INDEX

  1. “善意の解釈”が「フェイクニュース」になる? その実態を探る
  2. メディア環境の変化で私たちが手にした豊かさと危険性
  3. 私たちを取り巻く情報とより上手く付き合っていくために大切な3つのポイント

INTERVIEWEE

小笠原 盛浩

OGASAHARA Morihiro

東洋大学 社会学部メディアコミュニケーション学科 教授
修士(社会情報学)。専門分野は、インターネット、コミュニケーション論、メディア効果論。2019年より東洋大学社会学部教授を務める。日本マス・コミュニケーション学会、情報通信学会等に所属し、ソーシャルメディアをはじめとするインターネット上のコミュニティにおけるコミュニケーション行動を研究する。共著に『ポスト・モバイル社会/ソーシャルメディアで共有されるニュース』(世界思想社)など。 

“善意の解釈”が「フェイクニュース」になる? その実態を探る


    
――まずは、先生のご専門について教えてください。


近年、SNSの口コミによりヒット商品が生まれたり、反対に非難や批判が殺到して著名人や企業の投稿が炎上したりといった現象が頻繁に起こっていますよね。そのようなソーシャルメディアをはじめとした、インターネット上のコミュニケーションについて研究を行っています。

フェイクニュースも研究対象の一つです。国政選挙におけるネット選挙運動の調査にも関わっており、有権者に「どこから情報を得ているのか」「得た情報の中にフェイクニュースと思われるものがあったか」などを聞いて分析しています。

――「フェイクニュース」という言葉は2016年のアメリカ大統領選挙をきっかけによく聞かれるようになった印象がありますが、近年大きな社会問題となっていますよね。

始めにお伝えしておきたいのは、フェイクニュースは必ずしも「誰かを騙そう」という悪意をもって発信された情報だけではないということです。

例として災害時の情報伝播を挙げてみましょう。災害が起こった時、私たちが一番欲しいのは自身や知り合いが住んでいる地域の現状や安否の情報だと思われます。しかしマスメディアで取り上げられる内容は災害の全体像に関するものが多く、一人ひとりのニーズにあった情報が得られるとは限りません。そのような状況下で、もし自分が現地の情報を入手したとすれば、他の方にも知らせてあげたいと思いませんか?こうして始まった伝言ゲームのような情報伝播の中で、不正確な情報が紛れ込んだり、途中で誰かが「もっと分かりやすく伝えよう」と“善意の解釈”を加えることで、結果的にフェイクニュースにつながるようなケースもあります。

一方アメリカでは、フェイクニュースが“政治的な道具”として使われているといった指摘もあります。トランプ元大統領は、自分にとって都合の悪い報道や不都合な事実を封じ込めるために「フェイクニュース」という言葉を多用していました。このようにフェイクニュースにはさまざまな面があり、定義が難しいと言われています。

――フェイクニュースとなりうるデマや虚報は、意図しないところから生まれることもあれば、作為的に生み出されることもあるということですね。

フェイクニュースが生まれる発端は、さまざまな場面に潜んでいます。マスメディアや公共機関など信憑性の高い情報源から十分に情報が供給されない場合、人々の間に互いのコミュニケーションを通じて情報を入手しようとする動機付けが強く働きます。手探り状態の中でもっともらしい情報が現れると、疑うことなく鵜呑みにしてしまいがちです。「人は自己の望むものを喜んで信じる(ユリウス・カエサル/共和政ローマ期の政治家)」という言葉にもあるように、人は信じたいものを信じ、都合の悪い情報には「フェイク」というレッテルを貼る傾向があります。

――さまざまな場面で発生する可能性のあるフェイクニュースに対して、何か対策はとられているのでしょうか。

日本では認定NPO法人ファクトチェック・イニシアティブ(FIJ)が2017年6月に発足し、ファクトチェックの普及活動に取り組んでいます。世界標準の公式な活動をめざして、FIJでは真偽が疑わしい情報を取り上げ、ネットメディアや報道機関と連携しながら情報の検証を行っています。また、NHKでもTwitterなどのソーシャルメディア上の情報を観察して報道に役立てています。 
     

メディア環境の変化で私たちが手にした豊かさと危険性


   
――フェイクニュースが頻繁に取り上げられるようになった背景について、先生はどのようにお考えでしょうか。

近年のソーシャルメディアの普及が要因の一つだと考えています。株式会社ICT総研の調査によると、日本国内におけるSNSの利用者数は年々増加しており、2021年末には8,000万人を超えると予想されています。SNSは情報共有や連絡手段として、もはや人付き合いのライフラインになっていると言っても過言ではありません。

ソーシャルメディアの特徴は、今までのメディアとは桁違いの“情報の拡散力”です。一般の人々がワンクリックで、何百人、何千人の人に情報を一斉に発信できるようなコミュニケーション方法は今までにありませんでした。これまで直接つながることができなかったアイドルのメッセージを日々読むことができる、定期的に会うことが難しい友人の近況を簡単に知ることができる。ソーシャルメディアによって人と人とのつながりの幅が広がり、得られる情報もより豊かなものになっています。

しかし、100%正しい情報だけが流通するということはありえません。ソーシャルメディアが普及する以前から、対面での口コミや噂話の中に事実とは異なる情報が紛れる余地はありました。今では見たり聞いたりする情報量が格段に増えた分、結果的に誤った情報に触れる機会も増えてしまったのです。

――誰でも気軽に情報発信ができるというメリットがある半面、デメリットも同時に生まれたということですね。ソーシャルメディアの普及により、嗜好が似ている人とよりつながりやすくなったこともメリットの一つだと思いますが、SNSを分析することで人の好みや行動パターンが見えてくるといったことはあるのでしょうか。

2013年にはイギリスのケンブリッジ大学の研究者らが、Facebook上でユーザーがクリックする「Like(いいね!)」によって性格や性的指向、政治的信念などが80%以上の精度で特定できるという研究結果を発表しています。

また、近年はAIによる分析が活発に行われていますね。Amazonや楽天などのネットショッピングを利用した時、過去の購入履歴などから自動的におすすめ商品が表示された経験はありませんか。この仕組みはユーザーの利便性を高めるために行われている「パーソナライズ」と呼ばれるものです。このパーソナライズが行き過ぎると、目に入るのは自分好みの同質的な情報ばかりで、嫌な情報・都合の悪い情報は見えなくなる「フィルターバブル」の状態を引き起こします。

――自分に有益な情報が集まることを便利に思う一方で、偏った嗜好に陥る危険性もありそうです。

その通りです。自分の嗜好それ自体に偏りがあることを自覚しないまま、自分が正しいと思うか間違っていると思うかだけで判断してしまうと、そこにフェイクニュースが生じる可能性もあるので、注意が必要です。
       

私たちを取り巻く情報とより上手く付き合っていくために大切な3つのポイント


   
――情報過多の時代において、私たちはどのようなことを心掛けておくべきでしょうか。
  
① 寛容性をもつこと
例えばファンデーションなどの化粧品の場合、人によって化粧ノリや明るさなどの感じ方に違いがあると多くの方が認識していると思います。その認識こそが“寛容性”です。情報を嘘か本当かだけで判断するのではなく、「自分には合わなかったが、良いと感じた人もいる」と反対の意見も受け入れる余地を自分の中に常にもってください。

また、古代から中世では地球の周りを天体が公転しているという「天動説」が通説でしたが、研究が進むにつれて地球は自転しつつ太陽の周りを公転しているという「地動説」の方が通説になりました。このように、ある時点では本当とされていたことでも、時間が経つとさらに信憑性の高い情報が出てくる可能性もあることを忘れないでください。

――情報に対して嘘か本当かで対立しているように感じますが、その前に人それぞれで考え方のベースが異なるということですね。

考え方のベースが異なることを、「コミュニケーションの前提」が異なると呼びます。自分と他者のコミュニケーションの前提が異なることで、他者と主張が食い違うのであれば、そこにあるギャップをすり合わせていくことが重要になってきます。つまり、お互いを理解するためのコミュニケーションをとることが大切です。

ニュースで報じられる新型コロナウイルスのワクチン接種についても、接種する・しないの「どちらが正しいのか」という問題ではないと考えています。「ワクチン接種に否定的な人はなぜワクチンを有害だと思っているのか」「接種することを選択した人はどのような情報に基づいて判断しているのか」などを考え、それぞれの意見の背景を理解するのが、すり合わせにつながるでしょう。

仮に「子どもの頃に薬の副作用で苦しんだことがあり、自分の子どもが心配である。だからワクチンは接種しない」という考えであれば、その人が重視しているのは、ワクチンが有害か否かということよりも、子どもを守るにはどうすればいいかということだと分かりますよね。そういう方に、ワクチンは体に無害だと言うだけでは恐らく響かないでしょう。それよりも身近な人が、その人が子どもを守ろうとしていることには共感したうえで、「公的機関のWebサイトで、子どもに悪影響が出ないことを示す論文が出ていたよ」と伝えたほうが、主張の対立を解消したり、その人の考えを変えるきっかけになるのではないでしょうか。

――確かに、身近な人から教えてもらえると、安心感や「調べてみようかな」という考えにつながりやすいように思います。

情報の解釈の仕方は人によって異なることを踏まえずに、正しいか間違っているかだけで評価しようとすると、そこにフェイクニュースが発生してしまいます。多数派の人が少数派の意見や見方を「フェイクニュース」とレッテルを貼って抑圧・弾圧するということにもつながりかねないのです。
    
② 自らの殻を破り、情報の多様性を増やすこと
先ほど「フィルターバブル」の話もしましたが、自分にとって居心地のよい情報の中に留まることは凝り固まった考えを生みかねません。「J-POPが好きだけど、たまにはK-POPも聞いてみようかな」など、まずは身近なところから少しずつ行動パターンを意図的に変えていくことで、自分に入ってくる情報の多様性を増やすことができます。情報の多様性が増えると、自分にとって異質な他者の考えに対する“寛容さ”も高まっていくでしょう。
   
③ 不用意に拡散させないこと
また、自分がフェイクニュースの発生源とならないようにするために重要なことは、「不必要に拡散しないこと」です。表現の自由が保障されている日本において、嘘の情報を拡散したからといって罰せられることはありませんが、今の時代、私たちの常識的なイメージを超えた範囲とスピードで情報が一気に広がる可能性があります。そのことを理解したうえで、自分が事実だと信じた情報でも、虚偽と受け止める人がいるかもしれないことを一度立ち止まって考えてみてください。落ち着いて情報と向き合い、自分がフェイクニュースの拡散に加担するのではなく、拡散に歯止めをかけるようになってほしいですね。
    

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