多様な才能が創りだす未来

相撲部で全力を尽くした4年間。
逆境の中、やるべきことに打ち込み、
身に付けた適応力が強みになった。
法学部 企業法学科 2025年卒業
金沢市立工業高等学校 出身
フランスベッド株式会社 就職
INTRODUCTION
小学2年生で相撲を始め、中学・高校時代も選手として活躍してきた北野堅太さん。スポーツ推薦で東洋大学に入学し、寮生活を送りながら相撲部の活動に打ち込んだ。2年次には慢性的な首の痛みに悩まされて練習メニューの変更を余儀なくされ、3年次には地元の石川県で能登半島地震を経験。逆境を経験する中で、その時々の状況の中で自分がやるべきことに打ち込み、環境に適応していく能力を身につける。被災経験の中で睡眠の重要性に気づいたことがきっかけで、スポーツ生向けの企業説明会で出合った寝具メーカーの仕事に興味を持ち、内定を得る。相撲で培った力を、入社後の営業の仕事にも活かしたいと語る。

寮生活を送りながら相撲に打ち込み、
どんな環境でも乗り切れる
適応力を身に付けた。
小学2年生の時に地元の相撲大会に出場したことがきっかけで相撲を始め、中学・高校は寮生活を送りながら相撲部のある学校に通いました。高校卒業の時点で相撲は辞めるつもりでしたが、高校3年生の時の大会がコロナ禍で実施されずに不完全燃焼の思いが残り、大学でも相撲を続けたいという思いが強くなりました。東洋大学にはスポーツ推薦で入学し、新幹線の乗り方すらよく分からないまま地元の石川県から上京。相撲部の寮に入って食事の準備も自分たちで行いながら、4年次の秋に引退するまで、週6日の練習に打ち込む日々を送りました。
中学・高校・大学と10年間にわたって寮生活を送りながら相撲を続ける中で、「自分ならどんな環境に行っても大丈夫」という適応力を獲得できたことが、私の強みだと思います。相撲に限らず、競技に打ち込む経験をしたことにより、礼儀や活気ある姿勢、困難に対応する力などが身に付いているのはスポーツ生ならではの強みです。大学時代、競技に打ち込んできた人ほど、引退後に何をやりたいのか、競技以外に自分にはどんな強みがあるのかが、すぐには見つからないかもしれません。しかし、「自分は競技人生の中でうまくいかない局面をどう乗り越えてきたのだろうか」という観点で、一歩引いたところから自分を俯瞰してみると、競技を通じて成長した自分が見えてくるように思います。

負ける経験や慢性的な首の痛み。
逆境を経験したことで強くなれた。
大学の相撲部に入って最初に感じたことは、何事も自分で考えて取り組むことの大切さです。高校では部員が10人程度だったので、顧問の指導が一人ひとりに行き渡っていましたが、全国から約30人の選手が集まっている大学の相撲部では同じようにはいきません。自主性に委ねられる部分が多いため、「今日はこの部分を意識した練習をする」と自分で決めて取り組むことが増えました。それが功を奏し、1年次の東日本体重別選手権では3位に入賞し、天皇杯にも出場。強豪選手が集う天皇杯は1回戦敗退で、自分の力不足を実感するものでしたが、だからこそ現状に満足せずに日々の練習により力を入れていこうと決意を新たにすることができました。
2年次には慢性的な首の痛みに悩まされ、3カ月ほど、本来の練習メニューをこなせない時期がありました。もどかしい気持ちでしたが、首に負担がかからない練習に取り組むことで相撲のスタイルのレパートリーを増やせるのではないかと考え、体調に合わせて練習メニューを工夫しました。その結果、2年次の東日本競技会の団体戦で東洋大学初の優勝を果たすことができました。逆境の中でも、自分の心がけ次第でチャンスを見つけることはできる。そして、今、自分がやるべきことに打ち込めば道は開けていく。そのことを実感するとともに、困難な状況に対する適応力を高めていくことができたように思います。
自分はプロの力士になるには力量が及びませんでしたが、これまでの相撲人生を振り返ると、自分なりに強くなれたという自負はあります。過去の自分と比べて現在の自分がどう成長できているかに目を向けることで、人と比べて落ち込むことなく、相撲を続けることができました。

どんな環境にも適応できる力は、
被災時も就職活動でも強みになった。
相撲以外の出来事で、適応力が問われることとなったのは、3年次の正月に帰省していた際に経験した能登半島地震です。輪島市にある祖母の家に向かう途中で被災し、目の前で住宅が崩れる様子を目の当たりにして、今まで味わったことのない恐怖や喪失感を味わいました。舗装された道路を通れること、電気・ガス・水道を使えることなど、それまで自分が当たり前だと感じていたことは決して当たり前ではなかったのです。そう気づいたことで、いつも通りの生活を送れることのありがたみを強く感じるようになりました。余震が収まるまでは車中泊をするという判断をしたり、家族のみならず周囲の人々とも食べ物を分け合ったりするなど、臨機応変な対応を心がけたことで、予期せぬことへの適応力はますます高まったように思います。
就職活動では、「何らかの形で人の役に立ちたい」という思いを胸に、東洋大学のスポーツ生向けの企業説明会に参加しました。その説明会で寝具メーカーに興味を持ったのは、震災時に車中泊をした際に、心身の健康には睡眠が重要だと実感していたためです。エントリーシートや面接では、寮生活や相撲部の活動、被災経験を通じて適応力が身に付いたことをアピールした結果、内定をいただくことができました。学生時代に1つの競技に打ち込んで結果を出してきた実績は、就職活動でも高く評価されるように思います。これまでの経験の中で身につけてきた適応力を活かして、全国転勤の可能性がある営業職でしっかり成果を出していきたいと考えています。

- 好奇心(積極性) 30%60%
- 大学では自分から進んで行動しなければ何事も身につかないので、自分で考えて取り組む積極性が身についたように思います。
- 柔軟性(対応力) 60%90%
- もともと柔軟性は高い方でしたが、首の怪我や能登半島地震を経験したことにより、その時々でやれることをやるという対応力がさらに向上しました。
- 持続性(あきらめない気持ち) 80%90%
- 小学2年生から相撲を続けてきたので、持続性は高い方だと思います。大学の相撲部で伸び悩んだ時期もその中でチャンスを見つけて継続できました。
- 楽観性(失敗に対する前向きさ) 40%60%
- 被災経験を通じて、「生きていれば何とかなるし、どんな状況でも立て直すことができる」と強く実感することができました。
- 冒険心(挑戦する気持ち) 10%20%
- 自分はこれまで相撲ひとすじだったため、就職活動が一つの挑戦になったように思います。社会人になったら色々なことに挑戦したいです。