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国際シンポジウム「共生の哲学に向けて」

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国際シンポジウム

「共生の哲学に向けて――言語を通じて古代アジアの人々の価値観を探る」

 
aja1 2013年6月22日、センター主催の国際シンポジウム「共生の哲学に向けて――言語を通じて古代アジアの人々の価値観を探る」が、東洋大学白山キャンパス8号館7階125記念ホールにて開催された。講演者・発表者は、アジャ・リンポチェ師(チベット・モンゴル仏教文化センター所長)、後藤敏文先生(東北大学名誉教授)、斎藤明先生(東京大学教授、IRCP客員研究員)の3名であった。これは、多文化共生の思想基盤研究を行う第3ユニットが主体となって、インドやチベットにおいて古代の人々が構想した価値観にどのような意味があるのか、また、現代のわれわれがそれらを探ること、つまり研究すること自体にどのような意味があるのかを明らかにする、いわば、言語を通じて過去と現在の共生の実態を探る、という趣旨のもと、開催されたものであり、100名程度が集う盛会となった。宮本久義研究員(東洋大学教授、IRCP第3ユニット長)による開会あいさつの後、竹村牧男東洋大学学長(IRCP研究員)による学長あいさつがなされた。基調講演を行ったアジャ・リンポチェ師は、「All Living Beings Can Co-Exist Using Their Own Language Systems」と題する講演を、チベット語にて行った。なお、アジャ・リンポチェ師はその前日の6月21日に、センター主催の特別講義にて、「智慧と空性」というテーマでご講演をいただいた(於白山キャンパス6号館3階6306教室)。その内容は『国際哲学研究』に掲載予定である。日本語への同時通訳には、両日とも、ダライラマ14世の法話集の翻訳集など多数の訳書のある三浦順子氏が当たられた。

aja2 師は、仏教の観点からみて、様々な言語を使う人々が、どのように共存することができるかについて講演を行った。人は言語を使用し、知性や思考があり、他の動物にはない優れた点をもっている。しかし、それだけに、善いことも、悪いことも、他の動物よりもより多く行うことになる。環境破壊・変動等は、欲望の追求の結果、悪いことが起こった例といえる。ところで、そのような間違いを正すことを、仏教ではどのようにするか。それについて、一番大切な概念の一つは、四無量心(四つの際限のない心、慈・悲・喜・捨の4つ)である。仏教修行者は、身内のみならず誰に対しても等しくいつくしみ(慈)の心を起こす。「悲」は、生きとし生ける者が苦しみから解き放たれてほしいというあわれみの心。「喜」とは他人の喜びを喜んであげること(随喜)。「捨」とは平等心のこと。

 師は続いて、9.11のテロの後、各宗教の宗教者が集まって、宗教とは何かということについて真摯に対論したことに言及した。その結論は、宗教は、社会・民衆に対して役立つものであるべきであって、宗教を口実として用いさせてはいけないということであった。また、キリスト教・仏教では、創造神を立てるか立てないかの相違があるが、他の生き物に対するあわれみが大事ということでは共通している。その考えによって、さまざまな宗教が共生できるのではないかと、師は提起した。

aja3 続いて、後藤敏文氏は、「インド・アーリヤ諸部族の背景とインド文化,そして現代」と題する講演を行った。「インド・アーリヤの諸部族は,紀元前2千年紀中頃,ヒンドゥークシュ山脈を越えてインダス上流域に進出し,讃歌集『リグヴェーダ』と,それに続く祭式文献群を遺した。その中から,彼らの世界観,価値観の一端を紹介し,それらが,仏教をはじめインド文明の展開中に果たした役割をたどる。また,背景にあるインド・ヨーロッパ語族共通の世界理解の中には,今日の「グローバル化」にまで連なる要素が確認できはしないか,問題を提起する」という趣旨の発表であった。氏は、インド・アーリヤの諸部族が、普遍原理・共通の生活習慣を持つ者(=アーリヤ)という自分たちに対する自覚のもと、生存をかけてインド亜大陸に侵入・略奪を繰り返した経緯を説き明かし、最後に、フロンティアを必要とする略奪は経済行為の一つであり、現代のグローバル化の要素の一つであるが、その背景に、インド・アーリヤ語族の拡大の歴史があるのではないかと結んだ。

aja4 斎藤明氏は、「仏教思想は甦るか――仏典、翻訳、そして現代」と題する発表を行った。「人文学という分野において翻訳がもつ意味は大きい。このことは外来の宗教思想、哲学文献、文学作品等を受容する際にかぎらず、古典と呼ばれる多くの文献を近現代の言語に翻訳するケースに目をやりさえすれば、容易に理解されよう。そのなかでも、宗教思想や哲学文献のばあいには、キーワードとなる術語に対する的確な理解がきわめて重い意味をもつ。それらの術語を、文化史や思想史上の背景を考慮しながら、個別の文献に即して、当該の術語が登場する文脈のもとに的確に理解することが、まずは求められる。その上で、信頼に足る、しかも可能なかぎり語感の冴えた訳語を択びとる必要にせまられる」、との問題意識のもと、仏典を例にとり、「世尊」と訳されるサンスクリット語bhagavatのチベット語への翻訳例や、苦集滅道の四諦のうちで「集」と訳されるsamudayaの語義解釈を紹介し、さらには氏が近年来、上記の問題意識のもとで主体となって行っている「仏教用語の現代基準訳語集および定義的用例集(バウッダコーシャ)の構築」プロジェクトを紹介しつつ、「仏教の思想的な理解は、まずは術語の意味を、個々の文脈に即し、思想史的な背景を常に念頭に置きながら、翻訳上の微妙な意味上の差異・語感・実際の用例等を考慮したうえで、可能なかぎり適切で、なるべく平易な訳語を求め、論じ、択びとる作業が基礎になる」と結んだ。

 引き続いて行われた総合討論では、渡辺章悟研究員(東洋大学教授)が司会を、宮本研究員がコメンテーターをつとめ、フロアからの質問にも応答しつつ、充実した討論が行われた。
 

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