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TOYO people:文学部日本文学文化学科 石田仁志教授

TOYO people:文学部日本文学文化学科 石田仁志教授

2015年8月20日更新

戦争経験者が残した文学を次の世代へ

文学部日本文学文化学科 石田仁志教授
文学部日本文学文化学科 石田仁志教授

石田仁志教授は、「戦間期文学」という新たな視座から、近代日本の文学、文化を捉え直す研究に取り組んでいます。「戦争の時代を生きた人々が何を書き残したのか。それをきちんと受けとめることは、戦後に生きる世代の務め」と語る教授に、戦後70年の今、文学という切り口からあの時代の何が見えてくるのかを伺いました。

世界の視点で日本文学、文化を見る

私は、日本文学文化学科の1、2年生の必修科目である「日本文学文化概説」の中の近現代部分を担当しています。

そこでは、明治以降の日本の文学、文化がどのような流れにあるのかということを話しています。「明治期は日本が西洋文化を必死になって追いかけていた時代にあって、西洋文化との出会いが日本の文学、文化にどのような影響を与えたのか」――これが、この講義の大きなテーマです。明治初期では、福沢諭吉、西周、坪内逍遥、二葉亭四迷、森鴎外といった思想家や作家たちを取り上げます。
また、本学の創立者である井上円了や三宅雪嶺といった伝統的な日本主義を唱えた人物や日本文化を海外に紹介したフェノロサや小泉八雲も取り上げ、日本の近代化が西洋から日本へという一方的な影響の中にあったのではないことも明らかにしていきます。

「日本文学文化概説」は、日本の文学、文化を世界の視点から見ていこうという意図で開設された科目です。本学科にとっては、最も大切な科目のひとつであると考えています。

「文学の神様」と言われた横光利一を研究

石田教授が編著者として参加した『戦間期東アジアの日本語文学』(写真右奥)
横光利一の他にも、現代ではあまり評価されていない“埋もれた”作家、小説は少なくないと、石田教授は言います。そうした作家、小説も含め、戦間期の文学に新たな光を当てたのが、石田教授が編著者として参加した『戦間期東アジアの日本語文学』(写真右奥)です。

私自身は、長年、横光利一を中心とした研究に取り組んできました。
横光利一は、大正から戦前昭和にかけて活躍した「新感覚派」を代表する作家です。戦前は、志賀直哉が「小説の神様」と呼ばれたのに対し、横光利一は「文学の神様」と呼ばれるほど著名で、高く評価されていたのです。私が初めて横光利一の小説(「蠅」「日輪」など)を読んだのは大学生のときですが、極めて斬新な文体で書かれており、まるで現代文学を読んでいるかのような衝撃を受けました。

ところが、戦時中に軍部への協力的な活動をし、戦争に関わる小説(「旅愁」など)を書いたために、戦後、「文学界における戦争協力者」として扱われてしまいました。現在、横光利一の名がそれほど有名でないのは、こうした経緯があったからです。私は、戦争協力ということだけで彼の文学全体の評価が歪められるのはおかしいと考え、「文学史を書き換える」という意気込みで、横光利一の研究に取り組んだのです。

戦争が人々の生活をどう変化させたかを、文学から考える

文学部日本文化学科 石田仁志教授

私が研究する「戦間期文学」の「戦間期」という言葉ですが、私は日露戦争(1905年)から太平洋戦争敗戦(1945年)までを指すものとして使っています。この期間の日本文学は非常に多くのテーマを含んでいますが、私はその中でも「モダニズム文学」と「戦争文学」とに関心を寄せ、近年は戦争文学を中心に研究しています。

戦間期の戦争文学を読むときに私が大切にしていることは、偏った見方をしないことです。一言で「戦争文学」と言っても、それが表現するのは、戦闘の場面ばかりではありません。戦地や戦闘で破壊された都市を作家たちが訪ね歩く従軍記であったり、軍隊生活の苦しみや愚かしさを描いたものであったり、内地や兵士の家族の暮らしの様子を描いたものなど、いろいろな角度から書かれているのが戦争文学です。まずは、戦争という状況が、その時代を生きる人々の生活にどのような変化を与えたのかを、冷静に読んでいく必要があると思っています。

その上で、戦争が人々を巻き込み、世の中を戦時一色に塗りつぶしていく状況に対し、「文学がどのようにコミットしていったのか」。あるいは、「ときには戦争を後押しするようなものを書いてしまったのはなぜなのか」「その一方で、戦争に対する懐疑心や戦争の悲惨さはどのように描いたのだろうか」――、こうした諸問題を見ていく必要があります。
そして、そこでは日本人の視点からだけでなく、満州や上海などの中国人やロシア人、朝鮮人や台湾人といった東アジアという枠組みの中で日本の戦争文学を複眼的な視点から見ていくことも忘れてはなりません。

ここ数年、戦争文学を研究しながら、「あの戦争は何だったのか」ということを考えなければならないと、いっそう強く感じるようになりました。戦後70年という地点に立つ今、その時代に生きた人々の記録として文学を学ぶことが大切です。私たち自身の問題として戦間期の戦争文学を読むことの意味が、ここにあると思います。

最後に、学生の皆さんに2つのことを伝えておきたいと思います。1つは「興味、関心を幅広く持ってほしい」ということ、もう1つは「執着心を持ってほしい」ということです。
『課題に直面した時に自分で突破する力』や『生き抜いていく力』を養うのが学問です。そうした力は何にでも興味、関心を持って取り組み、そして途中であきらめずにとことんやり通す中でこそ養われていくものです。
文学テクストは政治も経済も、善行も悪行も、およそ人間が関わる全てのことを描いているわけですから、まさに生き抜いていく力、東洋大学の理念である「哲学」する力を養うための格好の素材だと思います。

プロフィール

石田仁志(いしだ ひとし)

1991年、東京都立大学人文科学研究科国文学 修了。修士(文学)。東洋大学文学部日本文学文化学科 第1部学科長などを歴任し、2008年から現職。日本近代文学学会 評議員、横光利一文学会 運営委員・評議員などを務める。

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