INDEX

  1. 展示品の価値=「観光都市のブランド力」?観光産業と美術館・博物館の関係
  2. 日本の美術館と博物館が抱える、観光戦略の課題とは
  3. 地域の良さや作品の特徴を生かした日本の美術館
  4. デジタルと融合したアートは、地域活性と美的価値観の醸成に役立つ

INTERVIEWEE

増子 美穂

MASUKO Miho

東洋大学 国際観光学部国際観光学科 准教授
修士(文学)。専門分野は、西洋美術史(特にルオーほか20世紀フランス近代美術)、美術館の地域貢献、美術と観光。ニューオータニ美術館、パナソニック汐留美術館勤務を経て、美術館の立ち上げから運営全般、展覧会企画などを経験、2017年より現職。著書(共著)に『観光と福祉』(成山堂書店)、『マティスとルオー 友情の手紙』(みすず書房)など。 

展示品の価値=「観光都市のブランド力」?観光産業と美術館・博物館の関係


    
――近年、アートを活用した観光が活性化している印象があります。そもそも、観光と芸術にはどのような関連性があるのでしょうか。


まず、大前提として知っていただきたいのが、「アートは大きな力を持っている」ということです。そして、観光において大きな役割を果たすのは“集客力”です。

フランス・パリのルーヴル美術館、イギリス・ロンドンの大英博物館、アメリカ・ニューヨークのメトロポリタン美術館やMoMA(ニューヨーク近代美術館)というように、世界的な大都市や観光都市には必ずと言っていいほど有名な美術館や博物館が存在しています。そして、その地を観光で訪れる人の多くが、博物館や美術館を訪れるという図式が出来上がっているのです。

――旅行会社のパッケージツアーでも、美術館や博物館を数か所巡るものをよく目にしますね。

芸術に対して興味のある人たちが一定数存在するからという理由もありますが、美術館や博物館が人気なのは、「その国や都市固有のイメージやブランド」を強く表す場所としても大きな役割を果たしているからです。

歴史上、特に欧米では、権力者は芸術作品を手に入れることに心血を注いでいたこともあり、芸術は権力と強い結びつきを持っていました。そのため、権力者の力によって発展を続けてきた都市、つまり現代の観光都市には、一流のさまざまなコレクションが揃っているのです。そうした歴史的背景もあり、現代では一流のコレクションを所有している美術館や博物館の存在が、観光都市としてのブランド力に直結しているといえます。美術品を通して映し出されるその国のブランド力に引き寄せられた結果、多くの観光客が美術館や博物館を訪れていると考えています。

――価値の高い芸術品を所有しているほど、都市そのものも「価値が高い」として観光客には認識されていくということでしょうか。

その通りです。先ほど例として挙げたパリやロンドン、ニューヨークなどは以前から芸術都市として広く認識されていましたが、現在は多くの国が新たな芸術都市としてブランド力を強化するべく活発に活動しています。

例えば、アラブ首長国連邦。政府間の合意によってルーヴル美術館の分館「ルーヴル・アブダビ」の創設が決定され、2016年に開館しました。また、同じエリアにニューヨークにあるグッゲンハイム美術館の分館も創設する計画が立てられています。海外の美術館と積極的に提携することで、アブダビに大きな芸術エリアを作ろうとしているのです。ご存じの通り、アブダビはヨーロッパとアジアを繋ぐハブ都市としての役割を持っています。人々の流れが絶えない地域だからこそ、ルーヴル美術館やグッゲンハイム美術館の作品によって新たな観光客の誘致を図るという、観光戦略が見えてきますね。

アラブ首長国連邦だけでなく、シンガポールや中国でも、美術館をカジノリゾートの中に設けたり、ショッピングセンターの中に美術館や博物館を作ったりと、複合型のアートレジャー施設を建設する流れが活発です。スペイン・バスク地方の都市ビルバオはグッゲンハイム美術館分館をオープンしたことで、今や世界中から観光客が年間100万人以上も訪れる有名観光地となりました。美術館や博物館は、国内外から人を集める観光資源として確立されているのです。
   

日本の美術館と博物館が抱える、観光戦略の課題とは

     
――観光とアートに関する世界の動きについてお聞きしましたが、日本の事例についても教えてください。


日本でも、来日した世界中の人々が観光として芸術を楽しめるように盛り上げようという動きはもちろんあります。ですが、世界に比べるとまだまだ遅れている部分も多いのです。

観光業界では、インバウンド対策としてさまざまな取り組みを行っていますが、美術館や博物館では館内の案内表示が外国語に対応していなかったり、Webサイトも日本語表記のみだったりというところも多いのが現状です。また、海外の美術館などはSNSでの情報発信も活発ですが、国内でSNSを有効的に活用できている美術館や博物館は少ないのではないでしょうか。他にも、来場者のうちの外国人比率や、海外からのニーズを把握しきれていないという課題もあります。

また、国立の美術館や博物館は東京都だけでなく大阪府や京都府にもありますし、市立・区立、そして私設などの美術館と博物館は日本全国にたくさん存在しています。全国の都道府県・市区町村という区分で考えても、おそらくほとんどの地域に美術館や博物館が存在すると思います。しかし、そのすべてが観光スポットとして認識されているかと考えると、決してそうとは言えない状況です。

――私の地元にも小さな博物館がありましたが、地元の利用者が多かった印象です。他の地域や海外からお客さんが来ているのは見たことがないような…。

日本の美術館や博物館が、観光スポットとして成立していないのには、さまざまな理由があると考えています。まずは、立地が良くないこと。地方でよく見られるのが、車でないと行けない場所や電車やバスをいくつも乗り継がないと行けない場所に建てられた美術館や博物館です。これは1980年代後半からのバブル期に建てられたものに多い傾向で、展示品や集客などの運営面を深く検討できていないまま、安い土地に大きな建物を建ててしまったという背景があります。展示すべきコレクションがあるから美術館を建設するという流れで建てられた施設ではないので、欧米の美術館のように膨大な数の収蔵品やインパクトのある作品を展示することもできません。その結果、展示物の魅力が欠けていて、観光スポットとして目立たないという理由もあります。それから、開館時間というのも観光業にとっては重要です。日本の美術館や博物館は、午後5時や6時に閉館するところが多いため、開館時間が短いことで集客がピンポイントになってしまっていると考えられます。

そして、日本の美術館や博物館が観光スポットとなるための、最重要課題は「企画展を中心とした運営」からの転換です。

――企画展というと、特定の作家や作品を扱う展覧会のことでしょうか。

はい。企画展は「ムンク展」「鳥獣戯画展」のように、ある作家や作品を取り上げることもあれば、「浮世絵展」「古代エジプト展」といった、あるジャンルにおける複数の作家や作品をまとめて展示することもあります。こうした企画展は、開催場所となる施設の収蔵品だけでなく、他の施設の収蔵品を借用して展覧会を実施します。他の施設で借りてきた作品で展示品の魅力を強化しているため、結果的にその美術館が本来持っている作品、いわゆる常設展示品に注目が集まりづらくなってしまうのです。常設展示品でお客さんを引き付けることができない場合、企画展以外では多くの来場者が見込めません。しかしながら、企画展のためだけに来場する人が多くなってしまい、リピーターが増えなかったり、常設展示まで鑑賞してもらえなかったりするという状態を招いてしまうのです。

また、多くの来場者を見込める企画展示はある程度テーマが決まっており、数年に一度といった定期的なペースで開催されます。日本人にとっては、海外でしか見ることができない作品を見られるチャンスという点でメリットもありますが、訪日観光という側面ではデメリットもあります。企画展は、国内だけでなく海外の美術館や博物館からも作品を借用します。海外からの観光客にとってみれば、自分の国で常設展示されているものをわざわざ日本で見る必要はありませんよね。外国人観光客を上手く誘致するための展示の仕組みが成立していないために、海外から日本の美術館や博物館に対する認識や、観光施設としての評価が低くなってしまっているのです。

――企画展示自体は魅力的に思えますが、外国人観光客の視点で考えると、魅力的とは言えない部分もあるのですね。

日本では企画展示を行う場合、メディアによって開催時に宣伝されることがほとんどですが、常設展示は大きく取り上げられる機会がありません。常設展示にまでスポットライトが当たる機会が少ないのです。だからこそ、それぞれの施設が積極的にWebサイトやSNSを活用して宣伝する必要がありますし、「鑑賞する側」の私たちも、自ら情報を集める姿勢が必要になってくると思います。
   

地域の良さや作品の特徴を生かした日本の美術館

金沢21世紀美術館(写真提供:金沢市)
  
――日本の美術館や博物館が抱える課題について教えていただきましたが、そうした問題点を上手く解決している美術館や博物館はあるのでしょうか。

ここ数年は、複数の媒体で「旅行好きが選ぶ『好きな美術館ランキング』」といった調査が行われています。それらにランクインしている美術館を見てみましょう。東京都三鷹市にある「三鷹の森ジブリ美術館」や石川県の「金沢21世紀美術館」、神奈川県の「彫刻の森美術館」「箱根ガラスの森美術館」、鳥取県の「鳥取砂丘 砂の美術館」、徳島県の「大塚国際美術館」などが共通してランクインしています。これらの美術館における共通点は何だと思いますか。

――すべて首都圏の美術館というわけではなさそうですね。コンパクトな施設から大規模な施設まで、敷地も収蔵作品数もさまざまな印象です。

好きな美術館として選ばれている美術館には、単純に絵画を並べているだけでない、言わば「展示物が個性的・特徴的である」という共通点があります。「金沢21世紀美術館」は主に現代アートを扱っており、レアンドロ・エルリッヒという現代アーティストの『スイミング・プール』という作品が有名です。展示物に来場者が入り込むような形式の作品が多く、また無料ゾーンにも複数の現代アートが展示されています。いわゆる「体感型」を重視した美術館です。「三鷹の森ジブリ美術館」はスタジオジブリのアニメーションに関する展示が行われている唯一の美術館ですし、箱根町にある二つの美術館はどちらも自然景観と融合した施設であり、展示作品も自然との調和が重視されているように感じます。特徴的な展示があることで、「そこでしか鑑賞・体験できない」という特別感が醸成されるのです。観光において、非日常的な体験は重要ですので、そうした美術館の持つ個性や非日常性が強いほど、観光客からの評価も高いのだと感じています。

――「好きな美術館」として選ばれる美術館では、写真撮影ができる施設も多いですね。

そうですね。スマートフォンやSNSの普及によって、近年は写真撮影が可能な美術館や博物館も増えてきました。撮影した写真をSNSに投稿する人も多く、その投稿を見た別のSNSユーザーが美術館を訪れる…という新たな集客経路も出来つつあります。作品の撮影ができるかどうかというのは、昨今の美術館・博物館における集客の大事なポイントでもありますね。

――施設そのものではなく、地域としてアートを活用している場所などはあるのでしょうか。

日本での最たる事例は、香川県の直島が挙げられるでしょう。ベネッセホールディングスが絵画や現代アートを展示する「地中美術館」を島内に設立したのが始まりで、そこから派生してさまざまな現代アートを島全体で展開しています。その一つが「家プロジェクト」です。人が住んでいない古民家を現代アートの展示場所として活用し、多くの観光客が訪れるスポットになっています。住宅地にある家を活用するため、展示には周辺住民の理解と協力が不可欠です。そのため、アーティストも積極的に地域の人々と協力し、一緒に作品を作り上げていきます。その結果、住民にとっても古民家で展示されるアートが自分の関わった作品になり、生活の中に定着して愛着も湧き、結果として島全体の活気やアートに対する理解がますます強まるという好循環を引き起こしました。元々は瀬戸内海の島の一つだった直島は、今や世界中から「アートの島」という認識を得て、島自体のブランドにつながっていますね。

町おこしの一環として芸術祭を開催したり、観光PRのために美術館や博物館と連携する自治体は近年増えてきている印象がありますが、単純に作品を展示したり、イベントを企画するだけでは地域活性に結びつかないと考えています。地域を盛り上げる一助としてアートを活用し、観光産業に役立てるには、地元の人たちの協力と「想い」が不可欠です。地元の人たちが美術館や博物館、アートイベント、展示作品を大切にし、地域を盛り上げたいという想いを持って活動することで、初めてアートが観光とつながり、永続的な地域活性化に結びつくのだと考えます。 
     

デジタルと融合したアートは、地域活性と美的価値観の醸成に役立つ

        
――先ほど「SNS」というキーワードが出ましたが、近年はデジタル領域のアート作品も増えてきていますね。


デジタルアートとは、コンピュータにより生成された芸術です。一部作家による繊細なデジタルアート作品を除き、誤解を恐れずに言えば、プロジェクターと壁面さえあれば鑑賞できるアート作品とも言えます。美術館でなくても、建築物の壁、山や湖などの自然などイメージが投影できさえすれば何でもできる。美術品と違い、高額な保険料もなく、取り扱い制限や厳密な温湿度、照度管理も関係なく、来館者は好きな場所で写真を撮影することもできるため、展示場所が限定されず、観光振興にとって有効なツールとなり得ます。

世界的に若年層の美術館や博物館への関心が減少する一方で、こうした最新技術を用いたデジタルアート領域は、若年層の支持が日に日に強まっていると感じています。日常生活からスマートフォン画面を通じて動画や音に慣れ親しんでいるため、動きや音がついたアート作品の方がむしろ馴染みがあり、若者世代の関心を引いているのではないでしょうか。

デジタルアートで人気を博しているものの代表例が、日本では「チームラボ」の作品展開であり、海外ではフランスの「アトリエ・デ・リュミエール」です。どちらも、これまで注目されていなかった広大な敷地や廃墟、寺院などとデジタルアートの世界を融合させた好事例です。開催する側としても眠っていた土地や施設を再活用できるメリットがあります。若者だけでなく、多くの人が楽しめて、地域にも貢献するデジタルアート展示は新たなアート鑑賞の場として今後増えてくるのではないでしょうか。

――展示方法も、デジタル技術を応用したものが増えてきていると聞きました。

新型コロナウイルス感染症の影響により、世界中の美術館や博物館は閉館や開館時間の短縮を余儀なくされています。しかし、そうした状況下でもアートに興味を持ってもらおうと、バーチャルツアーやWebサイトでの高精細度画像による作品紹介など、新たな取り組みが始まっています。自宅からでもオンラインで作品鑑賞できるため、これまでとは異なる形で芸術を楽しめるようになりました。

コロナ禍では観光の中で芸術に触れることがなかなか難しいですが、オンラインで好きな作品を見つけたりアート感覚を磨いたりすることはできます。多くの作品に触れれば触れるほど、自分の好みが分かってきますし、芸術に対する価値判断の物差しも確固たるものになっていきます。オンラインで「いつか実際に見てみたい!」という作品を探して、思いきり旅行が楽しめるようになったとき、その作品が展示されている施設をぜひ訪れてほしいですね。
   

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