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社会学部卒業後の進路・卒業生の声

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社会学部での学生生活を通して会得した知識と技術に、社会は期待を寄せています。

「社会」のあらゆる分野で活躍

卒業後の進路

変革期にある現代社会の仕組み、社会福祉の将来、コミュニケーション・情報の行方、人間の心の動きなど、幅広い分野で学んだ社会学部の卒業生は過去、幅広い分野の企業(商社・流通・販売、金融・保険・証券、IT・通信、メーカー・アパレル、旅行・ホテル、建築・不動産、人材派遣・企業サービス、出版・広告・放送、教育、運輸・鉄道・航空、医療関係など)に就職しています。また公務員職に就く卒業生も少なくありません。大学院に進学する卒業生もいます。

卒業生の主な就職先

建設業

大和ハウス工業

製造業

カゴメ/カルビー/バンダイ/ぺんてる

情報通信

読売新聞社/毎日コミュニケーションズ/コナミ

運輸

東日本旅客鉄道/東海旅客鉄道/東京地下鉄/日本航空インターナショナル

卸・小売

伊勢丹/西武百貨店/セブン-イレブン・ジャパン/三省堂書店/トーハン/良品計画/ユニクロ

金融・保険

日本銀行/三井住友銀行/みずほフィナンシャルグループ/三菱東京UFJ銀行/明治安田生命保険

飲食・宿泊

ヒルトン東京ベイ/ホテルニューオータニ/ミリアルリゾートホテルズ

サービス業

J T B首都圏/J T Bトラベランド/リクルート/楽天/毎日広告社

公務

厚生労働省/国土交通省/福島県庁/文京区役所/横浜市役所

大学院への進学  など

 

卒業生の声

 第1部 社会文化システム学科卒

 私がドイツに興味をもったきっかけは、東洋大学に入学してドイツ語を履修したことでした。授業では言葉の勉強はもちろんのこと、ドイツの色々な文化や習慣を学んできました。そうしているうちに次第にドイツに行ってみたいという気持ちが強まっていきました。大学2年生になって思い切って初めてドイツに旅行に行きました。もう大感動でした。
 ドイツの街並み、行きかう人々、おいしい料理の数々…。毎日がものすごく新鮮であっという間に時が過ぎていってしまいました。でも日本に戻ってみると旅で味わえる雰囲気というのは表面的な文化なのでは?と思うようになりました。
 そうではなくてドイツの全てをとことん知りたいという気持ちが強くなり、やっぱり留学してドイツで生活してみたいという気持ちに達しました。自分のなかで目標がはっきりすると、ドイツ語の勉強は自然と身に入ってきました。検定試験にも受かり、ついに東洋大学の代表として2006年9月にドイツのマールブルグ大学への留学の切符を手にすることが出来ました。
 いまは夢いっぱい。ドイツの全てを裏も表も何でもかんでも興味津々になって吸収してこようと思っています。そしてそれが自分を成長させてくれるだろうと信じています。

第1部 メディアコミュニケーション学科卒

 私は2000年4月に社会学部メディアコミュニケーション学科に入学し、14年3月に卒業しました。現在は、報知新聞社で記者として働いています。新聞社と言っても、弊社は「スポーツ報知」というスポーツに特化した新聞を制作しています。
 この仕事の最大の魅力は、今までテレビの前で見ていたスポーツ選手、芸能人と直接話をすることだと思います。入社1年目の今夏は高校野球を担当させて頂き、神奈川県を担当していました。選手たちの純粋でがむしゃらなプレーに胸を打たれ、この臨場感をどうすれば文章で伝えられるのか。悩みながら日々勉強しています。今秋のドラフト会議で、私が取材した選手が見事指名されプロ野球選手としての一歩を踏み出すなど、刺激の多い毎日です。
 10月からは、運動2部という野球以外の全てのスポーツを担当する部署に配属されました。14年に東洋大学が4度目の優勝を果たした箱根駅伝は知っている方も多いかと思います。弊社は後援企業としても力を入れており、現在は主に箱根駅伝に向け各大学の取材をしています。
 ありきたりですが、大学生のうちはやりたいことをやりたいようにできる良い期間だと思います。「借金してでも」とは言いませんが、迷ったらGoです。いろんな土地に行き、いろんな経験をすることは、後々必ずプラスになるはずです。良い意味で「バカ」になって大学生活を楽しんでください。

第2部 社会福祉学科卒

 55歳を過ぎた頃、学ぶ事の必要性を感じて大学に入り、若い時には想像できなかった60歳という高齢期を迎えて大学を卒業しました。それまで私は、高校卒業後に、声優や美容師、ホテルマンや自営業と数多くの仕事を経験した後、自治会、NPOの立ち上げなどの地域活動と両立しながら、二十数年に及ぶサラリーマン生活を送ってきました。
そうした中で、自宅に義父母を呼び寄せて介護を行ったとことや、地域活動の中での障がい者との交流から、福祉について興味を持ち大学に入ったのです。
 大学院に進むことを決めたのは、大学院という未知の世界に対する好奇心かも知れません。大学院の学びの中で、「住まい」、言い換えれば「居住」に焦点を当て、日常生活や福祉について考えることが、自然だと感じました。大学院では「居住福祉」の中でも高齢者に焦点を当てて研究を進めています。日本国憲法第25条では、「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。」と謳っていますが、「住まい」を保障しているわけではありません。住まいの喪失から起きた社会的問題として、ネットカフェ難民や年越し派遣村、ゼロゼロ物件、無料低額宿泊所などがあります。
 大学院は、大学で学んでいた時以上に心躍る刺激的な場です。自分自身に「学ぶ事を課す」自己責任の世界です。定期試験などはありませんが、日々の研究や学びの場での取り組み方が成果となります。
 現在の職場は、大学入学後に転職し、東京のA区のB社会福祉事業団に勤めていた頃、求人サイトで「無料低額宿泊所」の支援員という求人欄を見つけ、究極の「居住」場所で働いてみたいと思い応募し働いております。 但し、終業時間が午後6時ということで授業に間に合わないため、大学院は現在1年間の休学をしております。
 「無料低額宿泊所」を運営するNPO法人Cでの事業は、D県からの受託事業で、アパートへの転宅や就労、「自立生活」を進める上での問題解決に向けての支援であり、私は「支援員」と言う立場です。社会的な問題を抱えている場所ですが、この現場から見えてくるものは、制度や福祉行政、組織、入居者等々が複雑に絡み合い、胆略的にどこが悪いとは言えないことです。支援する中で、「人は変わる」ことを体験し感動する一方で、自らの無力を思い知らされている毎日です。こうした中で、喜びや落胆を繰り返しながら、ソーシャルワークの価値を実感しております。