INDEX

  1. ヨーロッパで生まれ、ロシアで確立し、世界中に広まった“芸術”
  2. 世界で評価される“日本のバレエ”とそれを支えるバレエ学習
  3. 観劇のポイントは“均整美”にあり!?バレエの楽しみ方は無限大!

INTERVIEWEE

海野 敏

UMINO Bin

東洋大学 社会学部 メディアコミュニケーション学科 教授
専門分野は、情報学、図書館情報学、メディア論、身体コミュニケーション論。東京大学教育学部助手、東洋大学社会学部講師・助教授を経て、2004年より現職。ダンスの振り付け支援ソフトウェアの開発研究を行うほか、舞踊評論家としてクラシックバレエおよび現代舞踊(コンテンポラリーダンス)の解説記事等を執筆。著書(共著)に『バレエ・パーフェクト・ガイド』(新書館)、『バレエとダンスの歴史』(平凡社)など。

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ヨーロッパで生まれ、ロシアで確立し、世界中に広まった“芸術”


   
――そもそもバレエはいつ、どこで生まれたのでしょうか。

バレエの原型が生まれたのは15世紀のイタリアです。その後フランスに伝わり、17世紀、ブルボン王朝時代にバレエの基本ができ、19世紀になってようやく皆さんが想像するような、つま先立ちで踊ったりチュチュを履いたり、妖精を想起させるようなバレエができあがりました。19世紀の後半にはロシアに舞台を移し、ロシアの大作曲家チャイコフスキーなどの活躍によって、今のクラシックバレエのスタイルが確立しました。

――日本では、どのように広まっていったのでしょうか。
大正時代には既に日本にもバレエが伝わっていたものの、実際にバレエが大衆向けに上演されるようになったのは第二次世界大戦が終わってからのこと。つまり、日本で現在親しまれているバレエの歴史はまだ80年程度ということになります。1980年代以降、海外のバレエ団が次々と来日し、その影響で日本のバレエ団もレベルが向上していきます。日本から海外に行き、活躍するダンサーも出てくるようになりました。

バレエそのものや、日本人ダンサーの活躍に触れる機会が増え、バレエがだんだんと認知されるようになると、女性のお稽古として定着し始めました。映像技術の発達による影響も大きいですね。VHSテープ、レーザーディスク、DVDなどの登場で、映像でバレエを楽しめるようになりました。さらに2000年代に入り、インターネットの高速化とソーシャルメディアの普及で、バレエの映像をネット上でいくらでも見られるようになったことが、バレエの人気の高まりを後押ししました。

――日本のバレエ団についても、教えてください。
戦後に松山バレエ団、牧阿佐美バレエ団、東京バレエ団など、いまも活躍する民間のバレエ団が誕生し、1997年には新国立劇場バレエ団という国立のバレエ団が誕生しました。ヨーロッパのバレエ団はほとんどが国立・州立など公設の団体ですが、日本では、初期から現在までずっと民間のバレエ団が多いという特徴があります。イギリスのロイヤル・バレエ団で東洋人初のプリンシパル(トップダンサー)になった熊川哲也氏による、「Kバレエカンパニー」が1999年に創立されたことも、日本のバレエ史の中では印象的な出来事でしょう。いま申し上げた団体だけでなく、地方各地にも大小さまざまなバレエ団があることも、日本のバレエを取り巻く環境の大きな特徴ですね。 
    

世界で評価される“日本のバレエ”とそれを支えるバレエ学習


   
――日本のバレエにはどういった特徴があるのでしょうか。

日本のバレエ教育は、民間が支えているにも関わらず水準が高いと言われています。民間の教室が多く、習い事として定着しているため、公設のバレエ団で限られた人のみがバレエを学ぶ海外以上に裾野が広いのです。つまり学ぶ人がたくさんいる中でしのぎを削って上り詰めていくからこそ、トップのダンサーの水準が高くなっているのではないでしょうか。

また、ダンサーの適応能力が高いことも特徴でしょう。バレエのみならず、日本人は、スポーツの世界でもビジネスの世界でも、世界中でその土地に上手く適応して活躍していますよね。そうした順応する力は、バレエにおいても有効なのだと感じています。また、バレエでトップに立つ人は、基本的に真面目にコツコツとレッスンに取り組む人が多いです。一般的に日本人は勤勉で真面目だと言われますが、そういった勤勉さも、日本のバレエ団・バレエダンサーの特徴といっていいでしょう。

――日本人ダンサーならではの、踊りや表現の特徴はありますか。
細やかで、芸術性の高い表現でしょう。日本人は元々、ヨーロッパなどのダンサーと比べて身長や筋肉、骨格のハンディがありました。例えば、イギリスの2つのロイヤル・バレエ団でプリンシパルを務めた吉田都氏は、欧米のダンサーと比較すると小柄なことで苦労されたようですが、表現方法の繊細さ、音楽性の高さでそれを補い、その実力が世界で高く評価されました。

20世紀の後半、日本人の体型が徐々に変化していきます。食生活か、あるいは生活様式の影響なのかは十分に解明されていませんが、身長と腰の位置が高くなったことは、日本人バレエダンサーにとって有利に働きました。そのため、「美しいプロポーションを活かした、細やかな表現と確かな技術力」が現在の日本人ダンサーの特徴であり、魅力といえるかもしれません。

――先生は、バレエ学習に関する調査もされているそうですね。
昭和音楽大学と共同で、2011年と2016年にバレエ教室の実態調査をしました。全国にある約5,000のバレエ教室にアンケートを送付し、その回答から国内でバレエを習っている人数を推定しました。


小山久美・海野敏「日本のバレエ教育環境の実態分析 『バレエ教育に関する全国調査』基本報告」(2016年、昭和音楽大学 バレエ研究所)を元に作成

ここで注目したいのが、男性のバレエ人口の動きです。2011年からの5年間で、全国学習者数が減少する一方、バレエを学ぶ男性が2,400人程度増加したと推定されます。近年、芸術性の高さが認知されたことに加え、先ほど述べた熊川哲也氏やアメリカのバレエ団で活躍した堀内元氏など、男性ダンサーの海外での成功が広く知られたことが影響していると考えられます。

――習い事として、バレエを学ぶメリットというのはどのような点にあるのでしょうか。
子どもの習い事としてのバレエは、言うなれば、運動部と文化部のどちらの良さをも併せ持つ習い事です。まず体力がつくのはもちろんのこと、群舞で人と一緒に踊ることで協調性も身に付きます。幼少期から取り組むことで、良い姿勢が自然と体得できるというメリットもありますね。

また、バレエという世界共通の文化を学ぶことで、おのずとバレエが育まれたバックボーンに触れ、グローバルな教養を身に付けられることが魅力です。さらにステージに立って踊るという経験を通して、自己肯定感も身に付くでしょう。

大人の方は、美容と健康のためにバレエを学ぶ方が多いですが、その上、立ち居振る舞いが美しくなります。指先やつま先まで意識して動かすことが求められるため、日常生活においても体の細部まで意識が宿るようになるのではないでしょうか。また、意外なところでは、記憶力も鍛えられます。レッスンでは手足の位置やポーズ、踊りの順番など覚えることが多いため、かなり頭を使うんですよ。
   

観劇のポイントは“均整美”にあり!?バレエの楽しみ方は無限大!


   
――では、バレエを「観る」上での魅力はどういったところでしょうか。

まずは、総合芸術を楽しめることです。ダンスが中心ですが、演劇の要素が大きくありますよね。それから音楽も素晴らしい。プロの全幕の公演はプロのオーケストラが生演奏を行います。背景などの美術も細部にわたって凝っていますし、ファッション、つまり衣装に目を向けるのも面白いです。そういったさまざまな芸術の組み合わせを贅沢に味わえるのがバレエの最大の魅力です。

もう一つは、ダンサーの身体性を間近で見られることではないでしょうか。ダンサーの肉体美はもちろん、そこから生み出されるポーズやモーションの美しさを直接感じられることは、バレエ観劇の醍醐味です。例えば、なだらかな立体螺旋や広がりを感じさせるポーズや、滑らかで安定感のあるモーション、あるいは、つま先立ちをして移動するバレエならでは動きなど、一つひとつの動作に美しさが宿っています。バレエの誕生から約400年続く歴史の中で構築された「均整美」は、バレエの全ての動きに共通して反映されています。極限まで磨き上げられた肉体がどのように均整美を表現するのか、ということを生で確かめられるのも、バレエを「観る」メリットだと思います。

バレエの均整美は、西欧近代の様式美を徹底した結果生まれたものです。そこには、体の中心から上下左右へ美しい角度・長さで伸びる手足や、動きの均一さなど、全世界の人が共感できるものがあると思います。そのためバレエは、世界中でトップの芸術として定着しています。政治的に対立する立場であっても、言語文化圏が違っても、バレエの芸術性が認知され、人気を博しているということには研究者として面白さを感じています。

――時代や国を超えて均整美を味わえるのが、バレエの良さということですね。先生おすすめの演目はありますか。
今のバレエは本当に多様で、昔からある『くるみ割り人形』や『白鳥の湖』から、ストーリーのない抽象的なバレエまで、さまざまな作品があります。しかし、初心者の方はストーリーがないと少し難しく感じるかもしれませんね。そういう点では、初心者が観る場合には、『くるみ割り人形』など、馴染みのある音楽で、物語のあるものがいいと思います。大人の方が観るのであれば、『マノン』や『ジゼル』、『ロミオとジュリエット』など、文学性の高いロマンティックな作品もおすすめです。ただし、ここで注意したいのが、同じ題目でも演出が無数にあり、内容にもさまざまな違いがあることです。主人公の名前、踊りの数や用いられる曲、あるいはオチまでもが違うことも。白鳥の湖は悲劇だと思っている方が多いですが、実はハッピーエンドの白鳥の湖もあるんですよ。

――同じ題目でも、何回か見ると違いに気付きやすくなるということですね。
まさにその通りです。「これが本当に同じ作品?」と思うこともあるかもしれません。バレエ団が違えば衣装も、美術も、音楽の順番さえも変わりますからね。また、同じバレエ団でもダンサーが変われば雰囲気もがらっと変わります。ダンサーに注目して、その個性に気付けるとバレエがさらに奥深いものに見えてくるでしょう。

――実際に鑑賞するときに押さえておきたいポイントはどんなところでしょうか。
1つは先ほどお話しした、バレエ固有の均整美です。それと作品についてのあらすじや時代背景などの基礎知識を少しでも調べてから行った方がより楽しめると思います。
 
<Reference>
海野教授おすすめ!クラシックバレエの基礎知識を学べる書籍・Webサイト


 ・『バレエ・パーフェクトガイド 改訂版』(ダンスマガジン編、新書館、2012年)
「代表的なバレエ作品、バレエ団の解説、スターダンサーの紹介、バレエの歴史などが1冊にまとめられています。私も8つの項目を執筆しています。」

・『200キーワードで観る バレエの魅惑』(長野由紀編、学研、2002年)
「作品、作曲家、バレエ用語などからバレエを総合的に解説するガイドブックです。」

・『バレエへの招待』(鈴木晶著、筑摩書房、2002年)
「バレエの歴史をひもときながら、バレエという芸術の広がりをやさしく解説しています。高校生から読めますが、大人にも読みごたえのある内容です。」

・月刊誌『ダンスマガジン』(新書館、毎月23日発行)
「日本で唯一のバレエ専門誌です。美しい舞台写真が豊富に掲載されており、日本と世界の最新の情報に触れられます。」

・Webサイト「バレエチャンネル
「新書館が2019年から無料公開しているウェブサイトで、バレエに関するウェブ記事が多数掲載されています。」 
*海野教授も「鑑賞者のためのバレエ・テクニック大研究」という連載を毎月執筆しています。
また、最近はコロナ禍ということもあり、公演の動画を配信しているバレエ団も増えています。バレエの魅力を存分に体感するには、ぜひ生で観劇してほしいところですが、もちろん動画にも良さはあります。画角の切り取り方を楽しんだり、繰り返し観ることができたりすることも醍醐味です。一時停止したり、スローモーションにしたりして何度も観る。現代に生きるいまだからこそ、最新のテクノロジーを駆使して映像をじっくりと楽しんでみるのもおすすめですよ。
   

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