学創立150周年を迎える2037年をゴールに設定し、今後も長期的な視野で研究開発を継続していく。異分野融合やオープンイノベーションを取り入れて、どのような活動内容を行ってきたのか。2020年度からのコロナ禍において、研究にはどのような影響がもたらされたのだろうか。

取材:2021年6月

『向下門』を意識して、国際貢献と研究を一体化する

開発途上国の生活環境の改善は、人間の安全保障における最重要課題だ。国際共生社会研究センターでは、インフラ建設、経済、社会面などの幅広い分野で、国連が掲げる持続可能な開発目標(SDGs;Sustainable Development Goals)を実現するために、これまでの知見をアジア、アフリカ、中南米、太平洋の開発途上国に還元している。

センター長を務める北脇秀敏教授は、「東洋大学の創設者である井上円了博士は、晩年の著作『奮闘哲学』の中で、哲学には知識を追求して真理を解明する『向上門』と、学んだことを駆使して人々に利する『向下門』があるとし、『向上するは向下せんためなり』 (自分自身を向上させ磨くのは、人々に役に立つためである)という言葉を残しています。私たちは、この言葉を胸に刻み、常に『向下門』を意識しながら、国際貢献と研究を一体化した活動に力を注いでいます」と、センターが目指す活動の趣旨を説明する。

研究チームは、文系・理系同数の専門家で構成され、途上国からの留学経験者や青年海外協力隊(JICA海外協力隊)所属の大学院生とも連携を図りながら、分野横断型の研究に取り組んでいる。また、NGOや国際協力機構(JICA)、国内の自治体や民間企業、本学の生命科学部とも連携を取ることで、活動の幅を広げてきた。

具体的な活動内容としては、バングラデシュの小学校にトイレを設置・普及する活動やミャンマー・インレー湖水質保全調査研究、フィジーにおける排水処理事業、サブサハラにおける村落給水事業、フィンランドとポルトガルと進めているコペアレンティングに関する国際共同研究、資生堂との産官学連携プロジェクト、熊本地震被災者の復興過程に関する研究など、多岐にわたる。これらの活動は、「途上国におけるSDGsの達成に向けた国際貢献のあり方に関する研究と実践」「社会インフラの充実を通してグローバル化時代に即した内発的発展を実現する普遍的手法の開発」を目的とするものだ。

また、研究成果を公表し、情報発信していくための活動にも積極的に取り組んでいる。従来からのSDGsの実践経験をまとめた和文および英文書籍を発行したほか、『SCOPUS』への20本の論文掲載、ニュースレターの発行(年間和文3報・英文2報)なども続けている。さらに2020年10月には、「Withコロナ時代のDecade of Action〜国際共生社会研究センターの貢献〜」と題したシンポジウムをオンラインで開催した。

「これまで通りいかない」からこそ、新しい可能性が生まれる

2020年から2021年度にかけては、新型コロナウイルス感染症の拡大により、海外への渡航が制限され、同センターにおける研究活動もさまざまな変化を余儀なくされた。だが、そのような状況下においても活動を止めることはできない。そこで、当初の計画を軌道修正したり、新しい研究手法や情報発信の方法を取り入れたりしながら、臨機応変に対応している。

例えば、国際協力NGOワールド・ビジョン・ジャパンと取り組んでいるサブサハラにおける村落給水事業では、オンラインを活用して「水衛生事業に関わるフィールド・スタッフのためのオンライン研修」を実施した。この研修ではタンザニアの会場に集まる現地のスタッフに向けてリモートで講義をし、参加者全員によるディスカッションの場を設けるなど、新しい研修の形が生まれた。

「コロナ禍で思うように活動が進まないこともありますが、その代わりにITを活用した調査手法が一気に10年分進んだと実感しています」と話す北脇教授。その結果、新しい研究の仕方や研究テーマの発見につながったという。これまでであれば、アフリカへ行くのに往復の移動を含めて1週間ほどかかっていたが、オンラインを活用することで、移動時間を伴わずに現地の人たちとつながることができるようになった。また、VR(バーチャルリアリティ)を活用することで体験型の調査をすることもできる。遠隔システムを活用し、現地スタッフに実際の現場を動き回ってもらい、そこで集めた動画や情報をもとに、研究チームで分析していくという研究の進め方も可能になった。また、会議もリモートで行うことによって、より効率的に情報交換ができるようになっている。

「今後、海外渡航が可能になったら、これらの新しい研究手法と実際に現地に足を運んで行う研究活動をうまく組み合わせて、相乗効果を上げていきたい」と、北脇教授は望む。

実践的な研究で、若手人材を育成

同センターには、これまでの活動を通して構築したネットワークが、アジア(タイ、ベトナム、ミャンマーなど)やアフリカ(ケニア、タンザニアなど)をはじめ、欧州や中近東など、世界各地に広がっている。また、センターの母体となる本学大学院の国際地域学研究科を修了した各国からの国費留学経験者は、母国において重要なポストに着任することが多く、世界各国で研究を進めるうえで、重要な役割を果たす。現在、ルワンダ共和国、マラウイ共和国、カンボジアなどの留学生を受け入れている。途上国の留学生や海外に派遣中のJICA海外協力隊所属の大学院生とともに研究に取り組むことは、若手人材の育成や将来的なネットワークの構築につながっている。

北脇教授は「先進国の一角を担う日本は、途上国を支援する立場にあります。そのため、扇の要となって各国の情報を吸い上げることができ、それを咀嚼して、議論し、別の国に応用することができます。その国が困っていることは、国や地域によってもそれぞれ異なります。どういうことに困っているのか、何が必要なのかを正しく把握し、修正しながら作業を進めていくことが重要です。それを正しく修正することができれば、非常に効果的な活動ができます」と述べる。一つの成功事例や手法をそのままその国や地域に持ち帰り、当てはめても必ずしも成果につながるわけではない。その点についても、「若い研究者や留学生には重点的に研究の中に盛り込んで伝えていきたい」と考えている。

同センターが目指す実践的な研究とは、「研究をする」という視点だけではなく、教育レベルにまで落とし込んで途上国の人々に「教え」、実際に自分たちでできる知識と経験を「提供する」ことだ。今後も同センターでは、これまでに構築してきたネットワークを十分に活用しながら、SDGsのゴールである2030年、東洋大学の創立150周年である2037年に向けて、SDGsの達成と途上国での生活環境改善、それによる人間の安全保障を目指す。

北脇 秀敏

東洋大学国際学部教授、東洋大学国際共生社会研究センター長。
東京大学工学部都市工学科卒業。同大学院修士・博士課程を修了。工学博士。日本上下水道設計、世界保健機関本部環境保健部、東京大学工学部客員助教授を経て、1996年より東洋大学国際地域学部の設置に携わり、同学部教授に就任。2006年より国際共生社会研究センター長、2017年国際学部教授。2011年から2020年まで副学長。専門は開発途上国の環境衛生、開発途上国の水供給、廃棄物処理。