INDEX

  1. リノベーション研究の原点は「復興小学校」と「小江戸・川越」
  2. リノベーションの歴史とメリット
  3. リノベーションのキーワードは「建物の価値を見極める」

INTERVIEWEE

日色 真帆

HIIRO Maho

東洋大学 理工学部建築学科 教授
博士(工学)。専門分野は、建築学、建築設計・建築計画。神戸芸術工科大学環境デザイン学科助手、愛知淑徳大学現代社会学部専任講師・助教授・教授を経て、2013年より現職。近代建築の保存再生や、建築の設計方法論に関する研究を行う。共著に『明石小学校の建築:復興小学校のデザイン思想』(東洋書店)、『設計に活かす建築計画』(学芸出版社)など。 

リノベーション研究の原点は「復興小学校」と「小江戸・川越」


   
――先生は、建築計画の分野を中心に研究されているそうですね。


建築計画は、簡単に言うと「建築のつくり方」に関する分野のことを指します。その中でも、私は実際につくる工事より“前”の段階である、設計やデザインとよばれる段階について、実際にその建築を使う人のことを意識してつくるために必要な視点はどのようなものか、またどのような手法・過程で進めていく必要があるかについて研究をしています。

実は、大学院で取り組んでいた研究は、建築計画の中でもより基礎的な分野でした。元々は街の中で生じる「迷い」について研究をしていました。人が街で迷うのは、何が原因なのか。また、迷ってしまったときには何を手掛かりにしているのか。そういったことをテーマに、実際に都市部へ足を運んで実験を行ったりもしました。

並行して、設計事務所を設立して実際の建築設計の仕事を行っていたことから、経験を通して「設計の進め方」についても関心をもっていて、それが今の研究の基盤になっていますね。私の場合、20世紀のうちは研究も建築設計も主要なテーマは、新しく建築をつくる時の課題であったように思いますが、近年は古い建築を生かすことにも注目しています。

――関心を持たれたきっかけは何だったのでしょうか。

一番のきっかけは「復興小学校」ですね。東京で設立した設計事務所の近くに、関東大震災の復興事業の一環としてできた小学校がありました。1923年に関東大震災が発生し、その後建てられた小学校ですから、私が事務所を構えた頃にはすでに竣工から約90年が経っていましたが、街のシンボルとなる魅力的な建築でした。震災当時としては珍しい鉄筋コンクリート造であり、ヨーロッパの最新の建築様式も取り入れているなど、希少性も高い建造物だったのですが、老朽化と新しい教育への対応を理由としてその学校を建て替えるという話が上がったのです。それを聞いたときに非常に残念だと思い、保存や再生にくわしい専門家とも協力して調べて見ると、今の状態を活かして使い続けることは十分に可能とわかったのです。何度か改築案を提案したものの、結果として小学校は解体、建て替えとなってしまいました。そこから、古い建物を残す・生かす活動、いわゆる「リノベーション」の研究にも取り組むようになりました。

もう一つのきっかけは、東洋大学への着任ですね。

――それはなぜでしょうか。

私が所属している理工学部は、埼玉県川越市にキャンパスを構えています。ご存じの通り、川越市は蔵造りの店蔵(みせぐら:通りに面した土蔵造りの店舗)に代表される江戸から明治の町屋形式が今でも残る「小江戸」です。古い街並みがキャンパスの近くに存在するため、建築学科では街並みそのものを研究したり、古い建築を生かした暮らしを学ぶことができます。もちろん、川越の街並みを後世にどのように残していくかということも授業の中では考えますから、そうした古い建築物に肌で触れることで、一層リノベーションに対する研究意欲や理解が深まっていると感じています。私の研究室でも、建築学科OBの若い建築家と協力して築約100年の長屋を改修して利用しています。


研究室のプロジェクトとして改修を行った長屋(撮影:福田駿)

川越市に残っている古い建築は、設計の手法も建設の仕方も現代と共通することは多いのですが、要所要所で大いに異なります。まず、文化財として調査されているものを除いて多くの場合は図面がありません。そのため、調査を重ねて図面を作成し、過去の改修の痕跡をさぐり、「なぜこのようなつくりになっているのか」「なぜこの手法で修理を行ったのか」など、当時の人々の思いを想像します。そのようなプロセスを通して、例えば床板を除いて1階に日差しを取り入れるといった再生のヒントが見つかることもあります。何もないところに一から建てるのとは手順が異なり、現場での調査が重要で、これが面白いところでもあるのです。
    

リノベーションの歴史とメリット


       
――川越市の町並み保存に関しては「リノベーション」という言葉を用いてご説明いただきましたが、「リフォーム」という言葉もよく耳にします。具体的な違いは何でしょうか。


実は、明確な違いや厳密な定義は決められていません。ただ、建築そのものは残しながら、構造体の柱梁にも手を加えたり、間取りや設備配管などを全面的に変える大規模な改修は「リノベーション」と言われることが多いです。マンションの一室の内装を変えたり、介護などの目的で手すりやスロープを設置したりするといった小規模な改修工事は「リフォーム」と呼ばれることが多いですが、現代においては「リフォーム」の意味も含めて「リノベーション」という言葉が広告やメディアで大々的に用いられていると感じています。

――確かに、最近のテレビや雑誌では「リノベーション物件」という見出しを目にすることが多いですね。私自身は、そうしたメディアの印象から、リノベーションは近年の“流行り”だという風に考えていたのですが…

言葉は最近よく聞くようになったかもしれませんが、リノベーションの根底にある「古いものを生かす」という考え方自体はいつの時代もあるもので、世界共通でしょう。例えば、京都や奈良に代表される神社仏閣は、数百年も前に建立されてから、何度も改修を重ねながら今に残されていますよね。それは海外でも同じで、歴史的建造物は取り壊して再建されることはほとんどありません。また、海外では文化財だけでなく民家においても、更地にして建て直すということはあまり行われません。「そこにあるものを、できるだけそのまま残す」という考え方が、古くから住民の生活に根付いているのではないでしょうか。

日本でリノベーションが目新しいもの、流行として捉えられているのには、戦後からバブル期の建築ラッシュが影響していると考えられます。空襲の被害があった戦後日本の大都市は、ゼロから新しい建築物を早く、そしてたくさん作らなくてはいけないという状況でした。住居はもちろん、病院や学校、図書館、劇場など、建築物がどんどん増えていく中で、生活に必要な施設がほとんど揃った「無いものが無い」街へと変わっていきます。空襲を受けなかった地方の都市でも、立派な都市施設を競ってそろえました。さらに、バブル期には自治体も企業も巨額をつぎ込んで目新しい建物や華美な建物を競うように建設しました。このように、新しい建築物が次々に立つ時代が半世紀も長く続いたことで、「新しいものを作るのが良いことである」という考え方が老いも若きもどの世代にも広がり、古いものを生かすという、かつてはあたりまえであった発想が薄れてしまったのではないでしょうか。しかし今や、街には耐震性も十分で耐火性にもすぐれた建築が数多く建ち並んでいます。大きな災害が起きてもかつてのようにすべて失われることはなく数多くの建築が残ります。もはやゼロからやり直す手法は、特殊な解としてしか有効性を持たないでしょう。現存している建築物を活用する時代に変わり、それが次第にリノベーションへと結びついていったのだと思います。

古くから行われていたリノベーションですが、もちろん時代に合わせた手法や見せ方など、ある程度の流行もあります。最近だと、東京・銀座の商業施設「マロニエゲート銀座2」(旧プランタン銀座)に2020年オープンした「UNIQLO TOKYO」が良い例です。
建物自体は1980年代前半に建設されたもので、40年近く経過しているとはいえ耐震性は十分です。どのような企業判断があったかはわかりませんが、全面建て替えを選択せず、既存の柱や梁はそのまま残しながらも、吹き抜けを新たに設けたり、取り払った床板のごく一部をあえて残して照明を取り付けるなど、気の利いた工夫をしています。設計はスイスの有名な建築家です。コンクリートの柱や梁がむき出しになっていますが、このように基本構造を「あえて見せる」のが、近年の流行となっています。おしゃれなカフェやホテルなどでは、天井に配管が見える状態になっているところも多くありますね。

――社会の変化に応じて形を変えながらも、リノベーション自体は古くからあったということですね。

リノベーションはメリットが多いため、今後も取り組みが進んでいくと思います。一から建築を作るわけではないので、まずは経済的なメリットがありますよね。建物を取り壊すだけでも費用が掛かってしまうため、壊さず残すという選択をするだけで、費用面では大きな違いが生まれます。もちろん、改修にあたって何をどの程度残すのか、何を付け加えるのかによって掛かる費用は異なりますが、新築の場合と比較しても金銭的な負担は少なくなります。

また、環境配慮という点でもリノベーションにはメリットがあるのです。既存の建物を一度取り壊す場合は重機を用いるため、その重機を動かすための燃料が必要になります。また、取り壊した後には元々の建設物に含まれていたコンクリート、鉄骨や鉄筋、サッシなどのアルミ、木材、ガラス、プラスチックといった建設廃棄物が大量に生じるため、それらを分別して再生したり処分するためにもエネルギー資源が必要です。さらに、再生や処分により二酸化炭素が排出されるため、地球温暖化にも影響を与える原因になります。リノベーションをすることで建設廃棄物は少量に抑えることができ、環境負担も軽減できるため、持続可能な社会に向けてSDGsのゴール達成にも貢献できるものだと思います。

――古い建造物を活用することで、社会問題にもなっている「空き家問題」の解決にもつながると感じます。

その通りです。空き家として残っているものでも、少し手を加えるだけで再活用できる物件は多くあります。先ほどお話しした2つのメリット(費用面、環境配慮)に加えて、空き家を再活用することは地域に人が戻る要因にもなり、街の活性化を促進することにもつながります。近年の“流行り”として認識されることも多いリノベーションですが、人々が建築と関わる上で、今後は当たり前の選択肢になってほしいと感じています。     

リノベーションのキーワードは「建物の価値を見極める」


      
――現在、実家などをリノベーションするか迷っている方も多いと思います。どのような視点で検討するのがよいでしょうか。


リノベーションとは「すでにあるものの価値を見極めること」であり、「その価値を次の時代にどう伝えるか」だと私は考えています。見極めるべき価値には複数の側面があり、その一つは利用価値です。使えるから使う、という直球の発想だけではなく、リノベーションをすることで利用価値がどれほど高まるのか、逆にリノベーションをしてまで残す必要があるかといった幅広い視点で考える必要があると思います。

また、伝統としての価値も、リノベーションをするときには見極めたいポイントですね。個人としての利用価値は低くなってしまったかもしれないけれど、たとえば歴史上の重要な出来事に関わる施設や蔵などの歴史的に価値ある建物、また「聖地」と呼ばれるような映画やドラマの舞台になった場所など、後世に継承するべき建物もあると思います。古くなったご自宅や土地などの資産に対して、後世につないでいくべきものかという視点で考えることは重要です。「実家に誰も住んでいないし、売ってしまおう」「家の裏にある蔵は使う予定もないし、取り壊して駐車場にしよう」と決める前に一度、過去にどんな人が住んでいて、何が行われていた土地や建物であるのかなどを調べてみてはいかがでしょうか。もし歴史的価値がある建物である場合、売却や取り壊しではなく、リノベーションをするという選択肢が生まれるかもしれません。ご自身が住んでいるところや実家のある場所に関心が薄い人も多いかと思いますが、とてももったいないことだと感じています。リノベーションに重要な価値を見出すためにも、まずは自分が暮らす家や地域に関心を持つことが必要だと思います。

――価値を見極めると聞くと、専門家にしかできないことのように思えますが、関心を持つことであれば誰でも気軽に取り組めますね。

関心を持って色々と調べていく過程で、きっと「こんなに素晴らしい建物だったんだ!」という発見が見つかるはずです。その発見を周囲の人々や自分の子ども、孫などにぜひ伝えてほしいです。周りに語っていくことで、一層その建物の持つ価値は強固なものになりますし、その発見が誰も気づいていないものであれば、新たな価値の付与にもつながります。

また、情報を集めたり精査したりしながら価値を見極めることは時間がかかると思いますが、決してリノベーションの判断を急ぐ必要はありません。漠然とリノベーションすることを視野に入れつつ、じっくり考えることも重要です。自分だけで価値を見つけようとせず、専門家や地域の人にも意見を聞きながら、価値を見極めてもらえればと思います。
    

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