INTERVIEWEE
尾崎由佳
YUKA Ozaki
東洋大学 社会学部 社会心理学科 教授。
博士(社会心理学)。専門分野はセルフコントロール。
主な著書に『自制心の足りないあなたへ:セルフコントロールの心理学』(ちとせプレス)、『社会心理学―社会を動かすもの・変える力―』(有斐閣)、『社会と感情』(北大路書房)など。
アンガーマネジメントとは 「怒らない人になる」ための技術ではない。

──まずは、先生のご専門について伺えますか。
セルフコントロールの研究を行っています。セルフコントロールとは、「これをしたい」「これをしたくない」といった衝動が生じた際、それが社会的なルールに反したり、重要な目標の妨げになったりする場合に、自分なりに折り合いをつけ、より良い方向に考え方や行動を調節していくことです。自制心という言葉の方が、一般的には馴染みがあるかもしれませんね。今回お話しするアンガーマネジメントも、このセルフコントロールと重なる部分が多くあります。
──アンガーマネジメントとは、どのようなものなのでしょうか。
よく誤解されがちですが、アンガーマネジメントは「怒らない人になるための技術」ではありません。「必要な場面では怒りを適切に表現し、必要でない場面では怒りを抑える、または表出の形を変える」ためのテクニックです。また、「怒りは望ましくない感情だ」、という認識も誤っています。怒りを含め、すべての感情は人間が社会の中で生きていくうえで必要なものであり、状況に応じた適切な反応をすることをサポートしてくれます。中でも、怒りは何かが自分の邪魔をしていたり、自分が傷つけられ、何かを奪われたりしそうなときに、その状況を打破するための瞬発的なエネルギーを生み出す感情です。自分が大事にしているものや権利、自尊心などを守るためにとても重要なのです。
例えば、不公平なことに対し、人々が怒り、声を上げることで社会が変わることもあるでしょう。アンガーマネジメントについて考えるにあたっては、まず「怒りはポジティブな変化を生むためのエネルギーを与えてくれるもので、必ずしも抑圧すべき感情ではない」ということをよく理解しておく必要があります。そのうえで怒りの感情をそのまま相手にぶつけるのではなく、状況を改善するべく適切なかたちで表現することが大切です。
──怒りは、場合によってはとても大切な役割を果たすのですね。
現代社会で起こる「怒り」に関する問題には、どのような実態があるとお考えでしょうか。
昨今は、SNSやインターネット上での誹謗中傷の問題がよく見受けられます。その背景には、インターネットの匿名性によって責任を感じづらくなるという心理があるでしょう。怒りの表出に影響を与える匿名性の性質は大きく二つ。一つ目は、相手が見えないということ。自分の言葉で相手が傷ついている姿が見えないうえ、見る必要もないという環境が気軽な怒りの表出を促してしまいます。二つ目は、対面であれば容易に想像される、「相手からの報復」や「社会的な制裁」といったリスクを感じづらくなるということです。
一方で、ここ数年で「ハラスメント」という概念や、職場や組織での「心理的安全性」の重要性が広く認知されるようになってきました。お互いを尊重し合い、不当に傷つけたり不快な思いをさせたりせずに協働できる環境が重要視される時代になっています。組織において、一人一人が「自分がこのような言動をとることで相手を不快にしてしまうかもしれない」「ハラスメントにあたるかもしれない」と考えるようになり、昔と比べて自身の言動に慎重になることが求められています。ハラスメント意識の高まりが、一種の抑止力になっているようなイメージです。もし怒りを感じることがあったとしても、なるべくそれを適切に表現しよう、という社会全体の風潮があると感じます。
脳の働きに鍵があった! 「怒り」の仕組み・メカニズム

──怒りは、どのような脳の働きから生まれる感情なのでしょうか。
怒りをはじめとする多様な感情や欲求は、大脳の内側に位置する大脳辺縁系という部位が中心的な役割を担っています。食べたい、寝たい、好きなものに近づきたい、嫌いなものからは逃げたい……。こういった生命の維持や子孫を残すための根源的な衝動は、この部位から生まれます。大脳辺縁系は、進化の過程で比較的早い段階から形成された脳の部位であり、他の多くの脊椎動物とも共通する、生命にとって不可欠なシステムです。
しかし、そのような大脳辺縁系の働きだけでは、社会的な生活はうまくいきませんよね。大脳辺縁系から湧き上がってくる衝動を上手にコントロールすることが必要です。その役割を果たしているのが、前頭前皮質と呼ばれる部位。ここがいわば司令塔のような役割を担っており、感情や欲求の「こうしたい」というシグナルと、周囲の状況や情報を統合して、総合的な判断や意思決定を行ったり調節を図ったりします。
大脳辺縁系と前頭前皮質。この二つは、相互に影響し合うバランス関係にあります。通常、これらの部位は「トップダウン」の制御によって均衡が保たれています。つまり、理性を司る前頭前皮質が、大脳辺縁系から生じる情動的な衝動を適切に調節(抑制)している状態です。しかし、突発的に強い怒りや恐怖を感じると、大脳辺縁系の活動が過剰になり、前頭前皮質による制御が一時的に機能しなくなることがあります。これはいわば「感情による理性のハイジャック」の状態であり、抑制が効かなくなった結果、衝動がそのまま怒りとして表出されてしまうのです。
──いわゆる「怒りっぽい人」や、人が「怒りっぽくなりやすい時」にも、脳の働きが関わっているのでしょうか。
その通りです。例えば、年齢による脳の発達は、怒りっぽさに大きく関係があります。感情を司る大脳辺縁系は早めに成熟するのに比べて、理性を司る前頭前皮質の発達は遅ければ20代後半まで続くため、若者は衝動の抑止が効きづらい傾向にあることがわかっています。なので、脳の構造から言えば「若者は感情の制御が難しくて当たり前」。ただし、前頭前皮質は使うことによって発達していきます。ですから、若者が段階を追って衝動の制御を練習できるような環境を作っていくことが社会には求められているのではないでしょうか。また、前頭前皮質の働きは加齢とともに徐々に弱まっていく傾向もあります。「高齢になって急に怒りっぽくなった」という場合は、加齢に伴う脳機能の変化が一因として考えられるでしょう。
前頭前皮質は、人類の進化の過程で特に大きく発達した、複雑な情報処理を担う部位です。非常にデリケートな部分なので、どんな人でも一時的に働きが弱まってしまう時があります。例えば、お酒を飲んだときや疲れているとき、睡眠が不足しているときなどは働きが低下し、感情の抑制がききづらくなって衝動的な行動が多くなりがちです。また、空腹時は脳の主要なエネルギー源であるブドウ糖が不足しているため、この場合も前頭前皮質の働きが低下してしまう可能性があります。ふと「なんだかイライラしているな」と感じたときには、一度立ち止まって「いま疲れているのかな」「お腹が空いているのかも」と自分の状態を観察してみることで解消につながるかもしれません。
怒りに支配されないための アンガーマネジメント術

──怒りを感じたときに、うまく対処する方法について教えていただけますか。
まずは、突発的な怒りの場合について見ていきましょう。
■心の中で10秒ほど数えて待つ
怒りというのは、急激に沸き上がって、そのあとまた急激に減衰する感情です。そのため、ゆっくり心の中で10秒ほど数えて待つことで、怒りのピークをやり過ごすことができます。
■その場を離れる
もしそれでも怒りが収まらない場合や、待つことが難しい状況であれば、その場を離れることを検討してください。目の前にある怒りの対象から一旦離れることで心を落ち着かせることができるでしょう。
■タイムアウトをとる
立ち去ることが難しい場合には、「タイムアウト」をとることも有効です。怒りの対象となる状況が続いてしまうと怒りが増幅してしまうので、「一旦ここで休憩を入れましょう」、「この話の続きは別の機会にしましょう」と少し時間を挟むことで、その間に自分の心を落ち着かせる作戦です。
■気を逸らす
上記の方法すべてが難しい場合には、気を逸らしてみてください。気を逸らす方法にもいくつかありますが、私がおすすめする方法は二つです。一つ目は、自分が心を落ち着かせられるようなイメージや言葉を、あらかじめ準備しておくこと。好きな音楽や安心できる家族の顔、気持ちを穏やかにするための言葉などを思い浮かべることで、怒りの対象から気を逸らしましょう。もしくは、自分の身の回りにある無機質なものに注意を向けてみましょう。例えば、机の表面を触って「ひんやりしているな」と思うことで、怒りでいっぱいになりそうな頭の中に別の考えを挟むことができます。
このように、怒りの対象から物理的・時間的に離れること、難しい場合は自分の意識だけでも別のところに持っていく方法が効果的です。
一時的に怒りをやり過ごせたとしても、後からじわじわと怒りが湧いてくることは珍しくありません。そんなときは、改めて自分の内側に目を向けることが大切です。
■自分の捉え方や考え方を見直してみる
自身の捉え方や考え方が、事実に偏り(認知の歪み)を生じさせ、怒りを強めていないかを見直してみましょう。「こうあるべきだ」「こうでなければならない」といった固定観念が、自分を縛り、怒りを生んでいることがあります。
■第三者の視点を取り入れる
また、自分一人の視点だけでは気づけないことも多いもの。信頼できる人に相談して、異なる視点を取り入れてみるのも非常に有効です。多角的な捉え方ができるようになれば、状況を受け入れたり、相手の言動の背景にあるものを理解できたりするかもしれません。必要であれば、話し合いの場に中立的な第三者に入ってもらうことで、冷静なコミュニケーションが維持しやすくなります。
■自分自身を俯瞰して眺める
さらに、自分自身を俯瞰して眺めることも大切です。怒っている自分を「もう一人の自分」が静かに見守るようなイメージで、その場の感情と少し距離を置いてみてください。すると、怒りに飲み込まれていたときには見えなかった事実や、より建設的な選択肢が見えてくることがあるでしょう。そして、落ち着いて状況を見直した後は、どうすれば状況を改善できるのか、次のステップを前向きに考えてみることをおすすめします。
──状況に応じて、さまざまな対処法があるのですね。
怒りとうまく付き合うためには、どのようなことを心がけると良いのでしょうか。
さまざまな方法をご紹介しましたが、こうした取り組みは一度で完璧にできるものではありません。実践してみてうまくいく日もあれば、思うようにいかない日もあるでしょう。しかし、その「成功」と「失敗」のどちらからも学び続けることで、少しずつ自身の感情との付き合い方が上手になっていきます。怒りをただやみくもに表出したり、抑えつけたりするのではなく、理解し、うまく扱う。その積み重ねが、自身を成長させてくれるはずです。