知の旅を照らす対話録

Dialogue

知の旅を照らす対話録

Record 1

矢口 悦子
東洋大学 学長
森本 あんり
東京女子大学 学長

自らの幸福は、
自ら決める。
「知」の可能性を、
あなたに。

正解のない時代と言われる今、あなたは何を学びますか?
東京女子大学の森本学長と東洋大学の矢口学長が、自身の学びとの出会いから大学の価値、リベラルアーツの本質まで、多様に語り合いました。人生を変え、幸福を追求するための「知」や「アカデミア」との出会いを届ける特別対談です。

※所属・役職等は、2026年1月取材当時のものです。

後編

抗っています!
大学トップが語る「教育への熱意」

05

「社会はもっと良くなるはずだった」――。
矢口先生と森本先生が紡ぐ、
大学の価値。

矢口
矢口

現代社会に対して、実は私は、「偉そうなことは言えないな」というコンプレックスと、ある種の不安の中にいるんです。私や森本先生が大学で学んだ時代にテキストとして読んだものの多くが、第二次世界大戦を経験した人たちによるものでした。戦争が起こらない社会を作るためにはどうすればいいか、人間がどうおかしくなればあのような悲劇が起こるのか。エーリッヒ・フロムをはじめ、教育学の理論家たちの言葉を血肉にしようと努力してきました。「日本もいつか女性が解放される!」と希望を持って学んできましたが、根底には「学問を積めば、社会はもっと良くなるはずだ」という信念があったわけです。

森本
森本

教育学というのは、人間は教育によって変わるんだ、良くなるんだというオプティミズム(楽観主義)がないと成立しない学問ですしね。

矢口
矢口

ですが、今のこの世界を見てください。あんなに一生懸命みんなで学んできたのに実現できていないことも多いわけです。もちろん私が関わりようのない要因もたくさんありますが、若い人たちに対して申し訳ない気持ちがあるんです。「悪いな~…」という感じで。なんか暗くなっちゃいますね、すみません。

森本
森本

いえいえ。そのお気持ちはよくわかります。でも、我々が直面している課題は、現代特有のものに見えて、実は人類が何千年も前からずっと失敗し続けてきたことの繰り返しではないかとも思いますね。国際秩序や法の遵守といったコンセンサスが崩壊しかかっている現状を見ると、やっぱり人間は罪深い存在だなと。いくら教育しても変わらない(笑)。でも、そこで立ち止まってしまえば、学校教育の意味がなくなってしまう。「こんな世界を作るために努力してきたのか?」という問いは、常に私たちに突きつけられていますね。

矢口
矢口

おっしゃる通りです。期待と現実のズレの整理がついていませんが、では私たちが目指してきたことが間違っていたのかというと、間違ってはないはずで「まだ足りないんだ」と思うんですね。大事だと思う考えや行動を、まだまだやり続けなきゃいけない。そして、それを「一緒にやろう」「一緒に考えよう」と、この大学で伝えていきたいです。

森本
森本

やっぱり大学って、そういう理想を学生に見せる場所だと思う。いつまでたっても実現できない理想かもしれないが、「じゃあもういいや」と諦めないことが肝心ですよね。そうでないと世界平和なんて、「もういいや」って言った瞬間におしまいです。ずっと人類が求め続けてきて、21世紀になっても全然実現しないですが、「でも、それを追い求めるべきなんだ」と教える場所が大学なんだと思う。

06

「時代に抗う」
2人の学長が目指す教育。

森本
森本

私は、リベラルアーツとはいつの時代も「時代への抵抗」であると考えています。その出発点は、イギリスやアメリカでの人格教育にありましたが、19世紀末にドイツ・ベルリンの専門大学のようなモデルが登場し、脅威となった時期がありました。人格教育なんてのんびりやっている場合じゃない、専門性を極めろという流れです。しかし、その結果が二度の世界大戦だった。科学技術だけをがむしゃらに追求していった先に何があるのか、その反省から再びリベラルアーツが見直されたんです。

矢口
矢口

効率や実用性だけを追い求める危うさですね。

森本
森本

たとえばコロンビア大学のリベラルアーツは、第一次世界大戦後の反省から始まりました。「最高の理性をもつと自任している西洋人が、なぜこれほどの殺し合いを始めてしまったのか」という自己批判。これが西洋文明論というクラスの設置に繋がりました。だからこそ、今でもコロンビアの学生たちはパレスチナ・ガザなどの人権侵害の問題に対して非常に敏感なんです。ところが、時代が変わると再び「やっぱり科学技術だ、専門だ」という流れがやってくる。リベラルアーツは、政府が「理系女子を増やせ」とか「即戦力を育てろ」と言うときに、「そうじゃない、全人教育なんだ」と踏ん張るための場所なんです。

矢口
矢口

まさにそうですね。

森本
森本

私は、「人材」という言葉を東京女子大学では使わないようにしています。人間を材料にするなんて、教育の場ではあってはならないことですから。明治時代の「富国強兵」と同じです。第二次世界大戦時、日本は文系の学生から先に戦場へ送りました。理系は便利で使いやすいからと手元に残したんです。人間を道具として扱う有用性の議論に、私たちは「人材より人格」という新渡戸稲造(東京女子大学初代学長)の言葉で対抗し続けたい。

矢口
矢口

東洋大学が今、「総合知教育」を掲げている理由もまさにその志からです。専門やスキルだけに特化して、序列の中に組み込まれるような育て方はしたくない。AI時代だからこそ、情報の真偽を見抜く力が必要であり、それを養うためには学術体系の中で追究されてきた知識や方法論が必要です。専門性は重要ですが、それだけではなく、多様な見方を重ね合わせて自分で考える訓練をする。それが「総合知」の本質だと考えています。

07

学生の驚きが
生まれる、
驚きの試み。

森本
森本

東京女子大学では2024年度から「知のかけはし科目」という分野横断的な学びを始めました。具体的には、専門分野の異なる二人の先生が、一つのテーマについて一週間交代で話をして、学生とともに意見を交わすものです。私が着任してから、とにかくリベラルアーツという考え方を具体的な授業の形にしたいと思って始めました。

矢口
矢口

二人の先生が対話する形式ですか? それは刺激的ですね。

森本
森本

ええ、組み合わせが非常に面白いんです。例えば、物理学と言語学の先生が「対称性(シンメトリー)」をテーマに講義をします。言語学の先生は、昨日と明日、おとといとあさってが同じ言葉であるヒンディー語の時間理解から、世界の円環的な対称性を説く。一方で物理学の先生は相対性理論を持ち出し、光の速度の一定性や素粒子の対称性が破れることで宇宙が生まれた話をします。文系の学生が物理学の深淵に触れ、理系の学生が言語の不思議に驚くんですね。

矢口
矢口

へぇ!おもしろい!まさに、学問の面白さを体感してもらう場所ですね。

森本
森本

そうなんです。一般的に日本の大学は入試の時点で専攻を決めますが、入ってすぐに「○○基礎」のような堅苦しい授業ばかりだと、学生はつまらなくなってしまう。だからこそ、異なる専門がぶつかり合うスリリングな瞬間を見せたい。他にも、「夢判断」をテーマに古代ローマ史の専門家とフロイト心理学者が語り合った授業は、私も毎週聞きに行きたいくらい面白かったですね。

矢口
矢口

私たちも同じ思いです。理工学部の学生が文学部の和歌のコースを取って、「こっちの方が面白い!」と自分の将来を変えてしまうようなことがあってもいい。それが大学教育の醍醐味だと思います。

森本
森本

先生たちにとっては、実はかなり怖い試みなんですけどね(笑)。自分の専門外から想定外の質問が飛んできて、返答に困って一瞬止まってしまう。ですが、そんな風に先生が考え込んでしまう瞬間こそ、教育効果が高い。学生も、自分ならどう答えるかと必死に考え始めますから。

08

3万人の学生に寄り添う!
画期的AIアプリ

矢口
矢口

東洋大学は学生数3万人を超える大規模大学ですので、少人数教育をするにはハードルがあります。1年生だけでも7,000人以上いますから。科目数も、相当数用意しなければなりませんし、彼らが自分に合った授業科目を選ぶのも至難の業。そこで、本学の職員たちが「総合知アプリ」を開発しました。学生の意見を取り入れながら作り上げた、独自の実装です。

森本
森本

ほう。どんな機能があるんですか?

矢口
矢口

AIを活用した授業のマッチングです。学生が「自分はこういうことに関心がある」と入力すると、600〜700ある科目の中から関連するものを提案してくれるんです。さらに「この学びは将来どんな仕事に繋がりますか?」と聞くと、具体的なキャリアのケースまでAIが紹介してくれます。

森本
森本

それは便利ですね!うちでも作りたい!(笑)。まあうちは小さい大学だから、「アカデミック・プランニング・センター」みたいな専門の職員がいる学生向けサロンの方が効果的かな。でも、アプリなら省力で便利、というだけじゃないようですね。

矢口
矢口

狙いは、検索する過程にあります。学生は自分の科目を選ぶためにアプリをサーフィンしますが、その中で「こんな学問があったのか」「この仕事をしている人はこんな分野を学んでいるのか」と、想像もつかなかったような面白い組み合わせで授業を選択し、未知の世界に触れることになる。その試行錯誤自体が、すでに勉強になっているんです。

森本
森本

素晴らしい仕掛けです。

矢口
矢口

もちろん、アプリはあくまでツールです。大規模クラスでの限界はありますが、グループワークを工夫したり、少人数科目と組み合わせたりして、なんとか「対話」を成立させようと試行錯誤しています。よく大人数だと主体的な学びは無理だと言われますが、それは幻想だと言いたい。逆に人数が少なくても対話がない授業はあります。多くても、教員の問いが学生の心に届き、学生の目が問い返している状況であれば、質の高い学びは成り立つんです。

Wisdom Pebbles

知恵の小石

大きな大学なのに
個人に合わせた学びができる?
森本
森本

同感です。大学時代を思い出したとき、結局心に残っているのは勉強の中身以上に、先生の「顔」だったりします。「何」よりも「誰」なんですよね

矢口
矢口

まさにそうです。最近では経済学部などで2・3年生が1年生のメンターになってサポートする仕組みも成果を上げています。先生と学生だけでなく、学生同士の縦の繋がり。これも大学という場が提供できる大切な資産だと思います。

09

大学のブランドが
消える時代へ。
「すべて真実なこと」の真意。

森本
森本

東京女子大学の正門を入ると、正面玄関にラテン語で「すべて真実なこと(QUAECUNQUE SUNT VERA)」という聖書の言葉が掲げられています。これは新約聖書のパウロの言葉ですが、実はローマ時代のストア哲学で使われていた徳目表をパウロが引用したものなんです。つまり、キリスト教由来でなくても、そこに真実があり、美しいものがあれば、それを大事にしなさいという意味です。

矢口
矢口

深い言葉ですね。

森本
森本

もうちょっと言うと、これから大学のブランドはあまり大事じゃなくなっていくと思います。米国で言うアイビー・リーグを出たから採用する、という時代は終わります。どこの大学を出たかというブランドを鼻先にぶら下げて威張っている人は、それ以外に威張ることがない人ですよ(笑)。もう学校名で生きる時代じゃない。それがまさに、「すべて真実なこと」なんです。どこの大学かで価値を判断できないし、逆にどこの大学でもそこに真実なことがあれば、それを大事にするということです。

矢口
矢口

東洋大学は、ありがたいことに「諸学の基礎は哲学にあり」という建学の精神があります。それは、「こういう哲学です」という押し付けではなく、「自分で考え、思慮を追求し続けなさい」という姿勢です。創立者・井上円了は釈迦、孔子、カント、ソクラテスを「四聖」として掲げました。古今東西を問わず、人類が積み重ねてきた教えに耳を傾け、歴史に学ぶ。それこそが真の教養だと考えています。

森本
森本

根源的な問いですね。

矢口
矢口

私が一番好きなのは「東洋大学の心」として引き継がれている、「他者のために自己を磨く」「活動の中で奮闘する」という言葉です。最近は自分探しに焦る若者が多いですが、自分なんてそう簡単に見つかるものではありません(笑)。私はオウム真理教などのカルトが台頭した時代を見てきましたが、人間がいかに本当の自分という言葉に弱いかを知っています。そんなまやかしに陥らない最大の方法は、他者のために努力することです。他者の存在のないところに、自己は成立しません。誰かの役に立ちたいという気持ちで自分を磨く。その連続の中でしか、自分というものは見えてこない。この健全な心を、大学生活の中で育んでほしいと思っています。

10

自分の幸せを、
自分で決める。
未来社会を生きる「胆力」を。

矢口
矢口

私は、どれだけ技術が進歩しても、人間の本質はそんなに変わらないんじゃないかと思っています。AIを使いこなすスキルは高まっても、美味しいものを食べて、誰かと恋をして、美しいものを見て感動し、時には腹を立てる。そんな、わいわいとした営みは、この先も続いていくはずです。

ただ、ホワイトカラーが余るから、文系を潰して理系を育てなさいと強力な誘導をすることには、抵抗を感じます。若者にだけツケを回すのは、人間教育として間違っている。こうしたことに対しては、負けないで頑張らないといけないんです(笑)。

森本
森本

さすが、矢口先生(笑)。AIの話が出ましたけど、AIにできないことというのは、自分で目的を設定すること(志を立てること)です。矢口先生もおっしゃっていましたが、人間というのは、結局は自分で物事を作って社会に奉仕するとか、人のためになるということの中で自分が見つかっていく。「自分捜しの旅」なんて、見つかるわけないよ。自分を見つけたときは、誰かに出会ったときです。

矢口
矢口

そうですね。

森本
森本

これまでの日本は、マックス・ヴェーバーの言葉を使うと、「目的合理性」で動いてきました。つまり、ある目的があって、ここに行くための最短距離は何か、という発想です。だから勉強でも、一番偏差値のいい大学に入って、一番点数がいいように授業をとって、一番名のある大企業に入るという目的がまずあって、その目的に一番効率のいい道はどれか、ということを考えてきたのです。日本人はそれがすごく上手なんです。

しかしこれからは、自分で目的を設定する時代です。そういうところに、最後は人間の尊厳が関わっている、と私は思います。人間それぞれの持っている平等な価値や、個人の尊さがどこにあらわれるかって言ったら、それは自分が大事だと思うことを自分で決められること。そこにはもちろん宗教も入ってくる。自分の幸福は何かっていうことを自分で決める能力です。

矢口
矢口

自分の幸せを、誰かに決めさせない。

森本
森本

その通りです。日本国憲法もそうですし、アメリカの独立宣言もそうですが、生命、自由、その次は「幸福の追求」なんです(“Life, Liberty, and the pursuit of Happiness”)。生命と自由は保障するけど、幸福そのものは保障しない。保障するのは「幸福の追求」。なぜかというと、幸福はそれぞれ違うから。自分で設定するもので、親でも先生でもなく、ましてお国に決めてもらったりするものではないからです。

自分の幸福が何かということを、自分で設定する能力があるということ。それが、人間にとって一番尊いことなんです。それはこれからの日本社会が一番大事にしなきゃいけない、必要なこと。

矢口
矢口

なるほど。

森本
森本

僕にとっていちばんの幸せは、ちょっと歳を取ったうちのワンちゃんを抱っこしている時なんです(笑)。人から見ればどうでもいいようなことでも、自分なりに価値を設定できる。それこそが人間の尊厳であり、民主主義の根本です。大学教育とは、そういう精神のよりどころを定めるための場所だと思います。

Wisdom Pebbles

知恵の小石

あなたの幸せは
他の誰にも決められない

11

最後に。
お二人の「人生の目標」

矢口
矢口

森本先生は、今後の目標はどのように描いてらっしゃいますか?

森本
森本

僕個人の?こうした対談では珍しいですね(笑)。

矢口
矢口

はい(笑)。私個人としては、老後どうやって遊ぶかということを考えています(笑)。いかにいろんな人と、いろんなおしゃべりをするか。話したいと思う人と喋り倒したいんです。

森本
森本

ああ、それは僕もみんなに聞いて回りたい!

矢口
矢口

本当にいろんな人と話したくてしょうがないんです。とにかく話したいし、話を聞きたいし、これから生きている間、何人の人とちゃんと話ができるかって考えたら、その時間がすごく大切で、「さあ、共同学習の時間だ!」って思っています。

森本
森本

そこにつながるんだ!ぜんぜん「老後」じゃありませんね。そのためにも、「ようやく退職して自由になったけど、体はボロボロ」なんていうことにならないようにしたいです。人間はやがてみんな死ぬって、すごく平等なことで、限りがあるからこそ、自分に与えられた時間が尊いものになるのだと思います。その時間を何に使うか、そこに自分の人生の意義や充足が見えてきます。世の中には、他の人がやっても多かれ少なかれできるだろう、ということはいっぱいあると思います。だから自分にしかできないことをやりたい。本を書くなら、自分だけにしか書けない本です。そこに自分の時間やもてる力を思う存分つぎ込めるというのは、幸せなことだと思います。

矢口
矢口

AIには、どういう思いで書いているのかっていうことはわからないそうです。書いてある字面はわかっても、どんな思いを託してそれを書いているかはわからない。でも人間同士だったら、「あ、森本先生はこういう思いでこれを書いてらっしゃるのか」ってわかるかもしれない。本当に楽しみにしています。