井上円了の教育理念

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- ⑴ 哲学館創立の旨趣を継続すること。 ⑵ 財団法人になすこと。
⑶ 他日学長を辞するときは、出身者中の適任者をもって相続せしむること。もし出
身者中に適任者なき場合には、講師をしてつがしむること。 ては湯本武比古を後継者とした。
これによって、哲学館はすべて前田に譲られることとなった。また、京北中学校につい
彼がこのような契約を結んで学校を自分の子孫に相続させなかったのは、哲学館が私有
物ではなく、社会国家の共有物であることを明確にするためであった。大学設立のために
募金に奔走したことから、蓄財家とか冷酷な人などという評価を受けたこともあったが、 のである。
それらをすべて払拭し、彼が「私人」と「公人」をはっきり区別してきたことを証明した
明治三十九年一月一日をもって、井上円了は哲学館大学長と京北中学校長を辞職し、そ
れぞれ名誉学長、名誉校長となった。一般に発表されたのは一月八日になってからで、学
内の掲示板に「井上学長退隠の旨」が張り出され、突然のことに驚いている講師や学生全
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