井上円了の教育理念

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- 講演の内容
講演会の主催者や発起人はそれぞれの地元の市や郡の教育会、仏教団体、青年団、婦人
会、実業倶楽部、農会、また辺境の土地では三か村連合や五か村連合などのようにいくつ
かの村の共同体、あるいは町長、村長、学校長などの個人、さらに有志の集まりなど、多
(明治42年度~大正 7 年度)
種多彩であった。そして、各郡ごとに視学官が案内役となり、地元の哲学館出身者や旧友
比率 (%)
出典:三浦節夫「井上円了の全国巡 講」 , 『井上円了選集』第15巻の解説
40.9
5.4
表 7 全国巡講の演題類別表
100.0
23.6
15.4
7.9
6.8
などが随行した。いたるところで哲学館や京北中学
校の卒業生たちの協力が得られたし、会場には必ず
210 3,857 306 261
卒 業 生 や 館 賓、 あ る い は 講 義 録 で 学 ん だ 館 外 生 ら が
595
1,574
回数
911
訪ねてきた。
雑題 (旅行談) 妖怪・迷信 哲学・宗教 教 育 実 業 合 計
井上円了は出迎えや見送りを好まなかったという
詔勅・修身
演題類別
が、 各 地 で は そ れ ぞ れ に 趣 向 を 凝 ら し た 歓 迎 を し た
ようである。船に万国旗を掲げて太鼓を打ち鳴らし
たり、整列した子供たちが日の丸の小旗を振ったり、
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