INDEX

  1. 時代を経て変化する子育て観。孤立する親の苦悩。
  2. 見本にしたい、国民的アニメで描かれる子どもとの向き合い方
  3. 頼れる人を見つけ、「孤育て」を超えていく。

INTERVIEWEE

藤本 典裕

FUJIMOTO Norihiro

東洋大学 文学部教育学科 教授
修士(教育学)。専門分野は教育学、教育行財政学。神戸大学教育学部卒業後、東京大学大学院教育学研究科博士課程単位取得満期退学。1997年より東洋大学教職課程の教員として勤務し、2007年より現職。著書に『学校から見える子どもの貧困』(大月書店)、『教職入門』(図書文化)など。

時代を経て変化する子育て観。孤立する親の苦悩。



――初めに、先生の研究内容について教えてください。

専門分野は教育学です。特に、学校の事務職員の方々が、教育の質にどのような影響を与えているのかを研究しています。事務職は裏方の仕事ではありますが、実は教育の質に大きな影響を及ぼしているのです。例えば、保護者から集めた授業料などのお金をどのように使うかも事務職の仕事。理科の解剖で使用するフナを買い付ける際、事務職員が地元の飼育業者に掛け合い、解剖実験を行いやすい魚体を仕入れた結果、同じ金額でより分かりやすい授業ができたということがありました。

お金をかけずに子どもたちの興味関心を引く教育を提供することは、経済的に厳しい家庭への支援にもつながります。塾へ通わせることができないなど、家庭の経済状況は学力に直接的な影響を与え、子ども自身の自己肯定感も低下させてしまいます。そのため、学校で質の高い教育を提供できれば、相対的に教育の機会を奪われている経済的に厳しい家庭の子どもたちも前向きに学習に取り組めるのです。事務職員の方々からお話を聞きながら、どのような工夫をして教育の質を高めるのかを、一緒に模索しています。

――ご専門である教育学の視点から、日本の教育や子育てはどのように変化してきていると思われますか。

日本には古くから「7歳までは神のうち」という言葉があり、乳幼児の死亡率が高かったため、幼い子どもは神の領域にいて神様から子どもを預かっているという認識がありました。また、「子遣い」(こやらい)という子育てを意味する言葉もあり、親は歩んでいこうとする子どもを見守りながら背中を押して励ますという姿勢が主流でした。しかし、現代社会では親が子どもの前に立って手を引いて、親が決めた方向に向けて歩ませるというように、子育ての考え方が変わってきているように感じます。

その背景には、母親・父親だけが、特に母親だけが孤立して子どもを育てる「孤育て」や、自分の子どものことだけを考える「自子中心主義」の影響があると考えます。核家族化が進んだ現代では、家庭の中だけに閉じこもりがちになり、親子の関係のなかだけで子育てをしていることが多いのではないでしょうか。孤立して他者に頼りづらい親が、自分たちだけで子どもを“良い子”に育てなくてはいけない、それが“良い親”だという強迫観念にかられ、自身を追いつめてしまうことはめずらしくありません。そうすると、変化の激しい社会の中で、我が子が有利な立場に立てるように取り計らおうとすることにもうなずける側面があります。幼い頃から受験させるなど、親が我が子の人生のレールを敷こうとすることもよく耳にしますね。もちろん親は自分の子どものことを第一に考えてあげるべきですが、子どもを追いつめてしまうことにもなりかねないため、他の子どもを見る視点や子育てコミュニティとの関わりを持つことが大切になるのです。
 

見本にしたい、国民的アニメで描かれる子どもとの向き合い方



――国民的アニメの中で、子育てや家庭教育はどのように描かれていますか。


まず、『サザエさん』と『ちびまる子ちゃん』を例に挙げて説明したいと思います。2つのアニメには三世代同居という共通点がありますが、高度経済成長期を境に家庭環境が異なっています。『サザエさん』の食卓では、フネさんとサザエさんが台所の近くに、波平さんとマスオさんが台所から遠くにそれぞれ並んで座っているなど、家庭内の性的役割分業がとても明確です。一方、『ちびまる子ちゃん』では夫婦が並んで座っており、家族の在り方が核家族化の方向に変化していることが分かります。それでも夫婦の役割分業は変わらずにみられます。

波平さんはカツオくんをよく叱る“怖いお父さん”ですが、まる子ちゃんのお父さんはあまり怖くない印象です。その代わり、まる子ちゃんがよく「お母さんは、いちいちうるさいねぇ」と言うように、子どもを叱る役割は質を変えて母親に受け継がれているように見受けられます。これは高度経済成長期以降の母親が、かつての父親と母親の両方の役をこなさなければいけなくなっていることを意味し、次第に自身を追いつめてしまっているのではないかと思います。

――子どもへの向き合い方において、見習いたいと思うアニメはありますか。

『クレヨンしんちゃん』において、母親のみさえさんのしんちゃんに対する接し方には学ぶところが多いと考えます。1つ目は懲りないところ。しんちゃんが何度同じことをしても、何度も同じように注意します。これは簡単そうに見えて、とても難しいことです。2つ目は、他の子と比べないこと。友達の風間くんをほめることはありますが、風間くんのようになれとは言いません。あなたはあなたのままで良いと言ってあげることが子どもの自己肯定感を高めることにつながります。3つ目は、他の子どもを叱るところ。みさえさんが夜のコンビニ前でたむろしているレディース(スケバン)を叱ったところ、「私たちのことを真剣に叱ってくれたのはあなたが初めてだ」とレディースに慕われるようになったというエピソードがあります。自分の子どもと他の子どもで善悪の基準を分けず、「自子中心主義」に陥っていないところがみさえさんの特徴です。今の世の中ではおせっかいともとらえられる行動かもしれませんが、これをお手本にすることで、かつて存在していた地域全体での子育てコミュニティを自然に築き、「孤育て」から抜け出せるのではないでしょうか。
 

頼れる人を見つけ、「孤育て」を超えていく。



――これからのアニメでは、どのような家族像が描かれるでしょうか。


かつては家の中にテレビが一つしかなく、“お茶の間”で家族みんなが同じテレビ番組を見るのが当たり前でした。しかし、今はテレビがない家も増えていますし、スマートフォンでそれぞれが好きなコンテンツを見ることができます。そのため、アニメーションの在り方が次第に変化してきているのです。『サザエさん』や『ちびまる子ちゃん』、『クレヨンしんちゃん』のような社会全体をターゲットとした広い視野で作られる家族向けのアニメーションは、残念ですがどんどん少なくなるでしょう。代わりに、個別の視聴者に好まれるコンテンツが増え、その中で視聴者を意識した多様な家族の在り方が描かれるようになると思います。

――子育てに取り組む読者に向けてメッセージをお願いします。

現代社会において、SNSやウェブサイト上で子育てに関する情報が多くあふれているのは、ご近所づきあいや対面のコミュニケーションがなくなり、ちょっとした相談ができなくなっていることの現れであると思います。ある産婦人科では、3ヵ月くらいの子どもを連れたお母さんが駆け込んできて、「赤ちゃんのおしっこが青くないから、病気かもしれない」と言ったそうです。どうやら紙おむつのCMを見て勘違いしたそうなのですが、そのお母さんは3ヵ月間、日々おかしいなと思いながら悩み続け、追いつめられて産婦人科に来たのでしょう。実家や同じように子育てをしている人に一言相談できれば産婦人科に行くまでもなく解決したでしょうが、それができない状況にあるということです。

母親だけでなく父親も子育てに参画する風潮が見え始めました。また、さまざまな情報を手軽に取得できる時代にもなったのですが、「もう少し人を頼っていい」ということ、それも大切なことであるとお伝えしたいです。良い親になろうと努力することは大事かもしれませんが、一度立ち止まって考えてみると「良い親」とは何なのかはっきりしないと思います。お隣さんや親せき、同じ幼稚園のママ友・パパ友など誰でもいいので、なんでもないことや弱音を話せるような人との関係性を見つけられるとずいぶん楽になるでしょう。自分の子どもを相対的な目で見ることができ、長所にも気付けるかもしれません。あまり頑張りすぎず、周りを頼りながら「子育て」していただければと思います。
 

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