INTERVIEWEE
木村 裕斗
KIMURA Yuto
東洋大学 経営学部 経営学科 准教授。博士(経営学)。専門分野は組織行動・組織心理学。新潟大学准教授を経て、2022年より現職。著書に『グループ・クリエイティビティ—個人と集団のインタラクションが生み出す変革—』(白桃書房)。
※記載されている所属・役職などは取材当時の情報です。
実体験から生まれた、 組織とイノベーションにまつわる疑問

──今回のキーワードである「イノベーション」の定義を教えていただけますか。
まずはイノベーションとは切り離せない関係にある「創造性(クリエイティビティ)」から説明します。創造性とは、一般には個人の持つ資質を指すことが多いですが、組織行動論においては「新奇かつ有用なアイデアを生み出すこと」と定義されています。そして、「イノベーション」とは、その創造性から生まれたアイデアが実現したものを指します。
例えばある新商品のアイデアを考えたとして、それが実際に販売され、多くの消費者の手に渡った場合はイノベーションと言えるでしょう。一方で、販売までの過程でかかるコストが高すぎることが判明したり、上司に却下されたりして頓挫する可能性も十分ありますよね。つまり、イノベーションは創造性から始まるものの、すべての創造性が必ずしもイノベーションに結びつくとは限らないのです。
──アイデアが実現に至らない可能性も大いにあるのですね。
先生がこのテーマに取り組もうと思われたきっかけを伺えますか。
思い返すと、原点は小学生の頃の体験にあります。「烏龍茶」の最初の字は「からす」だと言ったら、周りの子どもたちに「いや違う、『とり』だ」と反対されたのです。実際には「からす」が正しいにも関わらず、「とり」派が多数だったことから、その場では「とり」が正しいような雰囲気になってしまいました。些細なことではありますが、集団というものに疑いを持った最初の体験でした。
また、以前に別の仕事をしていたのですが、クリエイティブな仕事をしたくてもうまくいかないことが多くありました。どうしたらもっと面白い仕事ができるだろうと悩みましたが、組織的な理由などによって実現が難しいことも少なくありませんでした。この経験から、人は組織に属しているからこそ、その思いが抑圧されてしまうことがあると気づき、その中で個人はどうすれば創造性を発揮できるのだろうか、という疑問が生まれました。
古典的な創造性研究では、アイデアに理解のある上司や同僚がいて、挑戦に前向きな風土がある組織であれば、創造性が高まるといわれています。ですが、そのような環境があればそもそも苦労しませんよね。多くの人は、自分の組織が理想的な環境ではないからこそ困っているわけです。ですから私の研究は、「どうすれば理想的な組織を作れるか」よりも、「組織が理想的ではないことを前提として、その中で個人はどう行動すべきか」に重点を置いています。
集団の方がよいとは限らない? さまざまな条件に影響される、創造性とイノベーションの複雑な性質

──創造性を発揮しやすい人には、具体的にどのような特徴があるのでしょうか。
過去の研究では、開放性(新しい経験や価値観への好奇心)が強い人ほど、新しいことに興味を持ち、アイデアを積極的に発言しやすいとされてきました。これは直感的にも理解しやすいかと思います。一方、最近の私の研究では、勤勉性が低い──つまり、責任感や誠実性があまりない人も、既存の枠組みに囚われない発想が得意で、創造性が高いという結果が出ています。
また、今の仕事内容に不満を持っているにもかかわらず、経済的なリスクなど仕事を辞めることへのコストを感じている人も創造性を発揮しやすいという研究もあります。別の組織に移るよりも、現在の組織で環境を改善しようと工夫するからです。一見するとネガティブな感情や要因も、創造性の発揮という観点ではプラスに働くことがあるのがポイントです。
複数人で集まってアイデアを出すことについても、興味深いことがわかっています。実は、チームでアイデアを考えることに向いている人と向いていない人がいるのです。私の研究では、意外にも協調性が低い人の方がチームでのアイデア創出に向いていると判明しています。あまり周囲の目を気にせずに、自由に発言できるからです。反対の理由で、協調性や勤勉性が高い人は周りに気を遣ってしまい、チームだと創造性を発揮しにくい傾向にあります。また、先ほど触れた勤勉性が低い人についても、集団の圧力を嫌うため、チームよりも一人の方が創造性を発揮しやすいようです。
──「三人寄れば文殊の知恵」と言いますが、こと創造性に関しては、必ずしもそれが正しいとは限らないのですね。
それでは、組織レベルになるとどうでしょうか。
組織には「構造的慣性」と呼ばれる特性があります。これは、組織の中では既存の価値観やルールに適応した人が評価され、他の個人を評価・採用する立場になっていくということです。つまり、組織はそもそも安定を維持する方向に向かい、変革をもたらす創造性を排斥しやすい性質を持っているのです。
さらに、組織において特に創造性が阻害されてしまう具体的な要因もいくつか判明しています。例えば、次のような要因です。
■データ偏重
近年、エビデンスやデータを重視することが増えていますが、これは実は落とし穴になり得ます。データから外れた飛躍的な発想ができなくなるため、アイデアの規模が小さくまとまってしまったり、「あまり奇抜なアイデアを出すのは控えよう」という態度を生んでしまったりするのです。
■成果主義による評価
「これだけの成果をあげれば給料を上げる」といった成果主義の発想により、社員は「人事評価の対象にならない無駄なことは避け、効率的に仕事をしよう」と考えるようになり、むしろ創造性からは遠ざかってしまいます。
■ノルマ的な報酬
「アイデアを○個出したら報酬を与える」といった仕組みでも、創造性は抑制されてしまうという研究結果があります。人は自分の意志で行動するときに最もやる気が出るため、ノルマを提示するような形で報酬を与えると、他人からコントロールされていると感じてしまい、モチベーションが低下してしまうのです。
明日から実践できる! 組織でイノベーションを生み出すためのコツ

──それでは、あまり革新的ではない組織に所属している場合は、どうすれば創造性をイノベーションにつなげやすくなるのでしょうか。
状況別に見ていきましょう。
【チームとして活動するとき】
先ほど「チームで集まってアイデアを出すと、創造性を発揮しづらくなる人もいる」とお伝えしました。この問題に対処するためには、次のような工夫が効果的です。
■個人でアイデアを考え、持ち寄る
いきなり全員で集まって話すのではなく、まずは一人ひとりが事前にアイデアを考えてくるとよいでしょう。先述の通り、勤勉性や協調性が高いメンバーは、その場でアイデアを出し合う形だと空気を読んだり、遠慮して発言を控えたりしてしまう傾向があるためです。
■コンセプトを共有し、振り返り、実験する(チーム学習)
チームで目標やコンセプトを共有しておくことも大切です。「何が問題となっていて、この話し合いで何を改善したいのか」を明確にしておけば、最後にその目標が達成されているか振り返ることができます。集団での話し合いは無難な意見にまとまりがちですが、振り返りの場を設ければ、軌道修正を図ることができるでしょう。その結果をもとに,さまざまな方法を試す(実験)ことで、創造的なアイデアに近づくことができます。
■チームの状況に応じて活動を選択する
個人のアイデアが尊重され、職務への団結感が強いチームにおいては、多様なアイデアを積極的に探求する行動によって,創造的なパフォーマンスを生み出すことができます。反対に、チームとしての基本的な機能に欠けている状況では、まずは基本的な情報共有や振り返りからはじめるべきでしょう。状況に応じて適切な活動を選択することが大切ですね。
【自分のアイデアを実現したいとき】
組織において自身の創造性をイノベーションにつなげたいと考えているのであれば、次のようなアプローチが有効です。
■政治的スキルを磨く
創造的な人は、保守的な組織において厄介者扱いされてしまう場合があります。そんなとき、いわゆる「政治的スキル」を磨くことが大きな武器になるでしょう。いきなり正攻法で上司の承認を得ようとするのではなく、まずは同僚の支持をとりつけたり、上司との雑談の場でそれとなくアイデアを共有したりすることです。こうした「根回し」は、古臭いと思われるかもしれませんが、「イシュー・セリング」とも呼ばれ、最近の研究でも効果が実証されています。
■独自にアイデアを温め続ける(創造的逸脱)
リソース不足などを理由に上司からアイデアの実現化を中止するよう指示されることもあるでしょう。しかし、ときには拒否されたアイデアの追求を続けることがイノベーションにつながるかもしれません。これは「創造的逸脱」と呼ばれる行為で、成功した場合、きわめてイノベーティブな成果に結びつく可能性があると言われています。ただし、自身の評価や周りとの人間関係を悪化させるリスクがある点に注意が必要です。当たり前のことですが、普段からの信用の蓄積は欠かせません。
■地道に組織へ働きかける
上記では個人が実践できるいくつかの方法を紹介しましたが、組織自体を改革する方法もあります。特に、保守的な組織を革新的な組織へ変えるためには、大きな改革よりも緩やかな変化から始める方が成功する可能性が高まります。地道に周りの人と対話し、信頼関係を築きながら新しい考えを広めていく方がよいでしょう。
【マネジャーとしての心構え】
管理職やマネジャーとして部下の創造性を引き出し、組織のイノベーションを促したいのであれば、次のポイントを意識してみてください。
■自分の限界を自覚する
組織内で立場が上の人は、既存の枠組みの中で評価されてきた人であり、自身が無意識に新しいアイデアを排斥しやすいと自覚することが大切です。アイデアの採用について決定を下す際は、本当に自分の考えが正しいのかを一度立ち止まって考えてみてください。
■評価の権限を手放す
過去の研究では、マネジャーよりもクリエイター(アイデアを生成する立場のメンバー)の方が、アイデアの成功を正しく予測できることが分かっています。ただし、アイデアの提案者は自身の案を高く評価しやすい傾向にあります。そこで、現場を知っている別のメンバーに意見を求めることで、より客観的で正当な意見が得られるでしょう。
■ある程度の逸脱を許容する
自分の指示に反して、部下が独自にアイデアの追求を続けていた──。マネジャー側として創造的逸脱に遭遇することもあるでしょう。もちろん逸脱の内容や程度にもよりますが、そうした場合に部下を見逃す余裕を持つことも大切です。創造的逸脱が発覚した際のマネジャーの行動が、部下の今後の創造性の発揮に大きく影響することが研究からもわかっています。
──おわりに、これからの時代にイノベーションを目指すにあたり、どのようなことが大切でしょうか。
現代社会では、AI技術の発展やリモートワークの普及など、働き方に大きな変化が生まれています。AIと対話して「それらしい答え」にたどり着くことは以前より容易になりましたし、対人的なストレスも以前と比較すると少ないかもしれません。
しかし、イノベーションは必ずしも合理性から生まれるとは限りません。たとえば先ほど述べた創造的逸脱などは、短期的な損得勘定でいえば、きわめて非合理的な行動なわけです。けれども、職場への不満や自分の信念に突き動かされたものが、結果として人の心を揺さぶり、魅了することがあります。
時代遅れかもしれませんが、個人的には今の時代だからこそ、人としての温度や手触りを大切にしたいですね。私たちの仕事を届ける相手は、いつの時代も「人」なのですから。