INDEX

  1. MGC出場を決めた今、感じること
  2. 学年の垣根を超えて切磋琢磨した大学時代
  3. 現役選手が教える、マラソン観戦で注目したいポイント

INTERVIEWEE


西山 和弥
NISHIYAMA Kazuya

2021年 東洋大学総合情報学部総合情報学科 卒業
1998年生まれ。群馬県出身。東京農業大学第二高等学校卒業後、東洋大学総合情報学部に入学。東洋大学在学時は、2017年日本学生陸上競技対校選手権大会10000m 3位、2018年アジアクロスカントリー選手権大会シニア12km 2位、日本選手権10000m 4位などの成績を収めた。大学駅伝では、第94回(2017年)東京箱根間往復大学駅伝競走 1区区間賞、第95回(2018年)東京箱根間往復大学駅伝競走 1区区間賞など。卒業後の2021年4月、トヨタ自動車に入社。2023年2月26日の大阪マラソンでは、2時間6分45秒で日本人選手トップの6位(初マラソン日本記録)になり、MGC出場権を獲得。また、今夏の世界陸上ブタベスト大会に日本代表で出場も果たした。


柏 優吾
KASHIWA Yugo

2023年 東洋大学経済学部経済学科 卒業
2000年生まれ。埼玉県出身。豊川高校卒業後、東洋大学経済学部に入学。東洋大学在学時は、2021年日本学生陸上競技対校選手権大会10000m 11位などの成績を収めた。4年次に出場した北海道マラソン2022(2022年8月27日)では、2時間11分41秒で日本人トップの2位となり、MGC出場権を獲得。続いての大阪マラソンでも学生歴代2位の2時間8分11秒で走る。大学駅伝では、第33回(2021年)出雲駅伝 6区7位、第54回(2022年)全日本大学駅伝 8区7位、第99回(2023年)東京箱根間往復大学駅伝競走 4区13位など。卒業後の2023年4月、コニカミノルタに入社。

MGC出場を決めた今、感じること


取材は2023年7月にオンラインで実施しました。

――まずは、マラソングランドチャンピオンシップ(MGC)出場おめでとうございます!選考レースを終えて、MGC出場権を獲得した感想をそれぞれ教えていただけますか。

西山 私は2023年2月の大阪マラソンで出場権を獲得したのですが、自身のマラソンキャリアにおいて初めての公式大会出場だったこともあり、「いい順位を狙えたらいいな」という気持ちで臨みました。スタートする前から、身体のコンディションが良い状態にあることは自覚していたため、それなりに自信もあったのですが、やはり初の公式大会出場に対する不安もありました。しかし、練習を積み重ねてきた自信を持ってレースに挑んだ結果として、日本人トップでゴールでき、またMGC出場権も獲得できたので、とてもうれしかったですね。

 私は2022年8月に開催された北海道マラソンで日本人トップの2位でゴールし、MGC出場権を獲得しました。私も西山選手と同じく、「いい走りがしたい」という思いが強かったので、結果を残せたことに対する驚きがありました。というのも、当時は大学4年生で、卒業後は実業団に所属してマラソンに注力することを考えていた時期でした。そのため、まずは自分の実力を確かめることに意識を向け、初めて公式大会に臨んだのです。走り終えた後も、42.195kmを完走できた安堵の気持ちのほうが大きく、周囲の反響を受けてからようやく事の大きさを認識したように思います。

西山 柏選手はMGC出場を決めた最初の学生選手だったので、周囲の注目度も高く、みんなが期待していたのだと思います。私もMGC出場を決めたときには多くの方からお祝いの言葉をいただきました。箱根駅伝に出場したときと同じくらい、「おめでとう」「ニュース見たよ」と言っていただけましたね。

 
2023年2月、大阪マラソンでの西山選手(写真提供:トヨタ自動車陸上長距離部)

――それだけ、マラソン競技やオリンピック出場を見据えた大会に注目が集まっているということですね。10月のMGC本番に向けてトレーニングを積んでいることと思いますが、具体的にはどのようなことを意識して取り組んでいらっしゃるのでしょうか。

 現段階(注:2023年7月)では、走りのペースを意識したトラック練習を進めています。例えば、600mを走るときに「最初の400mを60秒で走り、後半の200mを30秒で走る」といった具合です。北海道マラソンをはじめとしたマラソン大会に出場して強く感じたことでもあるのですが、実際の大会ではペースが一定のまま走ることはほとんどありません。「序盤は余裕を持って走って、後半にスパートをかけよう」などの戦略を組み立てたり、周囲がペースを上げたら自分もついていこうと速度を上げたりと、必ずペースに波が生まれるのです。学生時代に経験していた記録会は、どちらかというと「いかに一定のペースで走るか」ということを意識していたため、社会人になってマラソン競技に集中するようになってからは、こうしたペース配分を念頭に置いた練習を中心にするようになりました。
 
トレーニング中の柏選手(撮影:小野口健太)

西山 8月にハンガリーで行われる世界陸上のマラソン種目に出場するため、まずは世界陸上に向けてトレーニングを積んでいます。柏選手と同じく、ペース変化に対応できるように目標タイムを細かく定めた練習をしているほか、「追いかける」「追いかけられる」といった状況でもスピードを維持できるよう、走りの質を高める意識で身体の動きを見直しています。私が所属しているトヨタ自動車陸上長距離部には、服部勇馬さん(2016年経済学部卒業)と西山雄介さんという世界大会出場経験者が2名所属していますので、世界大会ならではのレース展開や、準備しておくべきことなどのアドバイスをもらっています。10月のMGCにかけては厳しい暑さの中で走るため、発汗量や摂取する水分量、栄養にも気を配っていますね。

 年に2本も、そしてたった2カ月の間隔で公式大会に参加される西山選手は、本当にタフだと感じます。私自身、学生時代からがむしゃらに走り込むような練習に取り組んできたため、大会当日までを長い目で見据えて練習する実業団選手としてのトレーニングには難しさを感じています。時にはコーチやトレーナーの方から「頑張りすぎだから、少し抑えようか」と言われることもあり、適切な練習内容やボリュームを見極めることが大事だと感じています。

西山 確かに、柏選手は学生時代からすごくがむしゃらでしたね。(笑)私自身も、社会人になって練習を重ねていく中で、練習の内容や質、食事、睡眠などさまざまな要素が合わさって結果に投影されるのだと気づくようになりました。やはり、練習で頑張りすぎてしまうと良い状態で本番を迎えることができないんですよね。私の場合は、たとえオフでも全く走らない日は作らないようにしているのですが、自分の身体と向き合って、「今日は短い距離を軽く走ろう」と調整したり、ストレッチを重点的に行う日を設けたりしています。走りだけを磨いても、良いタイムが出るとは限らない点が、マラソンの難しさでもあり、面白さでもありますね。

 自分の身体と対話して、コントロールしていくことが重要ですよね。実際のレースにおいても、自分のコンディションや周囲の状況を判断する力がマラソンには求められるので、この課題にはMGC本番までしっかり向き合っていきたいと思います。
    

学年の垣根を超えて切磋琢磨した大学時代


 

東洋大学在学時の西山さん(上)・柏さん(下)

――お二人は、2学年の差があるものの、東洋大学陸上競技部長距離部門でともに活動されていました。お互いの印象について、お聞かせいただけますか。

西山 私が3年生のときに、柏選手が1年生として入部してきました。先ほども話しましたが、当時から柏選手は「真面目」で「がむしゃらに・ひたむきに」練習に取り組んでいましたね。私が4年生、柏選手が2年生のときは新型コロナウイルス感染症の影響で、全体練習ができなくなってしまったり、寮を閉鎖して各自で練習することになったりと、多くの制約がある状況下で陸上競技に取り組んだ年でした。そんな中でも、柏選手は地元で長い距離を毎日のように走って、部員全員に報告してくれたので、大いに刺激を受けましたね。当時は部内で1、2を争うくらいの距離を走っていたのではないでしょうか。

 そうですね。監督やコーチ、先輩方と離れて一人で取り組まなければならない状況でしたが、当時は「これはチャンスだ」と思っていました。入部当初から高い実力を持っていた同級生や、結果を出している先輩方を目の前にして「どうやったらこの差を埋められるだろうか」と悩んでいた時期に寮が閉鎖になったので、また寮に戻ったときにはみんなを驚かせるくらいパワーアップしたいと考えていました。それで、目標を決めて長い距離を走ったり、フィジカルトレーニングをしたりしていたんです。実際に、再び寮生活が始まってからは、西山選手をはじめ、チームのみんなに「柏はなんか変わったね」と言ってもらえて、うれしかったですね。

西山 卒業して社会人になってからも、そのマインドのまま走り続けている点は尊敬しますね。2022年には、私が所属している実業団のトレーニング地と柏選手が出場する大会の開催地が近かったこともあり、合同で練習をしました。柏選手は学生時代と比べて走りのスピードやパワーのレベルが上がっていて、隣で走っていてとても驚いたことをよく覚えています。それと同時に、「コロナ禍のときと同じように、今日まで着実に練習を重ねてきたんだろうな」と思うと、懐かしくもあり、誇らしくもありました。

 東洋大学に入学する前から、さまざまな大会や箱根駅伝のテレビ放送などで目にしてあこがれていた西山選手にそう言っていただけるとは、ありがたいです。合同練習のときも、「体の状態を見極めて練習して、少しずつステップアップすることが強くなる秘訣だよ」とアドバイスしていただきましたよね。大学に入学して、西山選手と一緒に練習することで生まれる緊張感や、目の前で繰り広げられる高度なトレーニングなど、多くの学びがあったことは私も強く印象に残っています。

――大学時代のエピソードで、特に印象に残っているものはありますか。

 陸上競技部で指導していただいた酒井監督の「今日が陸上競技に取り組む最後の日だと思って、毎日練習に取り組みなさい」という言葉を今も大事にしています。2年生の冬だったと思うのですが、入部してから思うような結果が出せず、「自分は長距離に向いていないのかな」と思っていたときに、全体ミーティングでこの言葉をかけていただきました。結果を出している周囲の選手とは比較せず、自分は自分らしく練習に取り組めばいつかは結果が出る、と意識を転換するきっかけになりました。コロナ禍のこともあり、非常時になれば走れなくなってしまうこともあると理解していたので、当たり前のように走れるありがたみや、支えてくれる家族や仲間への感謝にも改めて目を向ける機会になりました。社会人として、走ることが生活の中心になった今でもこの言葉を思い浮かべて、毎日自分ができる練習に真摯に取り組むようにしています。

西山 酒井監督は、競技に直接関わることの他にも、「一人の人間としてどう生きるか」という視点で指導してくださったように思います。柏選手が話してくれた言葉も、陸上だけでなく仕事や趣味にも通じると思っています。

私の場合は、大学時代に素晴らしい先輩と関われたことが一番の思い出です。3年生のときに怪我をしてからは成績が伸びず、チームや応援してくださる方々に心配をおかけしてしまいました。そのときに、1学年上の相澤晃選手(2020年経済学部卒業、現旭化成所属)から、たくさん励ましていただきました。落ち込んでいる自分を練習に誘ってくれ、「落ち込むな」と走りで応援してくれたように思います。その後、相澤選手は世界大会にも出場されたのですが、やはり世界大会に出場するような実力を持つためには、気持ちを強く持ち、周りを鼓舞しながら自分のスキルも高めていくことが大事なのだと感じましたね。
   

現役選手が教える、マラソン観戦で注目したいポイント


  
――マラソンは多くの人が注目し、テレビやインターネット中継などで私たちが目にする機会もますます増えています。観戦のポイントがあれば、教えていただけますか。


西山 マラソンは短距離走に比べて競技時間が長く、「どこに注目して見たらいいか分からない」という方もたくさんいらっしゃるのではないでしょうか。2時間弱と聞くと長く感じますが、実はレース展開に変化を与えるポイントは短いスパンでやってきます。例えば、給水ポイントです。マラソンでは、5kmごとに給水ポイントが設けられているのですが、「水をゲットできたか、できなかったか」や「前から何番目のグループの、どの位置で水をゲットしたか」は、その後のレースに影響を与えることもあります。水分とあわせてエネルギー飲料を補給するのですが、特に後半にかけては、給水ポイントで補給したエネルギーでスパートをかけるからです。

 選手としては限られた給水の機会を逃したくないので、うまく取れなかったときは、周りの選手に「水ください」と声をかけることもあります。中継を見るときには、水を分けてもらっている選手がいないかな? と注目するのも面白いと思いますよ。先日出場した大会では、東洋大学陸上競技部の先輩・後輩がたくさん参加していて、“チーム東洋”で水を回しました。一回の給水から、選手同士の関係性も分かるかもしれません。

注目すべきポイントとしては、レースの後半も見ていただきたいですね。30km以降の粘り強さは自分の強みでもあるのですが、疲れてくるタイミングで上位に残っている選手は、体力面でも精神面でもやはり強いですから。

西山 走っている立場としても、後半は本当に苦しく、人間としての「本質」のようなものが浮かび上がってくると思っています。そんな苦しい中でも淡々と走っている選手がいたら、身体の使い方や息遣いにも注目してもらいたいですね。

――最後に、MGCや今後の競技生活における目標をそれぞれお聞かせください。

西山 8月の世界陸上、そして10月のMGCに出場しますが、その大会で記録を残すことではなく、もっと先のキャリアに良い影響をもたらす経験ができればと考えています。レースの中では積極的にチャレンジをして、ゆくゆくは世界大会の最前線で活躍できるように、多くのことを学んできたいと思います。

 MGCは、日本長距離界のトップレベルの選手と肩を並べて走れる滅多にない機会だと思います。周りの選手に刺激をもらいながら、改めてマラソンの楽しさや難しさを体感できたらいいですし、自分も若手ならではの勢いある走りをアピールしていきたいです。

西山 まずはお互い良い状態で当日を迎えて、国立競技場をスタートしたいですね。

 そうですね。お互いに助け合いながら、良い結果が残せるように頑張りたいですね。

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