INDEX

  1. 自分の考えた物語が形になる喜び
  2. デビュー22年目の新たなチャレンジ
  3. 脚本家人生を支えた、「まぁ、いっか。」の精神
  4. 「いつか」ではなく、「今」。初めの一歩は、小さな勇気

INTERVIEWEE

龍居 由佳里

TATSUI Yukari

東洋大学文学部哲学科卒業
脚本家
にっかつ(現・日活)撮影所に入社。テレビドラマのプロデューサーを経て、脚本家に。深夜枠のドラマなどを執筆した後、連続テレビドラマ『星の金貨』で本格的に脚本家としてデビュー。代表作は『星の金貨』、『白い影』、『愛なんていらねえよ、夏』、『砂の器』、『ストロベリーナイト』、『四月は君の嘘』ほか。

自分の考えた物語が形になる喜び

画像:龍居由佳里さん
   
― 1995年にテレビドラマ『星の金貨』でデビュー以来、龍居さんは20年以上にもわたって作品を書かれていますが、最初から脚本家を目指していらっしゃったのですか?
   
「もともと演劇や映画が好きで、作り手になりたいという思いはありました。一生続けられる仕事をして、自分で食べていきたいと思っていたんです。もともと厳しい家庭で育って、なかなかやりたいことができないフラストレーションが溜まっていました。それが大学に入学してから好きなことをやろうと思い、映画サークルに入りました。今振り返ると、まさに大学デビューだったのでしょう(笑)。
   
大学卒業後は、にっかつ(現・日活)撮影所に入社しました。そのときは私が直接脚本を書くのではなく、ドラマの企画書を書く仕事をしていましたね。これが本当に楽しくて、楽しくて。自分の考えた物語が、プロのスタッフの方々の手によって形となることにやりがいを感じました。」
   ― いつから、脚本家としてのキャリアがスタートしたのでしょうか。
   
「ドラマの企画書を作ることにやりがいを感じていたものの脚本家ではなかったので、ドラマが形になっても私の名前はどこにも出ません。『自分が考えた話を、別の人が書いている』という事実にだんだん耐えられなくなり、思い切ってプロデューサーに『脚本を書いてみたい』と言ったんです。これが脚本家としてのキャリアのスタート、35歳のときでした。」
   ― 龍居さんがこれまで書かれた脚本の中で、特に印象に残っている作品はありますか。
   
「放送当時は世間的に高い評価を得られませんでしたが、連続ドラマの『愛なんていらねえよ、夏』(2002年,TBS系列)は自分のやりたいこと、自分の書きたい世界を自由に作らせてもらえたほか、作品に共感してくださる役者さんやスタッフの方が集まってくださって。これまでに味わえなかった新鮮さも含めて、今でも印象深い作品です。
   
また、初めて史実に基づいた作品を書かせていただいた、2夜連続の特別ドラマ『流転の王妃・最後の皇弟』(2003年,テレビ朝日系列)も印象に残っています。中国大陸を舞台に、満州の時代から戦後までを描いた壮大なスケールの作品で、史実に基づいた作品を書くきっかけになりました。」
   ―史実を基にした作品を執筆する難しさはどこにあるのでしょうか。
   
「史実を基にした作品は、当然ながらどこかでフィクションの要素を書かなければいけません。ただ、物語とはいえ創作してはいけない部分は、絶対に正しいことを伝えることを徹底しています。そんな作品を書くときは、たとえるならその実在した人を自分に憑依させるというか、後ろから見ているような気持ちでいますね。」
   ― 「あの人なら、こう言うだろう」といったように、本人になりきるのですね。
   
「それが『越路吹雪物語』(2018年,テレビ朝日系列)や『テレサ・テン物語』(2007年,テレビ朝日系列)のように、題材のご本人をリアルタイムで知っている方や、ファンが多い方を主人公にした作品であればあるほど、大変ですね。ファンの方たちの思いを一身に背負いながら、ときにフィクションを書かなければいけない。より一層、気合いが入りますね。」
   

デビュー22年目の新たなチャレンジ

  
― 龍居さんは、2016年に公開された映画『四月は君の嘘』で漫画原作の脚本を手がけられていますね。こちらもすでに原作があるという点では、史実に基づいた作品のような難しさはあるのでしょうか。
   
「漫画はすでにキャラクター像や世界観が確立されているので、漫画原作の脚本を書こうとすると、どうしても原作に引きずられてしまいます。 逆に小説は読者によって思い描くシーンは少しずつ異なりますし、行間からいくらでもイメージを膨らませることが可能です。私は小説原作の脚本を執筆することはありましたが、これまで漫画原作の脚本は“すでに世界観が作られていること”を理由にお断りしていました。」
   ― 漫画原作の脚本をお断りされていた龍居さんが、この作品の脚本を執筆されたのはなぜでしょうか。
   
このお仕事を受けたのは、『どうしても僕はこの作品を映像化したいんです!』とキラキラした目で語っていたプロデューサーにほだされたから(笑)。もちろん『四月は君の嘘』は人気作品なので、プレッシャーもありました。でも、原作が魅力的で面白かったことと、緊張しながらも一生懸命、作品への情熱を語るプロデューサーを見て、『そこまで言うのならチャレンジしてみようかな?』と心を動かされたんです。」
   

脚本家人生を支えた、「まぁ、いっか。」の精神

 
― 脚本家のやりがいとは、どんなところにあるのですか。
  
「脚本家のやりがいは、自分の頭の中にあったイメージをもとに、いろいろな人の手が入って一つの物語が作り上げられるところですね。さらに、作品を観た方から『面白かった』と言っていただけるダイレクトな喜びがあるから、やめられません。次の作品を1番面白くしたいという欲もまた、この仕事を続けるモチベーションになっていますね。
   
脚本家と聞くと、『たった一人で家にこもって、ひたすら作品を書く仕事』というイメージがあるかもしれません。しかし、脚本家こそ絶対に一人ではできない仕事です。脚本家は監督やプロデューサーと何度もコミュニケーションを取って、初めて作品が形になります。だからこそ、人とちゃんと話すこと。誰かとコミュニケーションが取れることが脚本家には必須のスキルだと思います。」
   
― 創作をするうえで、龍居さんの座右の銘はありますか。
   
「座右の銘というほど大それたものではありませんが、『まぁ、いっか。』ですかね(笑)。 この言葉は元々は娘の口癖だったのですが、よく耳にしているうちにいい言葉だなと気づいて。
   
働く以上、誰しも努力が報われなかったり、ときには理不尽な思いをすることがありますよね。私にも、夜な夜な考えても良い表現にたどり着くことができなかったり、思ったよりも数字(視聴率)が伸びなくて責任を感じることが往々にしてあります。
   
でもそんなとき、『どうしてできないんだ』と自分や環境を責めずに、『まぁ、いっか。』と頑張った自分を肯定して肩の荷を下ろしてあげる。そうすることで、気持ちを前向きにリセットできるんです。ここまで脚本家を続けてこられたのも、この『まぁ、いっか。』精神を持ち合わせていたおかげかもしれませんね。
   
仕事は、一人ではできません。みなさんも『頑張りすぎているな』『悲観的になっているな』と感じたら、『まぁ、いっか。』と割り切って、人に頼ったり、妥協をする自分を許してあげることも大切だと思いますよ。
   
― それは職業にかかわらず、頑張りすぎて息切れしないために、誰しもが心に留めておきたい素敵な言葉ですね。では、最後に創作を志している方へのアドバイスをいただけますか。
   
「中には、恥ずかしがって作品をなかなか見せない人もいるでしょう。しかし、本当にクリエイターになりたいのであれば、積極的に人に見せたり、コンクールに出品してみるべきです。
   
もしも才能があって認められれば、『実はコンクールの佳作に選ばれたんだ』と人に見せる自信がつくでしょう。逆に、受賞できなくても作品に対する評価を知ることは自分の成長につながります。何歳からでも遅くありません。『自分は大作を書けるけど、今じゃない』、『自分は本気を出していないだけ』なんて言わずに、躊躇することなくまずは形にする勇気が大切だと思います。
   

「いつか」ではなく、「今」。初めの一歩は、小さな勇気

創作において大切なのは、形にしたものを誰かに評価される勇気だと語った龍居さん。自分の作品を誰かに評価されるのは、ときに怖いことかもしれません。しかし、その一歩を踏み出すことができれば、夢に近づくことができるのも事実です。うちに秘めた思いを形にしてみてはいかがでしょうか。

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