話し手
西原 廉太
立教大学 総長
※所属・役職等は、2026年4月取材当時のものです。

2026年、立教大学に環境学部が設置されるにあたって、池袋キャンパスに新研究棟(19号館)が竣工しました。
この研究棟の定礎板には、私が選んだ「見よ、それは極めて良かった」という旧約聖書の一節が刻まれています。
創世記1章31節。神が天地創造を終え、つくられたすべてのものを見渡して満足された場面の言葉です。
この記述に基づき、キリスト教では「この地球上の自然からあらゆる生命にいたるまで、神によってつくられたものはすべて完全である」と考えられています。
そして人間は、「管理人」として神に与えられたその完全な世界を守り、維持し、受け継いでいく使命を帯びている──そう理解されているのです。
しかし、とりわけ19世紀以降、人間はその使命を忘れ、環境を破壊し、生き物を乱獲し、地球に対して自分勝手な振る舞いを繰り返すようになってしまいました。自らの利益のために、海も、大地も、空も、好きに使って良い。
管理人のはずが、いつの間にか強欲な「支配者」になってしまったわけです。

今日持ち帰りたい学び
昨今、声高に叫ばれるSDGsやサステナビリティの重要性。西原総長は、サステナビリティやSDGsの根底にある概念はキリスト教の思想と似通っているのではないかと指摘します。
私たちが「現代で生まれた新しい目標」だと思って取り組んでいることが、実は「数千年前の聖書の教え」と地続きであるというのは、なんとも興味深いことではないでしょうか。
人間は、科学技術をどんどん進歩させ、地球を「発展」させられるような気になっているかもしれません。しかし、キリスト教の視点で見れば、人間の務めは「管理人」として神から託された完全な世界を「維持」すること。決して強欲な「支配者」とならず、豊かな自然を尊び、次の世代へ受け継いでいきたいものです。


小石があった場所
いのちは、つながっている。
あなたの「感性」が、地球の未来をつなぐ。
過去から未来につなぐ
「守る」意思


