井上円了の教育理念

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- かるべきであっただろう。
つぎに、処分の対象が受験者以外の、それもまだ中島の授業を受けていない学生にまで
及び、哲学館自体の特典が剝奪されたことの不合理性を指摘している。そして、それに関
連して、 彼は『日本倫理学案』 『忠孝活論』 『勅語玄義』を著して教育勅語の普及につとめ、 という点に疑問を抱いていた。
実際的倫理の授業を行っているにもかかわらず、なぜこのような事件に巻き込まれたのか
また、井上円了はこのインタビューで、以後の文部省に対する姿勢を示した。彼は、嘆
願書の提出は処分された学生のためであること、文部省がこれになんら対応をしていない
こと、の二点を理由に、今後教員免許の特典が再び与えられることになっても、これらの
学生についての問題が解決されない以上、 「学館の義理」として新たに特典を受けること
Ⅱ 教育理念の発展
はできないとして、 「徹頭徹尾御断り」する方針を明らかにし、彼はこれを頑固に貫いた。
さらに、帰国後まもなく、彼は中島徳蔵に哲学館への復職を依頼した。八月三十一日の
中島の日記には 「小生は再び同館講師の一人たることを快諾」 とある。この時点で井上円了
が彼を復職させようとしたのは、 哲学館を事件以前の状態に戻そうと考えたからであろう。
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