INDEX

  1. 災害リスク・コミュニケーションとは?専門家が解説
  2. 過去の事例から学ぶ ―「経験の逆機能」が思わぬ落とし穴に?―
  3. 災害被害を抑えるために、今日からできるリスク・コミュニケーション

INTERVIEWEE

中村 功

NAKAMURA Isao

東洋大学 社会学部メディアコミュニケーション学科 教授 
修士(社会学)。専門分野は、社会学、災害情報論。災害時における情報の伝達と住民の対応や、各種自治体の災害対策に関する研究を行う。単著に『災害情報と避難』(晃洋書房)、共著に『災害危機管理入門』(弘文堂)、『災害情報論入門』(弘文堂)などがある。 
 

災害リスク・コミュニケーションとは?専門家が解説


   
――まずは、中村先生が研究されている「災害情報論」について、教えてください。


世間には災害に関する有益な情報が数多くありますが、一方で、情報発信をしている政府や自治体から、受け取り手である住民へとうまく届いていないというギャップが発生しています。そのギャップを社会学的・社会心理学的に解決し、災害による被害の軽減をめざす学問が「災害情報論」です。

科学の発展により、気象や地象などのメカニズム解明が進み、たくさんの情報が気軽に得られる世の中になってきました。しかし、情報が溢れているからこそ、それらを有効活用することはなかなか難しいのです。正しい情報を迅速に判断して行動できれば減災(災害被害を最小限に抑えること)につながりますが、情報の意味を理解せず、「きっと大丈夫だろう」と油断してしまうことで被害が拡大する危険性もあります。こういった情報の認識の差を埋めるために、主に避難時の事例や行動などについて研究しています。

――最近は、メディアで「リスク・コミュニケーション」という言葉をよく聞きますが、そもそもどういったものなのでしょうか。

一般的に、リスク・コミュニケーションは「社会活動の中で発生するリスクについて、行政や専門家、事業者、市民が情報を共有し、相互に意見を交換すること」とされています。そこでは「原子力発電の危険性や安全性を訴えるためには、企業や行政がどのようにして情報を伝え、住民たちとコミュニケーションを取るべきか」といったことが研究されてきましたが、「災害のリスクを住民に上手く伝えていくコミュニケーション」もこのリスク・コミュニケーションに含まれます。

例えば、災害の予測に関する情報は気象庁や国土交通省などから発信されますね。それを受けて避難指示などの具体的な行動指示は自治体から発信されます。このように、自治体が仲介となって住民へ情報を伝えるとき、どのようにすれば的確に伝えられるのか。そしてそれを受けた住民が正しく行動するためにはどうすればよいのか。この一連の流れでリスクについて考え、コミュニケーションによって解決していこうとするのが、災害リスク・コミュニケーションの研究です。

――漠然と「リスクについて話し合おう」という意味だと考えていましたが、行政と住民らがお互いにコミュニケーションを取ることがポイントなのですね。ところで、防災にコミュニケーションが大事だ、という考え方はいつごろから浸透してきたのでしょうか。

アメリカでは1950年ごろから、日本でも1970年代ごろから災害リスク・コミュニケーションの研究が進められていました。ただし、一般に広く伝わるようになったのは1995年に起こった阪神淡路大震災、そして2011年に発生した東日本大震災以降です。これらの大きな災害を経て、避難方法や被災した後の行動について日頃から考えておくこと等、防災・減災のためにあらかじめ備えることへの関心が世間的に高まりました。堤防の設置や、建物の耐震補強といったハード面での対策だけでなく、ハザードマップや防災教育などのソフト面における対策の重要性も注目されており、リスク・コミュニケーションの重要性がより浸透してきていると考えられています。

――リスク・コミュニケーションを行うためには、一人ひとりが災害情報の流れをきちんと理解しておくことが重要ですね。災害情報にはどのような種類があるのでしょうか。

災害情報は大きく二種類に分けられます。一つは、「ストック情報」と呼ばれる、災害が起こる前から蓄積することが可能な事前情報です。もう一つは、災害発生時・発生後に「今どうすべきか」を伝える「フロー情報」です。前者はハザードマップや地域防災計画、災害教育が当てはまり、後者は実際に災害が起こってから発令される警報や注意報、避難指示、危険度分布などが当てはまります。東日本大震災以降は、フロー情報とストック情報それぞれの重要性が有識者に周知されてきており、現在の災害対策にも反映されています。
      

    

過去の事例から学ぶ ―「経験の逆機能」が思わぬ落とし穴に?―


  
――阪神淡路大震災以降、徐々にリスク・コミュニケーションの動きが広まっていったとのことですが、2011年の東日本大震災に活かされたことや、新たに判明した課題などはあるのでしょうか。

東日本大震災では避難勧告や避難指示が比較的早い段階で発出され、防災無線を通して地域の人々へもその情報が伝わっていました。しかし、実際に避難できたのは住民の7~8割で、残りの2~3割の人々が逃げ遅れてしまったと考えられています。

調査を続けていくと、避難した人のうち、地震発生からすぐに逃げた人は3割程度だったと分かりました。本震が日中に起こったため、会社や学校、自宅など、家族がバラバラになっているケースが多く見られました。そのため、すぐ逃げるべきか、家族との合流を優先すべきか戸惑い、迅速に対応できなかった人が多かったのではないかと考えています。

また、東日本大震災以前に起こっていたチリ地震津波や昭和三陸津波で、被害が比較的軽度だった仙台以南の住民は、津波に対する意識が特に低く、「津波被害は自分の居住区域にまで及ばないだろう」と、津波の被害に遭うことを予期していなかった人が多くいました。
過去の災害経験があだとなり、むしろ避難を阻害する方向に働く現象を、私は「経験の逆機能」と呼んでいます。日頃からストック情報を蓄積しておらず、災害時の動きをシミュレーションしていないと、自分の経験だけで物事を判断してしまいやすくなります。こうした人間の心理的な動きを踏まえて、日ごろのリスク・コミュニケーションが重要だと改めて分かったことが、東日本大震災の一つの教訓とも言えますね。

――2018年7月の西日本豪雨など、近年は大雨に関連した災害も増えてきています。大雨に関するリスク・コミュニケーションについて、震災との共通点や違いはありますか。

大雨の際に考えられる災害としては、大きく分けて洪水と土砂災害の二つがあります。より対処が困難なのは土砂災害と言われています。実際に発生するまでは状況が分かりづらく、避難すること以外に具体的な対応策があまりないからです。西日本豪雨のときに土砂災害の被害件数が最多だった広島県では避難率が非常に低く、ハザードマップで危険地域に区分されるエリアでも、避難者は2割程度にとどまっていました。住民にヒアリング調査をしたところ、避難しなかった方の多くは「以前の大雨では大丈夫だったから」と、過去の経験を基に判断していたことが分かりました。東日本大震災と同様に、経験の逆機能がはたらいています。

――自分の経験だけに頼らないためにも、災害発生時に発信される「フロー情報」が重要なように思います。フロー情報にはどのような種類があるのでしょうか。

フロー情報は、大きく二種類に分類されます。一つ目は、先ほど述べたように、警報など気象庁から住民へと伝わるものです。もう一つは、避難指示など自治体から住民へ届くものです。どちらの情報発信でも、発信媒体であるメディアが大きく関わることになります。これらの災害情報の受信方法と言うと、防災無線やラジオ、テレビ、インターネットなどが思い浮かぶのではないでしょうか。しかし近年では、情報を得る手段として、スマートフォンが大きな役割を果たすようになりました。

以前は、情報は上から下へ、つまり政府から自治体へ、そして市民へと垂直的に流れていくものでした。しかし、スマートフォンの普及後はTwitterのリツイート機能やLINEのメッセージ機能、Tik Tokのライブ配信など、SNSを利用した知人・友人同士による横向きの情報発信も生まれてきています。さらに、今までは情報の受け手側であった住民がSNS上で発信した動画をテレビ番組が取り上げ、その情報を参考に番組で政府関係者や専門家が解説する、といった、下から上への情報の流れも生まれているのです。情報技術が発展した現代ならではの、新たな流れが生まれているように感じます。 
   

災害被害を抑えるために、今日からできるリスク・コミュニケーション


   
――災害被害を最小限にとどめるために、先生はどのような対策が必要だとお考えでしょうか。


「何をすべきかよく分からない」と感じている人や、デジタル情報に疎いなどの理由から能動的に情報を獲得しない「情報弱者層」の人が専門的で高度な判断をしなくても、スムーズに避難ができるような社会づくりをすることが、大事だと考えています。

一方で、政府や自治体、学校、マスコミ側からのリスク・コミュニケーションを工夫することも重要だと考えています。専門的で理解しにくい災害に関する情報を住民が十分に理解できるように、自治体や学校教育の中で知識を補ったり、テレビやラジオ等のメディアが日頃から防災について発信したりすることで、災害情報を「理解できない」という人を減らすための対策が求められていると感じますね。

加えて、災害情報の発信に多様なメディアを用いることも重要です。一言で「市民」といっても、年齢や居住区域によって情報の伝わりやすいメディアは異なります。携帯電話は停電や土砂崩れで基地局が停波すると使用できなくなりますし、テレビやインターネットも停電すると情報が確認できません。年齢差や地域差による情報格差を防ぐには、特定の媒体にこだわらず、さまざまな状況を想定した情報発信が必要です。個人の自助努力に頼りきるのでなく、総合的な取り組みが大切です。

――社会が一体となって取り組むことが重要なのですね。一人ひとりが今からできるリスク・コミュニケーションを教えてください。

まずは、身近な場所の危険度を理解することです。普段から自治体のホームページやハザードマップで危険度や避難場所を確認して、ストック情報を蓄積し、災害時にはそれらのストック情報にフロー情報を掛け合わせて、総合的に判断することが大事です。

フロー情報とストック情報では、もちろんどちらも重要ですが、特にストック情報が足りていないと、自分の経験に即して「平気だろう」と考えてしまいやすくなります。普段から、災害を想定して予行練習をしておくことが大事ですね。また居住地域と異なる場所で災害が起きたときも、「自分ならどうするか」を考えておくと、いざという時にも行動するハードルが下がるのではないでしょうか。ご家族などの同居人がいらっしゃる方は「何時にここで集合しよう」と合流方法を決めておくだけでも災害時の迅速な避難につながると思います。

また、身近に情報弱者となりうる方がいる場合は、その人たちを巻き込んだリスク・コミュニケーションを考えてみてください。警報の危険度分布などは自分の居住区域外でもインターネットやスマートフォンのアプリを通じて確認できます。親元を離れた子どもが、両親の居住エリアの危険度分布を確認し、必要があれば電話などで避難を促すといったコミュニケーションを国土交通省も提案しています。自己完結したリスク・コミュニケーションだけではなく「あの人はどうだろうか」と周囲に意識を向けてもらうだけで、災害時に情報を得られず取り残される人が大きく減るように思います。

ただし、非常時にはインターネット回線が使えなくなる可能性があります。ハザードマップや避難場所への地図等のストック情報は印刷をしたり、スクリーンショットを撮ったりして、オフラインでも確認できるようにしておくのが良いでしょう。また、普段からバッテリーの予備を用意しておくなど、メディアを継続して確認できる準備があると、フロー情報の受信にも困りません。以上のようなリスク・コミュニケーションを心がけておくことで、いざという時の迅速な対応につながると思います。ぜひ今日から取り組んでみてください。
   

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