INDEX

  1. 【Step 1】英語への苦手意識を克服しよう
  2. 【Step 2】手持ちの英語を使って表現しよう
  3. 【Step 3】「おとなの英語」をマスターしよう

INTERVIEWEE

佐藤 洋一

SATO Yoichi

東洋大学 経営学部 会計ファイナンス学科 准教授
博士(学術)。専門分野はグローバルビジネス・コミュニケーション。神奈川県川崎市立中学校英語科教諭や明星大学非常勤講師、神奈川大学非常勤講師、青山学院大学経営学部非常勤講師などを経て、2017年より現職。一般社団法人学術英語学会の代表理事も務める。著書に『「おとなの英語」言い方のコツ』、『英語は20の動詞で伝わる』(共にかんき出版)など多数。

【Step 1】英語への苦手意識を克服しよう


    
――まずは、先生のご専門について教えてください。

グローバルビジネス・コミュニケーションを専門に研究しています。元々は中学校教諭として英語科目を担当していたのですが、受験のために暗記するような英語ではなく、自分の気持ちを表現するための実用的な英語を教えたいと思うようになりました。そこで、本当に英語を必要としている人、特にビジネスパーソンに向けた英語教育に注目し、研究者の道へ進むことを決めました。

研究分野では、日本企業においてグローバルに活躍する人材を育成するためのビジネス英語研修カリキュラムの開発に携わっています。また、2020年のコロナ禍以降は、zoomなどをはじめとしたWeb会議サービスを活用したビジネスシーンも急増しています。そのため、対面だけでなくオンライン上のコミュニケーションも研究対象として扱うようになりました。

近年、ビジネスにおいて英語を使う人口の割合は増え続けています。国際ビジネスコミュニケーション協会の2013年の調査では、企業の75.0%が業務で英語を使用しているということが報告されています。このような背景から、78.5%の企業で、グローバル人材育成のために、企業内英語研修を実施し、従業員の英語力向上や、英語学習のモチベーションの維持に取り組んでいるということが報告されています。一部の上場企業や外資系企業のみで、英語を用いたビジネスが行われていると特別に捉えられがちですが、この調査結果からも分かるように、グローバルビジネス・コミュニケーションはビジネスの現場で一般的になってきているのです。

――英語を使ったビジネスコミュニケーションは、決して限定的なものではないということですね。しかし、日本企業においては英語に苦手意識を持つビジネスパーソンも多い印象がありますが、この苦手意識にはどのような原因があるのでしょうか。

大前提として、日本人にとって英語は第二言語であり、母語ではありません。そのため、母語であり日常的に使用する日本語と比較したときに、相対的に「苦手」だと感じるのは当たり前のことなのです。英語を教える立場の私でも、苦手だと感じるシーンはたくさんありますよ。

苦手意識を形成する要因ですが、その背景には第二言語学習の初期段階、すなわち中学校や高校での英語教育における「○×形式の評価」が関係していると考えています。学校の授業で「『私は英語が話せません』を英訳しなさい」という問題に回答する場面を例に考えてみましょう。
①    I speak no English.
②    I don’t speak English.
どちらも、「英語が話せない」という意味は伝わりますが、学校で習う文法表現に従っているのは②です。したがって、問題の回答としては①は×、②は〇という評価が与えられます。

こうした○×形式の評価を繰り返し経験することで、「文法が間違った英語は伝わらない」という認識が知らず知らずのうちにできてしまい、英語への苦手意識が醸成されるのではないでしょうか。

――文法を中心に教わる中学校や高校の授業で、文法の正誤で評価されるのは当然ともいえますが、コミュニケーションにおいてはその経験が障害にもなっているということですね。そうした苦手意識をなくすことはできるのでしょうか。

まずは、「英語の文法を間違えてはいけない」という思い込みを捨てることが肝心です。実際に英語を使う場面では、多少文法が崩れていても意味は十分伝わります。世界で活躍するビジネスパーソンの中には、先ほどの例題の①のような表現を使う人もたくさんいます。しかし、逐一誤りを指摘されることはあまり多くなく、むしろ「あなたの英語って、ちょっと変わっていてかわいいね」といったように、話者の個性として捉えられることが多いのです。

――正しい文法で話すことより、たとえ文法が間違っていたとしても、伝えたい内容を正しく伝えることのほうが重要ということですね。

その通りです。また、日本人の中には「ネイティブスピーカーに対する劣等感」を持つ人が多いと感じています。私はいくつかの日本のグローバル企業で企業内英語研修に携わっています。研修参加者の英語に対するニーズを把握するために意識調査を行いました。その中で、日本人英語学習者に次の2つの質問を投げかけました。
質問A:Do you speak English?
質問B:Are you an English speaker?
――質問Aは「あなたは英語が話せますか?」、質問Bは「あなたは英語話者ですか?」という意味ですね。

質問の意味はほとんど同じなのですが、その回答には大きな差が出ました。質問Aに対しては“Yes, I do.”と答える日本人が多く、質問Bに対しては“No, I’m not.”と答える人が大半だったのです。同じ内容を質問しているのに、回答は真逆の結果になるなんて、不思議だと思いませんか?

実際に私が担当している大学の授業でも、学生に同じ質問を投げかけてみたところ、ヨーロッパからの留学生は、質問A・Bのどちらに対してもYes と答えましたが、日本人の学生は、質問Bにだけ強くNo と答えていました。

この事例からわかるのは、日本人の英語学習者が、英語を母語としない他国の学習者と比較しても、「自分はネイティブスピーカーではない」という意識を強く持っているということです。“English speaker”という表現が、主体的に英語を話す人・英語を流ちょうに話せる人という印象をもたらしており、「流ちょうかと言われると、自分はそうではない」という自信を喪失するような感情になってしまうのだと考えられます。こういった考えも、ビジネスシーンにおいてネイティブスピーカーと話すとき、「自分の英語では、ネイティブスピーカーに伝わらないのではないか」という不安につながってしまうのです。

しかし実際は、ネイティブのようなスピード感や豊富な語彙力がなくても、ネイティブにも通じる英語を話すことは十分に可能です。今ある「手持ちの英語」を使って、自分の伝えたいことを表現する方法がありますよ。
  

【Step 2】手持ちの英語を使って表現しよう


   
――ネイティブとの会話には「手持ちの英語」を使うとのことですが、「手持ちの英語」について、詳しく教えていただけますか。

「手持ちの英語」とは、これまで学んできた英単語や英文法などを指します。英語を学ぶ日本人の中には、英語力を向上させるには語彙力を増やさなければならない、と考えている人が多いと感じます。しかし、人の脳の記憶容量にはもちろん限界があり、上限を超えた量の単語を記憶することはできません。

実は、日常生活の行動についての表現は、その大半を中学レベルの英語を使って言い換えることができます。私が2016年に出版した『英語は20の動詞で伝わる』という著書で示しているのですが、わずか20の動詞に絞ったとしても、たいていのことが表現できてしまうのです。自分の中に蓄積された英語力で、自分の考えを最大限表現すること。これが、「手持ちの英語を使う」ということです。英語では、“English in hand” と言います。

――知らない英単語を新しく覚えていくのではなく、知っている英単語で、表現を中学レベルの内容からアップデートするということですね。具体的な例を教えていただけますか。

では、ビジネスシーンで頻出する表現について、いくつか言い換えの事例を挙げてみましょう。
①    ~を調査する
investigate ~ ⇒ look into~

②    ~を分析する
analyze ~ ⇒ think about~

③    ~を検討する
consider ~ ⇒ I’ll see to it.
言い換えた後の表現に注目してみてください。「look」「think」「see」は、どれも中学レベルの単語ですね。誰もが知っている言葉でも、「into」「about」など、同じく基本の前置詞と組み合わせることで、ビジネスの頻出表現を的確に示すことができます。

――難しい日本語を表現するときは、難しい英単語を使わなければならないという先入観がありましたが、簡単な単語を用いてもかしこまった表現ができるのですね。

②の“analyze~” の表現などを例に見てみると、「分析する」という言葉を噛み砕いて考えたとき、「ある事象について深く考える」と言い換えてもほぼ同じ意味になりますよね。したがって、“think about ~”という表現で事足りてしまうのです。このように、「自分が使える単語の中で、言いたいことを表すために言い換えられないだろうか?」と考えることが伝わる英語を話すコツですね。
 

【Step 3】「おとなの英語」をマスターしよう


     
――ネイティブスピーカーにも伝わる英語を話すには、言葉の言い換えが重要とのことですが、先生が著書などで語られている「おとなの英語」は、「容易な言葉で言い換えられた英語」ということでしょうか。

私が考える「おとなの英語」とは、相手が聞いたときに「年齢や立場にふさわしい表現だ」と感じてもらえる英語のことです。中学校で習う英語表現は、あくまでも「中学生が使う場合に適切な英語表現」です。ビジネスシーンで“What’s your name?” と尋ねた場合、「あなたのなまえは、なあに?」といった子供っぽいニュアンスで捉えられてしまいます。

――確かにそうですね……。中学生同士が初めて顔を合わせるシーンなら良くても、大人が仕事現場で話すことを考えると、状況に合っていないように思います。

そこで、次のようなひと工夫をしてみましょう。
①    助動詞を使う
What’s your name? ⇒ May I have your name, please?

②    無生物主語を取り入れて、人物の存在をぼかす
Thank you. ⇒ Many thanks to you.

③    副詞を使って飾る
He passed the test. ⇒ Unbelievably, he passed the test.

①から③の工夫をすることで、表現にグラデーションをつけることができます。
「助けてほしい」という意味の、“Help me.”も同様に変化をつけてみましょう。
【基本形】Help me.    「助けてください。」

①   助動詞を使うと……
Could you help me?  「助けてもらえますか?」

②   無生物主語を取り入れると……
Could anyone help me?  「どなたか、助けてもらえますか?」

③   副詞を使って飾ると……
Could anyone kindly help me?  「どなたか、助けていただけませんか?」

①から③に進んでいくにしたがって、より丁寧な表現になっているのが分かると思います。相手や場面に応じて、こうした工夫をしていくと良いですね。

――ビジネスシーンでは目上の方に接する機会も多いですし、ちょっとした変化で日本語に近い言い回しができると、英語に対する抵抗感も一層減る気がします。

おとなの英語を身に付けるには、その場の状況を読み取る力が重要だと考えています。例えば、ビジネスの場面と旅行の場面とでは、「初対面の最初の一言」という同じシーンでも、それぞれ適した表現が異なりますよね。学術的には「コンテクスト」と呼ぶのですが、自分の置かれている状況や前後の文脈を正しく認識し、それぞれのコンテクストにおいて最適な表現を選ぶことが大切になります。

さらに、自分視点ではなく、相手の視点に立つ力も必要です。先ほど申し上げたように、自分の英語を聞いた相手がどう感じるか、「年齢や立場にふさわしい表現だ」と思ってもらえるかを想像する力が求められます。

そうはいっても、実践しないことには「おとなの英語」力は身に付きません。特定の相手を意識した場で、相手の受け取り方を想像しながら、「伝わる英語」で話す経験を積むことが有効です。

私が担当している東洋大学経営学部の講義に、GBCセミナー(Global Business Communication)という英語によるゼミ形式の授業があります。ビジネスで使える英語力を習得するための企業研修やカリキュラムについて、学生たちと一緒に考えるという内容です。実際の企業で働くコンサルタントの方や人事部の方をお呼びして、学生には考案した研修内容について英語でプレゼンテーションをしてもらう機会も設けています。このプレゼンテーションにも、学生たちに相手を意識した英語を使う経験をしてほしいという思いを込めているんですよ。

――ありがとうございます。最後に、「おとなの英語」を学ぼうと思っている人に向けたメッセージをお願いできますか。

近年は、「BELF」という考え方が主流になってきています。“Business English as a Lingua Franca” の略称で、「ネイティブスピーカーも、ネイティブスピーカーでない人も、自分のビジネスを完遂するために英語を話す権利があり、みな対等な話者である」という考えです。大事なのは対等というキーワードで、ネイティブスピーカーが優位ということは決してありません。手持ちの英語でどこまで通じるかを試すような気持ちで、まずは簡単な表現から実践してみてはいかがですか。
    

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