環境インフラに対する合意形成に、学際的な研究から得たデータの活用を

東京工業大学工学部卒業後、民間企業でリサイクルプラントの開発に従事。退職後、東京大学大学院工学系研究科都市工学専攻に入学。修了後、水環境に着目し、都市環境工学、都市環境システム、環境行動心理を専門として研究を続ける。

TOYO PERSON

目に見えない環境の価値を数値化する

上下水道の整備や法整備、環境意識の高まりにより、公害が多発していた時代に比べると湖沼や河川、海洋の水質は大きく改善された。だが、依然として水質汚染が改善されていない水域も多く残されている。そのような中、総合情報学部教授の大塚佳臣は、工学、統計学、心理学、社会学、経済学などを駆使した学際的な研究を通して、実効力のある水環境の改善に取り組んでいる。
「人間が生活している限り、どうしても環境には負荷がかかります。しかし、多くの人は日々の生活の中でそれを直接的に実感することができません。例えば、都市河川は利水・治水・親水を担う都市のインフラの1つで、同時に排水を受け止める水路でもありますが、それを利用している住民の多くが都市河川に対する問題意識を持っていないため、水質改善などの施策を打つにしても理解を得にくいことがあるのです。水環境対策を社会実装するには、ただ水質調査や下水道整備を行うだけでなく、住民の行動や考え方を考慮しなければなりません。そこで、元々の専門分野だった都市工学に、社会学や心理学の手法を組み合わせ、あらゆるデータを活用することで、社会実装に向けた検討材料を用意しようと考えました」
大塚が最初に行った研究は、都市の河川環境が改善され、水が綺麗になり、生息する生物が増えた時、住民がそれに対してどれほどの価値を感じるかを金額に換算して定量化するというものだった。住民にアンケート調査を行い、計量経済学の手法で統計処理を行うことで、これまで目に見えなかった環境の価値を数値化したのだ。
「社会実装において、大切なのは“合意形成”です。河川という共有のインフラのあり方を変える際には、人々の異なる価値観の存在を示した上で、それらを議論の俎上に乗せ、異なる価値観の存在を認め合えるものにしなくてはなりません。そのために、データを元にした客観的な情報をまとめ、自治体などへの情報提供を行っています」

目に見えない環境の価値を数値化する

生物学を応用して河川の豊かさを評価する

少年時代、ヘラブナ釣りに没頭していたことから水環境に興味を持った大塚は、コロナ禍を機に、あらためて水辺の価値を問い直すようになったという。テレワークによる運動不足を解消するために河川敷をランニングする人や、密を避けた趣味として釣りを始める人が増えたことにより、以前よりも人々の関心が川に向かうようになった。そこで、都市のアメニティ空間としての河川の価値をさらに高めるための方法を模索し始めたのだ。
「河川の周辺の人の往来を観察していると、魚が跳ねたことに喜ぶ人が多いことに気がつきました。生き物が生息する豊かな自然環境であることは、大きな価値なのです。そこで現在、環境中の微細なDNAから生息する生物の種類と量を検出できる環境DNAという手法を用いて、河川の豊かさを評価しようとしています。また、そうした情報を提示することにより、住民の河川に対して感じられる価値がどのように変化するか計測する予定です。今度は生物学という異分野の活用に足を踏み入れることになりますが、研究を進めるためには、使える手法は何でも使います。そうして自分自身が進化していると実感できることが、私にとって研究の醍醐味なのです」

生物学を応用して河川の豊かさを評価する

取材日(2022年11月)
所属・身分等は取材時点の情報です。