井上円了の教育理念

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- おいても、 しきりに文教刷新の声を聞くに至った。かくのごとき一大転換の時勢に臨んで、
護国愛理の学是に立つ本学こそは、当に時代の先駆たるべき使命を有するものと信ずる」
振起案第一条「護国精神の高揚」では、 「護国精神の涵養は学祖井上博士の提唱せられた
る建学の本旨にして、大学令第一条もこれを規定せるもの、余の念願もまたここにあり。
学風の作興はこの精神の発揚をおいてほかなしと信ずる」とその方針を示した。 「大学令第
一条」とは「国家思想の涵養」を意味している。また、この年(昭和十二年) はちょうど創立
五十周年に当たっていたので、 建学の精神として掲げた「護国愛理」を強調し、 徹底した。
大倉学長の新体制では、国家政策に沿って大学の発展をはかるという施策が実現され、
同時に学内の教育体制も改変された。こうした動きに対して教授十六名が反対声明書を提
出したが、結局彼らは辞任に追い込まれてしまった。そして、太平洋戦争がはじまった昭 が確立された。
和十六年には、学生組織である学友会が「護国会」として改組され、学内の一元的新体制
こうして東洋大学は、政府が国家至上主義、軍国主義を推進する社会状況にあって、大
学の運営を国家の教育政策に合致させるという発展策をとったため、その姿は大きく変貌
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