井上円了の教育理念

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- ては、まだほとんど知られていなかった。井上円了が大学設立に向けて、より明確化した
哲学館の教育目的は、だいたいつぎのように説明できる。
当時の帝国大学は、現在の学部にあたる法科大学、医科大学、理科大学、文科大学の四
つにわかれていたが、これに対応して法律関係の私立学校は法科大学を、医学関係のもの
は医科大学を目標においていて、 それぞれ帝国大学の課程の速成をうたっていた。そして、
例えば、英吉利法律学校(中央大学)や明治法律学校(明治大学)などの五大法律学校と称さ
れたものは裁判官や代言人(弁護士)の養成を、また済生学舎などの医学校は医者の養成を
具体的な目的として持っていた。一方、哲学館は文科大学の速成科たるべきことを目標と
して設立された。文科大学は哲学者、 史学者、 文学者などの学者を養成する場であったが、 教育家と宗教家の養成であった。
哲学館では学科の内容などは文科大学と同じとしながらも、目的は哲学を直接に応用する
教育家とは具体的には教員になることであるが、教員にもいくつかのレベルがあって、
井上円了が考えていたのは中等教員であった。中等教員免許は帝国大学卒業生に対して特
権的に与えられていたが、明治十九年に文部省は尋常中学、同師範学校および高等女学校
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