INDEX

  1. 変化の激しい時代に求められる「資質・能力を養う教育」
  2. 「戦後最大の教育改革」と言われる学習指導要領改訂。何が変わるのか?
  3. 話題の「STEAM教育」が日本の教育業界にもたらすものとは

INTERVIEWEE

後藤 顕一

GOTO Kenichi

東洋大学 食環境科学部食環境科学科 教授
博士(学校教育学)。専門分野は、科学教育、化学教育、理科教育、教育課程。埼玉県立高校教諭、埼玉県高校教育指導課指導主事、国立教育政策研究所教育課程研究センター基礎研究部総括研究官を経て、2017年より現職。「科学の有用性」を実感する探究型授業の研究を中心に行い、中学校理科・高等学校化学の新学習指導要領の作成にも携わる。著書に『すぐにできる!双方向オンライン授業』共編著(化学同人)、『「資質・能力」を育む高校化学』共著(化学同人)などがある。

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動画で見るWeb体験授業 これから求められる評価とは – 化学実験レポート考察記述の評価における表現力育成 –

変化の激しい時代に求められる「資質・能力を養う教育」

 
      
――まずは、後藤先生が研究されている「科学教育」の内容について、教えてください。


いま現在、主に取り組んでいるのは、人が理解をする仕組みや、「科学すること」「科学を教えること」について研究をしています。

例えば、文部科学省では教育において思考力・判断力・表現力の3つの力を養うことを重視しています。私の研究では、この3つの力を身に付けるために「科学がどのような役割を果たすのか」「年齢や発達段階、社会の変化に応じて、どのように理数系の知識を教えていけば適切か」ということを主軸にしていますね。

実践的な部分では、東洋大学理工学部・生命科学部の教員・学生と協力しながら、科学技術を持つ人材育成の仕組みを研究したり、企業と連携して理数科目の新しい教材の開発を計画したりしています。また、授業評価に関する研究にも取り組んでおり、理数教育に教員同士、または生徒・学生同士の相互評価を取り入れた場合、その意欲や思考力の結果にどのような影響を与えるのか、ということも調べています。

――理科や数学の授業というと、学年に応じて教える内容が決まっていて、いつの時代も同じように教えているのだと思っていました。先生の研究分野では「その教え方が適切か」ということを、科学と教育の視点から探っているのですね。

もちろん、学年ごとに教えなければいけないことは決まっていますし、基本的な内容と教え方は定められています。しかし、近年は想像をはるかに超えるような大規模の災害が発生したり、科学技術も凄まじい勢いで発展したりしています。そして、2020年から世界的に流行が拡大している新型コロナウイルス感染症も、子どもたちの教育に大きな影響を与えています。過去と同じ内容をただ教え、子どもたちはただ知識を身に付けるだけでは通用しない世の中になっているのです。これからも大きな変化が予測される世の中で力を発揮できるように「“得た知識を、使える知識に変えるための科学教育”を具体化する」というのが、自分の中では最近の大きな研究テーマになっています。

過去に国立教育政策研究所に所属していた時には、得た知識を使える知識に変えるためには「資質・能力」が大切であるという内容を書籍にまとめました。一般の方には聞き慣れない言葉かもしれませんが、「複数の分野の知識を横断的に組み立て、考える力」を指します。これは、今後の社会において国民として求められる力と言っても過言ではありません。今の世の中を生き抜くために、どのような力を身に付ければ良いのか。その力を磨くためには、理数教育はどうあるべきか。そのような視点で、アプローチを続けています。
   

「戦後最大の教育改革」と言われる学習指導要領改訂。何が変わるのか?


   
――先生が先ほどおっしゃったように、近年は社会が大きく変化しています。その中で実際に行われている教育について、教えていただけますか。

先ほど申し上げたように、社会の変化に応じて教育の形も少しずつ変化しています。最も大きな変化としては、学習指導要領の改訂が挙げられるでしょう。

学習指導要領とは、全国にあるどこの学校でも一定の教育水準が保てるように文部科学省が定めている教育課程の基準のことです。約10年に一度改訂されているのですが、今私たちが変化の瞬間に立ち会っているのは、「戦後最大の教育改革」と呼ばれるほど大きな改訂なのです。小学校は2020年度から、中学校は2021年度から、そして高校は2022年度から実施する教育に関する指導要領を「新学習指導要領」と呼ぶのですが、教育の中身がどう変わるのか、詳しくご存じですか?

――小学校でプログラミングの授業が始まる、というのは聞いたことがありますが…

その通りです。2020年度から、小学校ではプログラミング教育が必修化されました。他にも、小・中・高を通して英語の授業や道徳教育がより強化・充実化されたり、防災・安全教育などもこれまで以上に時間を割くことなどが定められています。私の専門とする理数教育の分野では、観察や実験を行う体験型の学習や、データを分析し活用する統計教育を通して、思考力を育む内容になりました。また、どの科目もこれまで以上に生徒が主体的な意見を示したり、対話によって発見を促したりする内容にブラッシュアップされています。こうした教育内容の変更には、“計算ドリルの問題で満点を取る人間ではなく、自分の持っている知識や人の意見を組み合わせて、新しいアイデアを創出する力を磨いてほしい”という教育業界の思いが込められていると言えるでしょう。

さまざまな教科で変更が生じていますが、その根幹には「人間性」「知識や技能」を身に付け、不測の事態にも対応できる「思考力や判断力」を身に付けられるように教育するというねらいがあります。最初に申し上げたように、今の時代は地震や大雨、そしてコロナなど想定外の事態が次々と起こります。急激に変化する時代の中で生き抜くための力を磨く、「令和の日本型教育」を示しているのが、新学習指導要領なのです。

このような話を聞くと、教育業界に革命が起きたかのような印象があるかもしれません。ですが、以前から高い教育の質を保っていた日本だからこそ、スムーズに、そして大きなトラブルもなく新しい学習指導要領に対応できているのです。

私は国立教育政策研究所に所属していた時に13~14か国を巡り、学校現場を視察しました。もちろん、国ごとに言葉も文化も異なるため、単純な比較はできませんが、日本ほど教育水準が高く、教育を受けられる機会も均等に近い国はないと感じました。これは世界に誇るべきことであり、教育現場の人たちは自信を持ってもいいと思います。

しかし、国内外の大規模な調査では、日本の生徒も教員も、自分の学力や教え方に自信がないことが明らかになりました。2020年の「高校生のオンライン学習に関する意識調査」の報告書からは、アメリカや中国、韓国に比べて日本の生徒は「自分は、勉強が得意な方だ」「私は人並みの能力がある」の項目で、「とてもそう思う」「まあそう思う」と回答した人の割合が低いことが分かります。日々の学習による自己肯定感が低いことが読み取れるのです。


出典:(独)国立青少年教育振興機関「高校生のオンライン学習に関する意識調査報告書-日本・米国・中国・韓国の比較-」〈令和2年5月発行〉より作成

また、OECD加盟国等の48か国・地域が参加するTALIS(国際教員指導環境調査)の2018年の調査では、児童・生徒の自己肯定感を高めることに満足感を覚えている教員の割合が、参加国の平均値より著しく低いことが分かります。教員が謙虚な自己評価を下していたり、他国の教員と比べて高い教育水準を目指しているために評価が低くなってしまっている可能性もありますが、平均値との差に驚く方も多いのではないでしょうか。


出典:文部科学省「OECD国際教員指導環境調査(TALIS)2018調査結果vol.1(令和元年6月19日公表)「我が国の教員の現状と課題 -TALIS2018結果より-」より作成

これらの課題がどんな問題を引き起こすのかというと、社会参加への意欲低下が当てはまります。生徒たちは学びの中で、根拠を明確にして自分の考えを相手に分かりやすく伝えることを繰り返し、自分の意見を発信する楽しさや面白さを実感します。そうして自分の思いに対する自信や自己肯定感を身に付け、社会の参画に興味を持つようになります。しかし、自分の意見に対して自信が持てない状態では、情報を主体的に発信することを不安に感じたり、消極的になってしまうということが考えられます。教員も同様に、「自分は子どもたちの自己肯定感の向上につながる教育を展開できている」と自信を持てれば、それはすなわち「今後の社会に良い影響をもたらす人材を育てているのだ」という自己肯定感につながります。ですが、TALISの結果を見る限りでは、そのような実感が持てずにいる教員が多いと考えられます。

つまり、極端に言ってしまえば、学びの自己肯定感が低い生徒や教員が多いことは「自分は人並みの能力を持っていないから、社会に影響を与えることはできない。だから、選挙に行って投票しても世の中を変えられないんだ」などという発想を持った人が増えることにつながる可能性があるのです。

実は、日本の若者の社会参画に対する意識が他国と比較して低いことも、日本財団の調査で明らかになっています。次のグラフは、各国の17歳から19歳にインターネットで意識調査を行った結果を示していますが、いずれの項目においても、日本は最下位になっていることが分かりますよね。


出典:日本財団「18歳意識調査『第20回-社会や国に対する意識調査』要約版」(2019年11月30日)より作成

日本の学生も、学びの中で自らの意見や行動に自信をつける習慣がつけば、「社会に対して自分は何ができるだろう?」「自分が発信した意見を社会に反映させるためにはどうしたら良いだろう?」と、社会に向けて能動的に行動することができるのではないでしょうか。そのためにも、新学習指導要領で重視されているように、根拠を明らかにして相手に伝える経験を重ねる教育が大切になるのです。

話題の「STEAM教育」が日本の教育業界にもたらすものとは


  
――先生のご専門でもある理数教育分野では、近年「STEAM教育」が話題になっていますね。

アメリカ発祥の新しい理数教育システムですね。「STEAM」は、Science(科学)・Technology(技術)・Engineering(工学)・Art(アート)・Mathematics(数学)の頭文字を示しています。複数の分野の知識を融合して物事を考え、クリエイティブな発想で創造し、問題を解決する手段を身に付けていく教育法です。このSTEAM教育の面白いところは、何といっても「Art」が含まれていることです。例えば、一つのお茶碗について考えるにしても、理数系の視点だけでなく、「なぜこの素材を使うのか」「なぜこの形をしているのか」「大量生産するためにはどのような工程にすべきか」など、広い意味での「デザイン」について考えることが求められます。その点で、Art分野の知識は非常に重要なのです。全ての物事は、色々な分野が融合して成り立っています。一つの教科だけを伸ばすのではなく、複数の分野の知識を組み合わせる力が伸びるのがSTEAM教育だと感じています。

一方で、ただ教科横断型の学びを展開すれば良いという問題でもありません。色々な知識を融合させるには、それぞれの分野でしっかりとした土台が整っていることが求められます。個々の学びが成立しているからこそ、初めて知識を融合させて物事を捉えることができるのです。アメリカから世界的に広がっているSTEAM教育ですが、日本でその教育法を展開するためには、数学や工学など、各分野の学びの基盤をしっかりと作ることができる環境や、自由な発想を促す学びの場を整えるというのも必要だと考えています。

――アメリカで始まった教育をそのまま受け入れるのではなく、「日本式」のSTEAM教育を考える必要があるということですね。

個人的な意見として、アメリカの義務教育はとても先進的なイメージがありますが、すべて同じ形で日本に持ち込む必要はないと考えます。日本のSTEAM教育を受けるのは日本の子どもですから、その子どもたちが創造性を養える理数教育を行うのが一番良い形だと考えています。STEAM教育だけでなく、理数教育全般に対して言えますが、理数科目を学ぶ一番のメリットは「世界共通の考え方」を身に付けられることです。歴史学や文学、法学などはその国の歴史や長く根付いてきた価値観に影響を受けやすく、歴史上の出来事に対してもさまざまな捉え方が生まれることが多くあります。対して、理数科目は基本的な考え方や論理が存在し、答えを導くために活用するというアプローチの仕方も世界共通です。世界的な事象を先入観なく見極めるためにも、これからの社会には理数教育で培う思考力が必要になると感じています。

また、日本の高校で行われる教育には、STEAM教育におけるEngineering、つまり工学的な視点が一層必要だとも感じています。普通制高校の授業では多くの場合、工学を扱いません。問いを立てて探究し続けるのが科学だとすると、探究から答えを導き出し、社会に還元するのが工学だと考えています。たとえば、授業の中で工学的な視点で探究し、「社会に役立つものを作りました!」と胸を張って言えれば、学習に対する意欲も向上するはずです。探究を繰り返して成功体験を積み、不測の事態でも対応できる知識と心を持った人材を一人でも多く育てること。これからのVUCA時代(※)に真に必要になってくるのは、そうした教育だと思います。新学習指導要領のもと、理数教育やSTEAM教育が今後の社会にどう影響を与えるのか、研究者としても非常に楽しみです。

※VUCA(ブーカ)とは、Volatility(変動性・不安定さ)、Uncertainty(不確実性・不確定さ)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性・不明確さ)という4つのキーワードの頭文字から取った言葉。あらゆる環境が目まぐるしく変化し、予測できない状態を表す。
    

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