1. トップページ
  2. Research//研究
  3. 研究所・センター
  4. 国際哲学研究センター
  5. 「共生思想としての神仏習合」シンポジウムを開催いたしました
MENU CLOSE

「共生思想としての神仏習合」シンポジウムを開催いたしました

  • English
  • 日本語

写真1 第3ユニット主催シンポジウム「共生思想としての神仏習合」が、12月22日(日)14時00分~16時30分、東洋大学白山キャンパス6号館1階6102教室にて開催された。企画者である永井晋研究員の開会あいさつの後、3名のパネリストが発表を行った。

写真2門屋温先生(いわき明星大学非常勤講師)は、「牛を殺さないために~文化研究としての神仏習合」と題し、神道は日本固有の伝統宗教であるという国家神道的な見方からの脱却を訴え、「神道とは、私たちの祖先がカミをどのように理解し、どのように説明してきたかという歴史そのものである。その意味で、神仏習合もまた神道の一部を構成する要素である」と結んだ。鎌田東二先生(京都大学こころの未来研究センター教授)は、「『神と仏の出逢う国』再考」と題し、日本における神と仏の出逢いの特殊性を論じた。日本は地理的にみて文化的多様性・習合が行われるに適した国であることから説き起こし、神と仏の原理的差異を踏まえた上で、神と神、神と仏の間での、習合・分離・協働を、『古事記』『日本書紀』『新古今和歌集』『風姿花伝』等を素材として論じた。末木文美士先生(国際日本文化センター教授)は、まず、「日本宗教史に基づく世界観」として、人間同士での見える(顕・明)関係である「倫理」を一方におき、他方に、見えない世界(冥・暗)として、「他者」があるという図を提示した。その他者は、近い順に、「現象している他者」、「死者」、「神仏」となる。そのうち神仏は、現象している他者との対比でいえば、後者は現象しているものの不可知性であるのに対し、神仏は不可知なるものの現象である。死者との対比でいえば、死者が過去であるのに対し、神仏は先時間的存在であることなどを、永井研究員の「妖怪の現象学」等を導きとしつつ、論じた。

写真3 続く総合討論では、パネリスト同士での熱のこもった議論が行われ、宮本久義研究員による閉会あいさつにより幕を閉じた。参加者は80名程度と、盛況な会であった。

Copyright © Toyo University. All Rights Reserved.