「詩人大使」ポール・クローデルの活動を丹念にひも解き、見えてきたもの

東京大学教養学部地域文化研究学科卒業、同大学院総合文化研究科修士課程修了後、2011年よりパリ・ソルボンヌ大学大学院フランス文学科へ留学し、2018年に博士課程修了。日本学術振興会特別研究員(DC、RPD)などを経て、2021年より現職。

TOYO PERSON

アーカイブに埋もれて過ごした幸せな時間

「フランスの地域文化を研究するうちに、西洋人が東洋に向ける眼差しに関心を持ち、東洋と関わりのある一人の作家を通してそれを掘り下げたいと考えました。そこで研究対象として選んだのが、20世紀前半にフランスで活躍した詩人・劇作家であり、駐日大使を務めたこともあるポール・クローデルでした」
そう語るのは、経営学部経営学科で講師を務める上杉未央。博士課程進学後にポール・クローデル研究に着手した後、フランスのソルボンヌ大学に留学して7年の歳月をかけて約400ページにわたる博士論文を書き上げた。
「ポール・クローデルは、作家、外交官という肩書きを持つ一方、熱心なカトリック教徒としての一面もあり、宗教的な主題を作品に多く盛り込んでいました。研究では主にクローデルと日本に渡ったフランス人宣教師たちとのつながりに着目して、その活動を紐解いていきました」
上杉が得意とする研究手法は、当時の外交文書や宗教団体の報告書などのアーカイブを調査し、これまで知られていなかった記述を見つけ出し、そこからパズルのピースを埋めていくように歴史的事実を再構築していくというものだ。
「何百枚、何千枚の資料を読み解きますが、その中で研究に役立つのはわずか2〜3枚です。地道な作業ですが、今まで見つかっていなかった事実を明らかにできた時には研究者として大きな喜びを感じられます。フランス留学中に、日本で活動したカトリック宣教会のひとつであるマリア会の聖職者が書いた本を読み、著者にコンタクトを取ったことがあります。その方は高齢でしたが、団体のアーカイブを閲覧する機会を設けてくれました。そこで数日かけて調査したところ、団体とクローデルの特別な絆をうかがわせる資料を見つけることができました。その後まもなく著者は亡くなられたのですが、博士論文ではアーカイブで発見した資料が高く評価されました。あの数日間は私にとってとても幸せな時間として記憶に残っています」

アーカイブに埋もれて過ごした幸せな時間

宣教に関する、クローデルの知られざる一面

そうした地道な研究を重ねた結果、クローデルの知られざる一面が浮かび上がってきた。フランスでは当時、政教分離政策が進んでいたにもかかわらず、外交官であったクローデルが、宣教活動に介入していたことがわかったのだ。
「クローデルは日本文化への理解が深く、能や歌舞伎にインスパイアされた作品も残しています。その一方で、「宣教の理解者」であることを自認し、フランス外務省に対して特定のカトリック団体の活動を後押しするような進言をしていたことがわかりました。また、東京で行われるミサを日本人の司祭に執り仕切らせるという案が出た際、それは時期尚早なので従来通り西洋人が担当するべきだという保守的な意見も出しています。そこに、信仰に関して妥協を許さないクローデルの私的な感情が現れたと捉えることも可能です。このように、クローデルは公務員でありながら、日本でのカトリックの宣教に関して一歩踏み込んだ行動をとっていたのです」
新たな資料を発見し、人物像を補完することで、歴史や作品に対して新たな視点を加えられることが醍醐味と語る上杉。今後はクローデルの日本滞在中以外の活動や、当時の日本での宗教文学の受容のされ方なども調査し、より広いスパンでクローデルという人物像を捉えたいと考えている。

宣教に関する、クローデルの知られざる一面

取材日(2022年11月)
所属・身分等は取材時点の情報です。