2017年1月30日、東洋大学出版会発行の書籍「電子書籍アクセシビリティの研究」の公刊記念シンポジウム『電子書籍の普及とアクセシビリティ』を白山キャンパス125記念ホールで開催しました。
同書「電子書籍アクセシビリティの研究」は、電子書籍の音声読み上げや文字拡大などのアクセシビリティ機能について総合的に研究した国内初の書籍であり、電子書籍版でも日本で初めてほぼ誤読のない音声読み上げを実現しています。
本書の著者であり国連障害者権利委員、内閣府障害者政策委員長を務める石川准 静岡県立大教授らをパネリストとして、電子書籍アクセシビリティの現状と将来展望について討論するシンポジウムを開催しました。
同書籍の発行、そして、本シンポジウムが日本の電子書籍アクセシビリティ進展のきっかけとなるよう期待を述べた竹村牧男学長の挨拶で開会したシンポジウムは、第一部「電子書籍のアクセシビリティ」と、第二部「アクセシビリティの実現に向けて」の2部構成で行われ、関係者や視覚障害を持つ在学生など、第一部・第二部で述べ100名が参加しました。
報告1「障害者差別解消法の施行と電子書籍のアクセシビリティ」
報告2「『電子書籍アクセシビリティの研究』のアクセシビリティ―音声読み上げを中心に―」
パネルディスカッション<司会>
<パネリスト>
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第一部では、まず「障害者差別解消法の施行と電子書籍のアクセシビリティ」と題して、国連障害者権利委員で内閣府障害者政策委員長を務める静岡県立大学の石川准 教授から、書籍発行の背景である、障害者権利条約や障害者基本法、そして2016年4月に施行された障害者差別解消法について説明し、現状は情報アクセシビリティ政策の根拠となる個別法がないことを指摘しました。そして、ウェブサイトやテレビ放送でのガイドラインを事例として紹介したうえで、点字やボランティア、電子図書館、OCRなど、これまでの視覚障害者の読書実態から電子書籍アクセシビリティの現状について報告がありました。
続いて、東洋大学副学長で(一社)電子出版制作・流通協議会 情報アクセシビリティ特別委員長を務める松原聡教授から、「『電子書籍アクセシビリティの研究』のアクセシビリティ―音声読み上げを中心に―」と題した、同書籍のアクセシビリティの特長について報告がありました。報告によると、執筆後に行ったiOS(バージョン10.0.2)の支援機能であるVoice Overを用いた音声読み上げテストにおいて、書籍全体で69種類・約400箇所の誤読が発生し、それらの用語・表現を言い換えることで誤読の件数をほぼゼロにすることを実現。読み上げを行う音声エンジンの性能向上は認めつつも、執筆、編集の立場から可能となるアプローチを試みたことを、誤読や言い換えの事例を交えて報告がありました。
報告1.石川 准氏 障害者差別解消法の施行と電子書籍のアクセシビリティ | 報告2.松原 聡 「電子書籍アクセシビリティの研究」のアクセシビリティ ―音声読み上げを中心に― |
その後、報告者の2名に、 実際の電子書籍制作にかかわる大日本印刷株式会社hontoビジネス本部丸善CHI連携チームリーダーの盛田宏久氏、凸版印刷株式会社 情報コミュニケーション事業本部 トッパンアイデアセンター クリエイティブ本部本部長で(一社)電子出版制作・流通協議会の副委員長を務める矢野達也氏と、本学経済学部総合政策学科の山田肇教授が加わったパネルディスカッションで、それぞれの立場から現状と課題を報告しました。
その中で、今回の書籍発行の意義を、電子書籍アクセシビリティ機能に関する現状について、歴史的背景や関連法規、機器やソフトウェアなどを総合的に扱った国内初の研究書籍であることに加え、執筆・編集において確認された誤読・言い換え例を広く共有し、さらに事例を積み重ねることで、執筆や編集、音声エンジンなど、書籍アクセシビリティ全般の向上に役立てることができると指摘しました。
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<司会> 澁澤 健太郎 東洋大学 教授、経済学部総合政策学科長 | <パネリスト> 石川 准 氏 静岡県立大学 教授 | <パネリスト> 松原 聡 東洋大学副学長、(一社)電子出版製作・流通協議会アクセシビリティ 特別委員長 |
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<パネリスト> 盛田 宏久氏 大日本印刷株式会社 hontoビジネス本部 丸善CHI連携チームリーダー | <パネリスト>矢野 辰也氏 凸版印刷株式会社 情報コミュニケーション事業本部 トッパンアイデアセンタークリエイティブ本部 本部長 | <パネリスト>山田 肇 東洋大学 教授 |
司会
パネリスト
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第二部は、障害者雇用を行っているNTTクラルティ株式会社営業部 アクセシビリティ推進室担当部長の小高 公聡氏、株式会社図書館総合研究所 特別顧問で立命館大学人間科学研究所 客員研究員の植村要氏も加えたパネルディスカッションで、電子書籍アクセシビリティの実現に向けた意見が交わされました。
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<パネリスト> 小高 公聡氏 NTTクラルティ株式会社 営業部 アクセシビリティ推進室 担当部長 | <パネリスト> 植村 要氏 株式会社図書館総合研究所 特別顧問、立命館大学人間科学研究所 客員研究員 |
この中で、電子書籍には、公文書や教科書など誤読ゼロの実現を要するものと、誤読の程度も含め読者が環境を選ぶべきものに大別されることを指摘。その上で、2020年の電子教科書の導入に向け、視覚障害者だけでなく難読症、帰国子女など、音声読み上げによる学習が想定されるケースに対して、執筆、編集、音声エンジン、流通などあらゆる面でのアクセシビリティ確保が急務となっているとしました。
また、個人での購入が前提となっている電子書籍では支援施設や図書館などでの共同利用は難しく、書籍の著作権の問題として音声データ化は障害者専用では認められるが、健常者も利用可能な場合には許諾を要するなど、流通の仕組みにおいても未整備な部分が多いことが指摘されています。
議論の総括では、書籍のほとんどが執筆時にパソコン等のワープロソフトを用い、デジタルデータとして作成されているが、その文字データが音声読み上げによる読書の段階では活用されていないことを問題点として指摘しました。また、電子書籍アクセシビリティは一部の視覚障害者のためだけではなく、老化による弱視や、言語学習、書籍の楽しみ方の多様化など、全ての人のために推進するものであるという視点が重要であると語られました。
本書籍の特色の一つに、電子書籍版でOSの支援機能を用いた自動音声読み上げに対応し、さらにそこでの誤読を、編集上の工夫でほぼゼロに抑え込んだことがあります。
その誤読・修正の事例69件(本書全体では延べ400箇所)を、「用字変更」「表現変更」「読み補足」に分けて以下のリンクより公表します。
書籍「電子書籍アクセシビリティの研究」における誤読・修正リスト [PDFファイル/239KB]
こういったデータが活用されることで、より誤読が少ない電子書籍の公刊が期待されることが、シンポジウムの中でも議論されました。