井上円了の教育理念

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- が、またあらゆる手段で認可取消の撤回に尽力するようにと指示した。これに従って、哲 学館は四月二十日に嘆願書を文部省に提出した。
井上円了は四月上旬にロンドンでミュアヘッドからの書簡を受け取り、さっそくミュア
ヘッドに面会を申し込む一方で、林公使を訪ねた。林が「事件の原因は中島が視学官と抗
論したからだろう。そうでなければ取り消しというような処分は常識では考えられない」
といったので、彼はこれをきっぱりと否定した。林はさらに、この事件がイギリス人に知
れたなら、その感情を害し、ひいては日英同盟にも影響を及ぼしかねないと憂慮している
ことを伝え、ミュアヘッドにもその点からの配慮を求めたことを話した。
井上円了がこの外交上の問題と哲学館事件との関係をどのように受けとめたのかという は残っていない。 かった。
ことは、彼の事件への対応を知るうえで重要なポイントだが、残念ながらそれを示す資料
Ⅱ 教育理念の発展
彼とミュアヘッドとの会談は、日程の調整がつかなかったために、とうとう実現されな
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