INDEX

  1. 人の心を紡ぐ「絵本翻訳」の魅力と「読み聞かせ」の発祥
  2. 子育てにも広がるDX・オンライン化。より効果的な読み聞かせとは
  3. ウィズコロナを見据えて。絵本の教育効果と「言語化」の重要性

INTERVIEWEE

竹内 美紀

TAKEUCHI Miki

東洋大学 文学部国際文化コミュニケーション学科 准教授
博士(文学)。専門分野は、英語圏児童文学と翻訳。フェリス女学院大学非常勤講師、駒沢女子短期大学保育科非常勤講師を経て、2017年より現職。新型コロナウイルス感染症拡大に伴う全国一斉臨時休校要請を受け、社会貢献活動の一環として「オンライン版絵本で支援プロジェクト」を立ち上げる。現在もオンライン絵本会代表として活動を続けている。著書に『石井桃子の翻訳はなぜ子どもをひきつけるのか』(ミネルヴァ書房)、翻訳書に『スレーテッド①~③』テリ・テリー著(祥伝社)など。 

人の心を紡ぐ「絵本翻訳」の魅力と「読み聞かせ」の発祥


    
――まずは、先生のご専門について教えてください。
私は児童文学作家・翻訳家である石井桃子氏の「翻訳手法」や「翻訳の特徴」について研究を行っています。「クマのプーさん」や「ピーターラビット」という名前を皆さんも一度は聞いたことがありますよね。現在も親しまれているこれらの海外児童文学の翻訳を担当されたのが石井氏です。子どもたちを惹きつける彼女の翻訳の魅力はどこにあるのか、具体的な訳例と他訳を比較することで分析しています。

――先生ご自身も絵本や長編ファンタジーなどの翻訳をされていますよね。 『スレーテッド』、絵本『ラスムス・クルンプ さがしてあそぼう』などの作品に携わりました。長編ファンタジー翻訳は、ただ英語を日本語に変換すればよいというものではありません。特に絵本は絵と言葉の関係をアートとして受け取り、かつ読み手が今までの自分自身の体験を振り返り、物語に共感することで成り立ちます。子どもたちは登場人物になりきることで、絵本の世界観を擬似体験するのです。日本人であっても外国人であっても同じ擬似体験ができなければいけないこと、そこに絵本翻訳の難しさがあります。例えば、“apple”と聞くと日本人の多くは「赤いりんご」を思い浮かべますよね。しかし、イギリスの児童文学では“apple”が「野生の硬い青りんご」を指すこともあり、その認識の違いで物語の理解が大きく変わってしまいます。歴史的、文化的な背景、いわゆるトータルシチュエーションを踏まえたうえで物語を再現することが、本当の翻訳です。

――子どもたちと絵本の出会いは「読み聞かせ」からだと思うのですが、そもそも読み聞かせはいつ頃から始まったのでしょうか。読み聞かせの起源として、歴史的記録が残っているということではなく、物語が生まれて伝承させることから始まったのではないでしょうか。例えば「太陽は東から昇り、西に沈む」ことを子どもに説明するとき、あなたならどのように伝えますか。実際は太陽が動いているのではなく、地球が自転することによってそのように見えているのですが、必ずしも事実を伝えることが子どもにとってよいこととは限りません。なかには、「寝ている間に地球が逆さまになり、落ちてしまうのでは」と心配で眠れなくなる子どももいるかもしれません。だからこそ、子どもたちには事実を物語に落とし込んで、「太陽さんは東からこんにちは、山の向こうにさようなら」といった表現で地球が自転していることを伝えていくのです。このように自然現象や目に見えないものを理解できる形にして私たち人類は語り継いできました。そのお話が現在、神話や昔話として残っているのです。
活字のない時代にも物語は声で語られてきました。現在の読み聞かせとは少し異なりますが、昔から人々は伝承の物語を耳で聞くことで心を発達させてきたのです。
 

子育てにも広がるDX・オンライン化。より効果的な読み聞かせとは



――先生はオンライン絵本会の代表も務められていますが、「オンライン版絵本で支援プロジェクト」立ち上げに至った経緯を教えていただけますか。
2020年2月末、新型コロナウイルス感染症拡大を受けて全国の小中高校に出された一斉休校要請。「子どもたちは家でどうやって過ごせばいいの?」「親は急には休めない」と子育て中の友人たちから不安の声が多数寄せられました。絵本の仕事をしている私に何かできることはないかと考えたときに、頭に浮かんだのが2016年の熊本地震のことです。
当時、被災地で活動を行っていた後輩から「避難所で読み聞かせをしたいが、家屋が崩壊して絵本が取り出せない」と連絡を受け、知人から絵本を募って送りました。その後、家にも帰れない、もちろん図書館や本屋さんも開いていない状況において、絵本がどれほど子どもたちの心の支えになったかを聞きました。
やがて復興が進み、若い人たちが元の生活に戻り始めると、今度はご年配の方が体育館に残される状況になりました。そこで昔話の絵本をプレゼントすると、「子どもの頃に母親の膝の上で聞いた懐かしい昔話の絵本を抱いていると、余震に怯えていたときでも安心した」と大変喜ばれたのです。
この経験から私は、絵本は不安な心を支えるものと確信し、コロナ禍で心が不安定な子どもや保護者たちの心の支えになればと「オンライン版絵本で支援プロジェクト」を考案しました。

――オンライン絵本会の具体的な活動内容について教えていただけますか。 一斉休校要請が出された1週間後には第1回オンライン絵本会を開催し、それから1カ月にわたり、昼休みの30分間で約3冊の絵本の読み聞かせを毎日行いました。私たちが絵本を読むだけでなく、絵本作家や寄席芸人をゲストにお招きして、親子で楽しめるプログラムを行ったこともあります。その後徐々に学校も再開したため、現在は月2回活動を行っています。

――オンラインとリアル(対面)の読み聞かせを比較してどのような違いがありますか?オンラインだと投影方法を工夫することで小さい絵本の細部までしっかりと見せることができるとか、デジタル絵本も扱えるなどといった利点はありますが、私はリアルとオンラインのどちらが良いという考え方はしていません。私たちの活動の最終目的は「自分の頭で考えることができる子どもを育てること」です。現在、学校教育でもディスカッションやディベート、動画視聴などさまざまな学習スタイルを活用していますよね。幼児教育も同じで一つのやり方にこだわらず、総合的な学びの質をどのように上げていくかを考えることが大切だと思います。私は、子どもたちが自分で考える力を育てるために、まず必要なのが読書教育であり、その方法の一つが読み聞かせだと考えています。読み聞かせ会に参加することで子どもたちが好きな絵本と出会うきっかけとなり、後日その本を手にして、再度読み聞かせすることで学びの効果はさらに高まります。

――家庭内において両親が読み聞かせを行う際のポイントはありますか。
①まずは3カ月、読み続けること
読み聞かせの途中で子どもが歩き回り、なかなか大人しく話を聞いてくれないと悩む親御さんもいらっしゃいます。聞いていないように見えても、子どもたちはちゃんと背中で聞いています。まずは3カ月間我慢して読み続けてください。
家族が自分のためだけに読み聞かせをしてくれているということは、子どもにとってとても嬉しいことです。
 
②子どもの関心、年齢に合った本を選ぶこと
本選びにもポイントがあります。大切なのは、それぞれの子どもの関心や年齢、季節に合った本を選ぶことです。子どもの成長に合わせて絵本から昔話、ファンタジーなどジャンルを変えていきましょう。知的好奇心が満たされることは、子どもたちにとって大きな喜びとなります。選書が難しい場合は、オンライン絵本会にいらしてください。専門家の選書が参考になることでしょう。
 
③実体験も大切に
読み聞かせの効果をさらに高めるのが、絵本と並行して行う「実体験」です。例えば、絵本にタンポポが出てきたとすれば、ぜひ実物を見に行きましょう。絵本と実体験を繰り返すことで子どもたちは、絵本の背景に時間や季節が存在することを理解します。

 

ウィズコロナを見据えて。絵本の教育効果と「言語化」の重要性



――読み聞かせが子どもに与える影響や効果について、先生はどのようにお考えでしょうか。
絵本を読み、物語の世界を自分の頭の中で描くうちに、子どもたちは自分の気持ちを言語化して表現できるようになります。この力は多様化の時代においてさらに重要になってくるのではないでしょうか。さまざまなバックグラウンド、異なる文化や言葉をもつ人との間での相互理解は難しいものです。感情を言葉にして相手に伝え、人と繋がる。ダイバーシティ教育において最も大切なことだと感じています。

――オンライン絵本会の展望を教えていただけますか。オンライン絵本会を始めた当初は著作権の許諾をいただくのに大変苦労しましたが、今では協力を申し出てくれる出版社や自分の本を取り上げてほしいとお声がけいただくこともあります。また、他の団体や地方自治体から、オンラインによる読み聞かせの研修をしてほしいという依頼もいただいており、それらの声に応えていきたいと思っています。
今回オンラインでの絵本の読み聞かせという初めての試みでしたが、リアルよりもさらに多くの方と繋がることができ、強力なコンテンツを提供できたと感じています。今後取り組んでいきたいことは、ここで得た経験をさまざまな現場に応用していくことです。オンラインとリアルの双方の良さを生かした、新しい読み聞かせのかたちを提供して育児支援、生涯教育などさまざまな面で貢献できればと思っています。

 

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