INTERVIEWEE
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山崎 宏史
YAMAZAKI Hiroshi
東洋大学 理工学部 都市環境デザイン学科教授。博士(工学)。専門分野は水環境学、衛生工学。アムズ株式会社、財団法人茨城県薬剤師会公衆衛生検査センターを経て、2015年4月より現職。2027年4月から環境イノベーション学部長に就任予定。
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加藤 篤
KATOH Atsushi
NPO法人日本トイレ研究所代表理事。まちづくりのシンクタンクを経て、現職。著書に『トイレからはじめる防災ハンドブック』(学芸出版社)、『もしもトイレがなかったら』(少年写真新聞社)、『うんちはすごい』(株式会社イーストプレス)など。
※記載されている所属・役職などは取材当時の情報です。
トイレを見つめる視点もさまざま。異なる視点から、災害時のトイレ問題に取り組む二人の専門家

──加藤様が代表を務められているNPO法人日本トイレ研究所の活動について、ご紹介いただけますか。
加藤:日本トイレ研究所は「トイレ」という切り口から社会課題を考え、改善に向けて活動している団体です。日常から災害時まで、トイレに関するさまざまな課題に取り組んでいます。
通常、「トイレ」と聞くと便器や個室をイメージすると思います。しかし実際には、トイレには人間の排泄行動自体や用を足すための設備や空間、排泄物を流すための水や電力、そして流れた先での汚水の処理など、さまざまな要素があるのです。そのため、トイレに関する問題を考えるにあたっては、トイレを「ひと続きのシステム」として捉える必要があります。例えば排泄に関することは医療や福祉、トイレ空間であれば建築や設備、処理は下水道や浄化槽など、それぞれの要素を専門に扱う業界は存在します。一方で、トイレというシステム全体を俯瞰して見る「つなぎ役」は今までありませんでした。そこで、日本トイレ研究所を立ち上げたのです。
──どのようなきっかけでトイレに関心を持たれたのでしょうか。
加藤:大学では建築を学んでおり、卒業後は設計事務所に勤めました。しかし、働いているうちに学生時代に憧れていた建築と、仕事として求められる建築のギャップに悩むように。自分はどのように暮らしをよくしたいのか考えを巡らせていたところ、人々の生活が凝縮している「水回り」が暮らしの重要な要素だという結論に至りました。その中でも、トイレは人への影響力が大変強い場所。トイレが汚かったり使いづらかったりすれば、とても嫌な気分になりますよね。反対に、トイレが快適であれば仕事中や勉強中の気分転換にトイレに行ったり、落ち込んだときにトイレの個室で一人の時間をつくったりすることもできます。そんな大切な場所である「トイレ」を軸に据え、暮らしを考えてみようと思い至ったのです。
──山崎先生のご専門と研究のきっかけについて伺えますか。
山崎:私は「分散型の排水処理」を専門に研究しています。これは、日本で広く普及している下水道(集約型)ではなく、各家庭の敷地内にある浄化槽※やディスポーザシステムなどを指します。
大学では工学を学んでおり、とにかく実験が好きだったので、「実験ができる環境かどうか」を軸に就職活動をしていました。その結果、縁あって排水処理メーカーに就職することになり、それがこの分野に足を踏み入れるきっかけとなったのです。その後は浄化槽メーカーや、販売前の浄化槽などの性能を確認する第三者機関である財団を経て、現在は東洋大学で生活排水処理の研究を続けています。
加藤さんとは、災害時のトイレ問題に関する有識者委員会でご一緒した際に意気投合しました。異なる分野の専門家として、お互いに足りない観点や知識を補い合いながら、日々さまざまな課題について議論を重ねています。
加藤:山崎先生の視野はとても広いと感じます。トイレに関する社会課題と排水処理が直接関わらないこともありますが、ご自身の専門外の事柄に対しても積極的に向き合ってくださいます。また、わたしが悩んでいる課題に対して、実験を行い、データを取って正確に検証してくださるのも大変心強いです。携帯トイレの吸収量を調べる実験など、わたしには思いつかない手法でアプローチされるので驚かされます。
山崎:何事も、実際にやってみないとわからないですからね。それに、実験を組み立てる過程がとても楽しいのです。
※家庭などから出る汚水を浄化して、きれいな水にする設備。
これまでの災害時に繰り返されてきた、避難所での「トイレパニック」とは?

──災害が起きると、トイレに関してどのような問題が発生するのでしょうか。
加藤:さきほど「トイレとはシステムである」とお伝えした通り、トイレが問題なく機能するためには水や電気、配管、処理など多くのものが欠かせません。つまり、断水した場合や停電が起こった場合は、水洗トイレは使えなくなってしまうのです。便器が一見問題ないように見えても、排水管の一部が損傷しており、床下や地下で汚水が溢れてしまうこともあります。
しかし、非常時であろうと、生理現象である排泄を我慢することはできません。日本トイレ研究所が石川県能登町の協力を得て調査を行ったところ、2024年の能登半島地震の際には、54.7%の被災者が「3時間以内にトイレへ行きたくなった」と回答しています。そして、「6時間以内にトイレへ行きたくなった」被災者の割合は、実に88.3%に上りました。発災後の、やっと安全が確保できたかどうかという非常に早い段階で、大半の人がトイレに行きたくなっているのです。
ところで、多くの人には普段から「トイレは当たり前に機能するものだ」という思い込みがあります。この意識が、非常時の「トイレパニック」問題につながるのです。避難所などに、停電や断水等により機能していない水洗トイレがある場面を想像してください。最初の人がトイレに行き、排泄します。そのあと、トイレが流れないことに気づきますが、そのまま去ります。続いて二人目、三人目がやってきて、流れないことを理解していてもトイレを利用するしかありません。流れないトイレを利用する人はその後も続き、当然すぐに便器が排泄物で満杯になり、利用できなくなってしまいます。流れないことがわかっていても、我慢できないのです。これが「トイレパニック」と呼ばれる現象で、大きな災害が起きるたびに同じことが繰り返されてきました。
山崎:トイレパニックの映像はあまりにもショッキングであるため、なかなかテレビなどで放映されることはありません。近年、やっと被災地のトイレ問題について少しずつ報道されるようになってきた段階です。非常に深刻であるにも関わらず、依然として認知度が低い問題となっています。
加藤:トイレパニックは不衛生であるだけでなく、3つの問題を生みます。一つ目は、不特定多数が不衛生な状態のトイレを利用し、便器やドアノブなど同じ場所を触ることで、集団感染のリスクが高まること。二つ目は、「トイレが使えない、使いづらい」状況によって、被災者が水分の摂取を控えるようになり、脱水リスクが高まること。脱水は、エコノミークラス症候群や誤嚥などの災害関連死につながる可能性があります。三つ目は、治安の悪化です。劣悪なトイレ環境や汚臭は心理的にも悪影響が大きく、秩序の乱れに繋がります。
山崎:そして、こうした問題は発災直後から始まります。いざという時になってからではなく、普段からの備えが非常に大切です。
専門家が推奨! 停電や断水時に、トイレに困らないための防災グッズ
写真:NPO法人日本トイレ研究所
──それでは、こうした「トイレパニック」を起こさないためにはどのように災害に備えればよいのでしょうか。
加藤:いくつか準備していただきたいものはありますが、その中で最も重要なのは「携帯トイレ」です。
■携帯トイレ
既存のトイレ(洋式便器)に取り付けて使う、袋タイプのトイレです。携帯トイレを利用すれば、排泄物を吸収シートや凝固剤などで固め、縛って捨てることができ、衛生的です。普段使い慣れた便器や個室で排泄できるわけですから、被災後の不安やストレスを和らげ、精神的な安心感ももたらします。
発災から数日経てば、マンホールトイレや仮設トイレなどが利用できるようになる可能性も高まります。それまでの期間をしのぐためにも、携帯トイレは一人当たり最低3日分、できれば7日分を用意してください。自分が1日に何回トイレに行くかを数えてから、必要な回数分を準備しましょう。災害時に安心して使うことができる携帯トイレを選ぶための「携帯トイレ規格」を山崎先生の指導の下に作成しました。この規格に適合した製品リストを当研究所のホームページで公表していますので、ぜひ参考にしてください。
いざという時に手間取らないよう、事前に一度、ご自宅で使い方を確認しておくこともおすすめします。また、使用期限は定期的に確認するようにしましょう。
そのほかにも、安心してトイレに行くためにあった方がよいものをいくつかご紹介します。
■照明
トイレの個室には窓がない場合が多いので、停電中には真っ暗になります。そんな中、トイレに行くことは大変危険です。できれば、両手を空けられるヘッドライトやランタンなどを準備しましょう。
■手指消毒できるもの
手洗いができない災害時は、感染症などのリスクが高まります。断水時も手指を清潔に保てるウェットティッシュやアルコール手指消毒などを準備するとよいでしょう。
■トイレットペーパー
普段から余裕をもって、常にローリングストックしておくのがおすすめです。
トイレ問題の根本的な解決策に? 「浄化槽」という選択肢

──発災時に、水洗トイレが利用不能になる事態を防ぐ方法はあるのでしょうか。
山崎:私は、浄化槽を活用した分散型トイレシステムの研究、活用を推進しています。浄化槽は、多くの場合は宅地内に敷設されており、その場で微生物の働きによって汚水を浄化する装置で、きれいな処理水を放流することができます。そのため、トイレから浄化槽までの配管距離が短く発災時にダメージを受けにくいのです。そのうえ、家庭用浄化槽は、分散型システムであるために、もともと1年間し尿や汚泥を溜めておけるように設計されています。これらの特徴は、災害時に向いているシステムだと言えるでしょう。
さらに、井戸水を利用できるようにしておくことも有効です。水道管の損傷等により断水していても、電気さえ使えれば、井戸水を汲み上げ、水洗トイレを使い、宅地内の浄化槽で処理をする……というように、各家庭で一連のトイレシステムの流れが完結できます。
防災という観点からは、一つの手段に集約するのではなく、二つ以上の手段を常に持っておくことが望ましいと思います。普段は浄化槽を利用していても、非常時には携帯トイレを利用できるよう、常備しておくとリスクを抑えることができます。
──最後に、東洋大学川越キャンパスでは災害時を想定したトイレシステムを構築されていると伺いました。その特徴について教えていただけますか。
山崎:川越キャンパスでは、もともとトイレの洗浄水に井戸水を、汚水の処理に浄化槽を利用していました。そして、現在新学部開設に伴い建設中の環境イノベーション棟では、『ZEB※』仕様の校舎として、太陽光発電を行う予定です。そこで、災害時には、環境イノベーション棟で生み出された電力の一部を使用し、キャンパス内の水洗トイレ洗浄水として井戸水の汲み上げ、汚水の浄化槽への搬送に回すように提案しました。そうすれば、大きな設備投資なく、断水時や停電時にも水洗トイレの使用が可能なシステムが実現するというわけです。
万が一の災害時には、川越キャンパスに通う約4,000名の学生と教職員が帰宅困難者になるため、その方々や近隣の方々に水洗トイレを提供したいと考えています。このような取り組みが「大幅な工事や改修を行わなくても、災害時のトイレ問題に備えられる」という事例として、他の避難所や施設の防災に役立てばと願っています。
※Net Zero Energy Buildingの略称。年間の一次エネルギー消費量が正味ゼロまたはマイナスの建築物を指す。
川越キャンパス・環境イノベーション棟のトイレシステムの概要