INDEX

  1. コロナ禍で認識された、サイエンスコミュニケーションの意義
  2. 分野横断的な研究にも発展。サイエンスコミュニケーションの実例から紐解くその効果
  3. サイエンスコミュニケーションを通じて見える、上手なコミュニケーションのコツ

INTERVIEWEE



谷口 明子
TANIGUCHI Akiko

東洋大学文学部教育学科文学研究科教育学専攻教授。
博士(教育学)。専門分野は教育心理学、発達心理学。武蔵野大学人間関係学部准教授、山梨大学教育人間科学部附属教育実践総合センター教授などを経て、2013年より現職。特別支援教育の一種である病弱・身体虚弱教育を中心に研究を行う。著書に『長期入院児の心理と教育的援助-院内学級のフィールドワーク』(東京大学出版会)、共編著に『育ちを支える教育心理学』(学文社)など。




高岩 裕也
TAKAIWA Yuya

東洋大学理工学部建築学科理工学研究科建築学専攻准教授。
博士(工学)。東洋大学理工学部建築学科講師、同専攻講師などを経て、2023年4月より現職。専門分野は建築構造、伝統木造建築物、耐震工学、先端複合材料。論文に「出三斗組および平三斗組による斗栱の水平2次元挙動の把握」(日本建築学会構造系論文集)、共著論文に「明治期に建設された既存煉瓦造建築物の目地のせん断強度に影響を及ぼす因子」(日本建築学会構造系論文集)など。

コロナ禍で認識された、サイエンスコミュニケーションの意義



――まずはお二人の研究とサイエンスコミュニケーションの関わりについてお教えください。

谷口 私の研究テーマは、入院中の子どもたちへの教育支援です。その中で、入院中の子どもたちが退院した後に自分の病気や入院生活についてクラスメイトにうまく伝えるための支援にも取り組んでいます。この伝える力は、退院後のクラスへの適応に大きく影響するからです。ここで考慮すべきなのが、病気を「自分ごと」と捉える当事者と「他人ごと」と捉えるクラスメイトには決定的な温度差があるということ。これは専門家が非専門家に対して研究内容を伝えるサイエンスコミュニケーションに通じています。

高岩 私は建築学の視点から、歴史的建造物の研究をしています。現代の建物は数値計算やコンピュータでのシミュレーションのもと強度を検証したうえで建てられますが、科学的理論が確立されていない時代にも建築は行われてきました。そうした科学的な説明付けが未だなされていない歴史的建造物について、なぜ長年経過した今も現存しているのか、そこに強さの秘訣があるのではないかと考え、現代の科学技術を用いてその耐久性を明らかにしようとする研究に取り組んでいます。ハード面の研究をしているため、サイエンスコミュニケーション自体を研究することはありません。ただ、科学者は誰しも自らの研究の意義を発信する義務があるという考えから、普段から「わかりやすく伝えるコミュニケーション」は常に意識しています。

――近年特にサイエンスコミュニケーションが注目を集めていますが、その理由についてどのようにお考えでしょうか。

谷口 サイエンスコミュニケーションが注目を浴びた理由として、2000年頃から「理科離れ」が問題視されていたことが背景にあります。理科離れは日本の科学技術力の低下を招く懸念があるため、理科の面白さを子どもたちに伝えることが昨今の教育における重大なテーマの一つとなっていたのです。そんな中、コロナ禍が到来。世界保健機関(WHO)などが科学的な情報を一般に説明する機会が増えたことで、「変化する地球環境の中で生き残るためには、科学技術を正しく理解し活用することが必須である」という認識が広まりました。こうした社会の要請に応えるものとして、サイエンスコミュニケーションの意義が再確認され、注目度が上昇したのではないかと思います。



高岩 谷口先生が仰った、専門家から一般に向けたわかりやすい情報伝達という点に加え、私は専門家同士のコミュニケーションにおいても、サイエンスコミュニケーションは大きな意義を持つと考えています。例えば同じ設計の分野でも、レーシングカーの設計における「耐久性」は1レースというごく短い時間走れることを指すのに対し、私が研究する木造建築の「耐久性」は千年以上耐えられることを指しています。そうしたギャップを埋めるために、サイエンスコミュニケーションという考え方が役立つのではないかと。互いの研究に対する理解が深まれば連携もしやすくなり、より発展的な研究につながると思います。

――重大な意義を持つ一方で、サイエンスコミュニケーションが抱える課題はあるのでしょうか。

高岩 一番懸念しているのは、わかりやすくしようとしすぎた結果、正確な情報が伝わらなくなることです。例えば鉄筋コンクリートと木造建築の違いについて「前者は強く、後者は弱い」と単純に説明してしまうことがあります。実際は「強さ」にも耐震性や時間的な耐久性など種類があり一概には言えないのですが、あまり詳しく説明しても理解されません。このバランスが難しいところです。

谷口 そうですね。伝え方を誤ると、本質を損ねてしまう可能性があります。だからこそ、研究者自身が絶対に伝えなければならないことをしっかりと理解し、工夫して話すことが大切です。またそういったサイエンスコミュニケーション能力を伸ばすための教育法もまだ確立されていないので、今後試行錯誤していくべきだと思います。

 

分野横断的な研究にも発展。サイエンスコミュニケーションの実例から紐解くその効果



――お二人が所属されるバイオミメティクス研究会の活動について教えてください。

高岩 東洋大学の重点研究推進プログラムの一環として、バイオミメティクスの研究チームが発足しました。バイオミメティクスとは長い年月の中で環境に最適化した生物の仕組みに着想を得て、新しいものづくりに生かそうとする研究です。私が昔の建造物を調査して現代の建築に生かそうとしていることと通ずるものはありますが、はじめは全くの門外漢でした。そこでまず学生と一緒に研究会を立ち上げ、バイオミメティクスと建築が関連する事例について調べて発表していました。

谷口 そこからもっと他学科の学生にも参加してもらって学生同士の異分野交流が生まれたらと、別の研究室と合同で実施することになったのですよね。

高岩 はい。しかし他学科の発表を聞く中で互いの研究内容をわかりやすく伝えたり、重点研究の成果を外部に公表したりする重要性を感じるように。その時に谷口先生を招いてサイエンスコミュニケーションについて学生にレクチャーしていただき、バイオミメティクスのみならずサイエンスコミュニケーションもテーマとする研究会に変化していきました。活動の一環として、研究室の大学院生たちが大学の講義の時間を借りて学部生に発表したり、学園祭で地域の方々に実験を体験してもらったり、小学生向けの自由研究サイトを作ったりしました。

――小学生向けの自由研究サイトとは?

高岩 バイオミメティクスについて小学生に解説し、夏休みの自由研究に役立ててもらおうというサイトです。学生たちが中心となって構成を考え、小学生に伝わるかという観点で谷口先生にご指導いただきました。学生たちはわかりやすく説明しているつもりでも伝わらない、というギャップに目から鱗が落ちるような体験だったようです。谷口先生には、興味があるセクションに飛びやすいよう導線を引くことや対象学年を記載することなどをアドバイスいただきました。最終的にできあがったサイトは、子どもたちが読み進めやすいように対話形式を中心としたり、子どもの身の回りにあるものに例えて説明をしたりと、工夫が凝らされています。





 

<東洋大学バイオミメティクス研究会【Co-MoreBiomimetics】特設サイト>
夏休み自由研究のお役立ちサイト 生物に学ぶものづくり(toyo.ac.jp)

 

大学院生が主体の研究会メンバー

谷口 研究会の学生へインタビューをして活動を振り返ってもらったところ、「サイエンスコミュニケーションを学んだことで研究発表の際に聞く人の興味や知識レベルを考慮するようになった」、「専門家としての確固たるアイデンティティを持つ必要性を認識した」といった声が上がりました。何より嬉しかったのが「楽しかった」という意見。研究活動は苦しいこともありますが、他の人と交流しながら取り組んだことで楽しさを改めて感じられたのでしょう。

高岩 実際に学生たちが作る資料はとてもわかりやすくなりました。バイオミメティクス研究会に入っていた他学科の学生との交流が深まったのも良かったようで、建築の分野にはない計測法を他学科の学生と連携して分野横断的に実施するなど、研究面での効果も見られました。

 

サイエンスコミュニケーションを通じて見える、上手なコミュニケーションのコツ


学園祭でも実験の体験会を実施した

――専門分野について、専門外の人にわかりやすく伝えるにはどうすれば良いのでしょうか。

谷口 ポイントは大きく二つあります。一つは「何を伝えるか」、もう一つは「どう伝えるか」。まず「何を伝えるか」については、自分の専門分野をしっかり理解することが大前提です。その上で、相手がどんな情報を必要としているかを理解し、相手にとって重要な情報を選びます。自分が言いたいことだけを話すのではなく、相手にとって有益な情報を厳選することが重要です。次に「どう伝えるか」については、専門用語を避けて一般的な言葉を使います。また役に立つのが、教育心理学における「アナロジー学習」。相手がよく知っていることを例に出して説明する手法です。バイオミメティクスは生物のシステムを研究に応用する学問であるため、アナロジー学習に向いています。例えば、蛾は暗いところを飛ぶ、ハスの葉の上では水滴が転がる、など多くの人が知っている現象の仕組みを説明し、それがどのように科学研究に応用されているかを伝えると理解しやすくなります。

高岩 私も大学の授業で難しい現象を説明するときに、よく日常の例を使います。くだらない例だとしても、あるのと無いのとでは記憶への残りやすさが違います。

谷口 また、「誰に伝えるか」を考慮する必要もありますね。子どもなら子どもに分かる話し方をします。また大人に比べて集中力が無いので、色とりどりの教材を用意し、クイズを交えるなど飽きさせない方法を考えます。大人、特にご高齢の方の場合には、相手の知識に対するリスペクトを持ってお話しします。大学の教員が偉そうに話している、という印象にならないように。あとは誰が対象であっても、作業をしてもらうなど参加型にすると、身近に感じてもらえるかと思います。

高岩 「他人ごと」である分野をいかに「自分ごと」に捉えてもらうかが大切ということですね。
 

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