INDEX

  1. 「十分なエネルギーを摂取できない」場合はコンディショニングに大きなマイナス影響を与える
  2. アスリートに意識改革をもたらす教育プログラムとは
  3. 「アスリートが自ら考える」ための環境づくりを

INTERVIEWEE

岩本 紗由美

IWAMOTO Sayumi

東洋大学 ライフデザイン学部 健康スポーツ学科 准教授 博士(スポーツ科学)。JSPO-AT(アスレティックトレーナー)。コンディショニングディレクター。ISAK Level3。多くのトップアスリートのコンディショニング経験を経て、スポーツ外傷・障害の疫学研究や発生メカニズム、予防・早期発見プログラムの研究開発に携わる。座右の銘は「自分の可能性を伸ばすために自身にチャレンジ」。  

■東洋大学オリンピック・パラリンピック特別プロジェクト研究助成制度 東洋大学では、2017(平成29)年度からオリンピック・パラリンピックに関する特別プロジェクト研究助成制度を設け、「ライフイノベーション(食・健康分野における科学技術)によるアスリート育成」「バリアフリーの更なる発展(パラリンピックを契機とした障がい者スポーツの発展と共生社会の実現)」など、その研究成果がオリンピック・パラリンピックへの貢献につながることが期待される学内の研究プロジェクトに対し研究費を支援し、積極的に研究活動を推進している。

「十分なエネルギーを摂取できない」場合はコンディショニングに大きなマイナス影響を与える

画像:東洋大学ライフデザイン学部健康スポーツ学科准教授 岩本紗由美先生

――まず、女性アスリートの抱えやすい健康問題について詳しく教えてください。
女性アスリート特有の健康課題と言われているのが、『利用可能エネルギー不足』『視床下部性無月経』『骨粗しょう症』の三症状です。これらは『女性アスリートの三主徴』と定義され、相互に関係し合いながら進行していくと言われています。」
  


「まず、ひとは誰でも食事からエネルギーを摂取し、生きるためのエネルギーを消費します。加えて、アスリートはスポーツ活動でエネルギーを消費することになります。食事からのエネルギー摂取が少ない状態でスポーツ活動を継続していくと、スポーツ活動にはエネルギーがどうしても使われてしまうため、生きるためのエネルギーから消費されることになります(『利用可能エネルギー不足』)。

このような状態になると、人としての機能にさまざまな障害が起きるようになります。その例が女性では視床下部からのホルモン分泌指令がうまくいかなくなり、月経周期の異常からはじまり、『無月経』状態に陥ると言われています。 月経周期が正常に保たれているということは、女性ホルモンの分泌が正常であることを示します。女性ホルモンの分泌は月経のみに働きかけるのではなく、骨の健康(骨密度の維持)にも影響しています。そのため、月経周期に異常をきたすと骨密度の維持が妨げられ、骨量の減少につながってしまうと言われています。

元々、骨量のピークは20歳といわれており、成長期に上記のような症状をきたすと十分な骨量の確保が困難となり、閉経後の骨量が大幅に減少する頃に『骨粗しょう症』を発症するリスクも高まります。そのため、特に成長期のアスリートはエネルギー摂取が不足すると練習を継続できなくなったり、怪我が多くなるというだけではなく、将来的な健康にも影響を及ぼすことになるので特に注意が必要です。」
   出典:IOC(Mountjoy M, et al. Br J Sports Med 2014;48:491–497.doi:10.1136/bjsports-2014-093502)(一部改変)

「現在『女性アスリートの三主徴』は、Relative Energy Deficiency in Sport(『RED‐S』)の一部として捉えられています。『RED‐S』とは、相対的エネルギー不足、つまりエネルギーが足りないことによって起こる健康問題を指す概念で、心肺機能の低下や発達・発育障がい、心理的影響など多くの症状が含まれます。『RED‐S』は男性アスリートにも女性アスリートにも起きる健康問題であり、その予防のためにはエネルギー不足に陥らない、適切な食事が非常に大事な要因になります。」  

アスリートに意識改革をもたらす教育プログラムとは



――現在、先生のプロジェクトで行われている取り組みについて教えてください。
「先にも述べたように女性アスリートの三主徴はまず、『相対的なエネルギー不足』によって引き起こされると言われています。しかし、実際は、研究的にも相対的エネルギー量を厳密に測定することは非常に困難です。そこで、私たちは対応する施策の一つとして、アスリートの摂取エネルギー量と消費エネルギー量を世界的にも数少ない先行研究同様の方法で測定し、実際にエネルギー不足が起きているか、摂取と消費のバランス、月経不順症状とエネルギーバランスの関係を明らかにしようと試みています。

加えて、このような基礎研究から得た知見を反映させ、アスリート自らが『十分なエネルギー摂取』ができるような教育プログラムの開発
も行っています。

教育プログラムの一例ですが、女子長距離を対象とした現在のツールには、自身の身長と体重を入力すると競技を行うのに適正なボディ・イメージ(※)が表示されるプログラムを構築し、すでに実用段階にきています。これにより現在の自分の姿と理想の姿の乖離が可視化できるようになりました。

今後は、ボディ・イメージだけでなく『継続的に練習を続けていくためにはどのくらい食事・栄養を摂取する必要があるのか』、その値をワンストップで導き出すところまでこのプログラムで示せるようにし、アスリートをサポートしていきたいと考えています。」
※自己の身体に関する空間的な心像のこと。身体像。

――なぜ、管理ツールの開発ではなく、「“教育”プログラム」という形なのでしょうか。
「管理ツールの開発は『あすログ』というソフトをすでに開発済みで、一般公開を待つのみの状態まで終了しています。教育プログラムが必要であると考えている理由としては、アスリートに自身がどこを目指しているのかということを常に忘れず、理解しながら日常の行動をしないと何も変わらないということを実際の経験で痛感しているからです。

アスリートを指導していると、本人の『目的と手段が入れ替わってしまう』ということによく遭遇します。たとえば、あるアスリートが『競技成績を上げたい』という目標を持っており、そのために『体脂肪率を下げるべき』と考えているとします。アスリートは『どうにかして体脂肪率を下げられないだろうか』とその方法を模索するでしょう。しかし、この時点ですでに体脂肪率を下げること自体に目的がすり替わっていることが多いのです。

体脂肪を下げることが目的となれば、『食べなければ下がるだろう』という短絡的な思考にも陥りやすくなり、安易な食事制限にもつながります。結果的に、体脂肪率は下がっても筋肉量が落ち、当初の目的であった競技成績の向上につながらないということが十分に起こり得るのです。

これは、アスリート自身の目的意識や主体性が希薄であったり、知識が不足していたりすることが問題点として挙げられます。結局のところ、『食べる』という行為は自分でしかコントロールができないため、アスリート自身が正しい知識を持ち、正確な判断ができるようにならなければ、手段を間違えたり、誤った判断をしたときにも疑問を持つことすらできないのです。

今回開発している『female athlete triad(女性アスリートの三主徴)早期発見と予防のための教育プログラム』には、指導者が一方的に教えるのではなく、アスリート自身に『競技力向上のために本当に必要なもの』を見直す材料(知識)を提供することで意識改革を促すという意義があります。

現在は試作段階ですが、特に競技継続のために理想的なボディ・イメージの認識に乖離がある(細ければ細いほど良いという価値観が蔓延している)と考えられる陸上競技の女子長距離ランナーを対象としたプログラムの構築を行っています。今後は実用化に向けてさらなる研究・開発を行いつつ、将来的には対象となる競技の幅も広げていきたいと考えています。」
   

「アスリートが自ら考える」ための環境づくりを



――指導者は女性アスリートにとってどのような役割を担うべきだとお考えですか。
「私自身、これまでたくさんのアスリートのコンディショニングマネジメントに関わってきました。自身が“アスリートとして何をどうすべきか”を考えることをしない場合は、『いわれたからやる』という行動パターンに陥りがちです。たとえば、怪我からの復帰過程のリハビリやトレーニングについても、その目的や意味を理解しながら実践するのではなく、時間だけこなして、最終的に結果が出るところまで至らず、道半ばで競技を引退せざるを得なくなるという場面に多く遭遇しました。

指導者の方々は自身が広い視野を持ち、教え子の健全な育成のためには、『何を目標としていて、そのためには何をするべきなのか』をアスリート自身が理解するための道筋を示すことが大切だと考えております。決して簡単ではありませんが、『アスリートが自ら考える』ための環境づくりこそ、指導者に課された役割と言えるのではないでしょうか。

スポーツの指導現場では、日常的にさまざまな問題が起きていると思います。もし、指導者の皆さんが一人では解決できないような困難にぶつかったときは、決して抱え込まずにぜひ他者や専門家に意見を求めてほしいと思います。今、コンディショニングはチームで行う時代です。自分が知らないことも他の専門家を頼ることで解決の糸口が見え、それによって救われるアスリートがいるはずです。

すべてのアスリートが自身の限界にチャレンジでき、引退後も幸福な人生を送ることができるように、今後も研究を続けていきます。」  
   

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