海鳥の生態調査を通して海洋環境の変化を読み解く

北海道大学にて博士(水産科学)取得。国立極地研究所特任研究員、日本学術振興会特別研究員(PD)、東京大学大気海洋研究所国際沿岸研究センター特任研究員を経て、2021年度より現職。北日本の島嶼地域の海鳥のほか、外来魚食性魚類や野生哺乳類の調査にも取り組む。

TOYO PERSON

生態学の基本は地道な実地調査にあり

海洋環境の変化は気候や生態系に大きな影響を与えることから、多様な調査・研究が行われている。その中でも、生命科学部准教授の伊藤元裕は、海鳥の生態から海洋環境の変化を読み取るユニークなアプローチで研究を続けている。
「学生時代に乗船実習で航海に出た時、特定の海域で多くの海鳥が飛び交っているのを目にしました。海鳥が多かった海域は、水温が低くプランクトンや魚類の量が多い寒流の海域であったことに、後にデータを見て気づかされました。我々の目にはわからない、海の微細な変化を敏感に察知する海鳥の能力に惹かれ、海鳥の生態学的研究に携わるようになりました」
生態学の基本は地道な実地調査だ。伊藤は時には4ヶ月もの期間、世界各地に広がる海鳥の繁殖地に泊まり込み、海鳥の調査を行ってきた。
「ウトウという海鳥の世界最大の繁殖地である北海道の天売島で18年以上、調査に関っています。調査では日夜を問わず、行動観察をしたり、雛の成長計測をしたり、餌を調べたりと大忙しです。時には、血液サンプルを採ったり、データロガー(観測装置)を取り付けたりすることも。そうして得られたデータを用いた、国内外の他大学や研究機関との共同研究も積極的に行っています。近年は、学生を連れて、北日本の複数の無人島での調査にも乗り出しました」

生態学の基本は地道な実地調査にあり

将来を見据えて長期的な調査に取り組む

海鳥の観察を通じた研究が、実社会で有用な新たな知見をもたらすことも少なくない。その一例が、岩手県大槌町のサケの稚魚放流に関する研究だ。
「大槌町ではサケの稚魚を放流しても、川に戻ってくる個体数が少ないという問題が起きていました。カモメ類をはじめとした海鳥が稚魚を捕食してしまうことがその原因だとされていたことから、現地調査に赴きました。捕食している海鳥の数や捕食された稚魚の数を分析したところ、海鳥が捕食しているのは、放流した稚魚のうち1%にも満たないことが明らかになったのです。これにより、サケの減少には他の要因があることが示唆されました」
長年にわたるウトウの調査から、大規模な海洋環境の変化を捉えることもできた。
「2010年代前半までは、ウトウのヒナは餌に占めるカタクチイワシの割合が高いほど繁殖成績※1が良くなるという傾向がありました。しかし、2014年からカタクチイワシが調査エリアで全く観察されなくなり、繁殖成績が大幅に悪化してきたのです。これは、海洋環境が寒冷期と温暖期を周期的に繰り返す『レジームシフト』※2という現象によるものだと考えられます。更に、天売島やそれ以外の無人島での結果を比べることで、場所によって環境変動の様相や、その海鳥への影響が異なっていることも徐々に明らかになりつつあります」
現在、海鳥に限らず魚類や哺乳類を広く研究する伊藤だが、ウトウの調査はライフワークとして今後も続けていきたいと語る。
「生態学的な調査は継続することが大切です。1年だけだと、その年の傾向しか掴めませんが、2年続けると前年との違いが見え、何十年と続ければ大きな変動もわかってくる。そうして蓄積したデータを分析することで、人間の営みが生態系に与える影響が見えてくるかもしれませんし、個体数が減少した際、保護に役立てられる可能性もあります。地道な作業ですが、将来、振り返った時に、このデータがあってよかったと思える日が来ると信じています」
※1 その年の雛の成長率や巣立ち率の良し悪しを示す数値の総称。
※2 気候や海洋環境が十年から数十年スケールで急激に変化する現象。また、その影響から生態系が変動する現象。

将来を見据えて長期的な調査に取り組む

取材日(2022年9月)
所属・身分等は取材時点の情報です。