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オレゴンサマープログラム(アメリカ異文化体験旅行)を実施しました

初日

成田から約9時間のフライトを経てポートランド空港に到着し、まずダウンタウンを散策しました。その後ローズガーデン、ピトック邸、そしてオレゴン州を代表する山マウントフットを遠景にポートランド市街を見下ろす絶景を見て、体内時計の調整を行いました。そしていよいよホストファミリーとの対面です。生徒たちは疲れと眠気のピークだったと思いますが、みんな笑顔で挨拶できました。

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2日目

昨日一日の振り返りをしおりに書いて提出してもらいました。 それを読むと、みんなホストファミリーに暖かく迎えてもらって嬉しかったという思いが伝わってきます。 文化の違いに驚いたり、言葉の壁に阻まれたりと、ある種の苦労を感じた生徒もいましたが、まさにそのような経験こそ、このプログラムが求めているものの一つに違いありません。我慢は禁物です。こういう時こそ積極的かつ適切に自己表現ができるよう知恵を絞ってほしいと思います。 本日から午前のレッスンが始まりました。先生は普段は公立の学校で教えている現地の先生たちです。またアシスタントとして私たちの生徒と同じくらいの年齢の学生が授業運営と会話練習のアシスタントに入ってくれています。 午後はまずスクールバスに乗って(クーラーがないので暑い!でも映画に出てくるものと同じ本物です!)フルーツピッキングに出かけました。オレゴンも日差しは強いです。しかし日陰に入れば涼しく過ごすことができます。何人かのグループで、思い思いにブルーベリーやブラックベリーを摘んで楽しみました。その後、スーパーへ価格調査に行きました。そのスーパーの広さ、商品の多さといったら・・・。配置も日本とは違うので目指す品物を探すのにも、店員さんを捕まえてちゃんと質問しなければなりません。いい勉強になったと思います。

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3日目

しおり(学習の記録)のやりとり等を通じて毎日生徒一人一人に様々なアドバスをしていますが、その中から1つご紹介します。まずは食事について。テイストの違いや分量の多さに戸惑っている生徒には、日本文化の紹介と家族の一員としての義務を果たす意味で、食材の購入から調理までをホストマザーと一緒にやってみようとアドバイスしました。どちらもホストファミリーとしては喜ばしいことですのでその申し出を断る理由はありません。また生徒にとってもホストファミリーと会話するきっかけになり、かつ自分の食べたいものを食べたい分量用意することができるとともに、言葉では説明しにくいテイストや分量の感覚を無理なく伝えることができます。 我慢は禁物。それならいかにして思いを伝えるか。単に論理的というだけでうまくいくというわけではない対人コミュニケーションのスキルも学んでもらえたと思います。 さて、本日の午後は警察署と消防署を訪問しました。警察署では実弾や警棒、手錠などを触られてもらいながらお話を伺いましたが、その警察官の方の日本語がとても上手で、それに加えてユーモアたっぷりに説明してくださったので、とてもおもしろかったです。

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4日目

本日も午前の授業で会話を中心としたコミュニケーション活動を行いました。 午後はポートランド州立大学を訪問しました。ポートランド州立大学(PSU)は東洋大学の教育提携校の一つです。我々の拠点は郊外にありますが、PSUはダウンタウンにあるのでハイウェイに乗って移動しました。現地では学生スタッフの方々が待ち受けていてくださり、4つの班に分かれて校内の見学ツアーをしました。その後、PSUにまつわるクイズラリーを行いました。生徒たちはクイズに答えるために構内(広い!)を歩き回ったり、近くの学生に質問をしてゴールを目指しました。その様子を見ていて感心したのは、とても自然に学生を捕まえて英語で質問できていたことです。日本語より先に英語が出てくるようになるまで、そんなに時間がかからないのだなぁと、改めて 認識した次第です。

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7日目

週末はみなそれぞれホームステイファミリーと楽しく過ごしていたようです。 例えばビーチサイドに行った家族がありました。こちらは寒流の関係で気温が低く、我々が拠点を置いている内陸部の暑さとは大きなギャップがあります。そのようなこともあって、夏とはいえ、水着で海につかっている人は一人もいない様子のようです。ビーチサイドの楽しみ方は主に避暑であり、適度に海風が吹くので凧揚げなどをして楽しむようです。 さて、本日はEPSONポートランドを訪問しました。現地駐在員の方から会社概要を説明してもらい、続いて工場見学をさせていただきました。最後には質疑応答の時間を設けてくださいました。生徒たちから出た質問の中で印象的だったのは、「お金」に関する質問が多かったことです。「従業員の賃金はどのくらいか」「あのロボットはいくらするのか」・・・。このように「お金」と書くとなんだか下世話な感じがどうしてもつきまとうような気がしますが、その部分に注目するよりも、生徒たちが興味をもって理解しようという気持ちを持ったことに注目したいと思います。 物事の価値を判断するのは理性というよりも感情の働きによるものです。「すごい」とか「かっこいい」という言葉は物事の価値についての表現であり人間の感情を表す表現です。生徒たちにとってあるいは私たち大人にとってもEPSONのインクカートリッジやその製造工程がいかに「すごい」のかは正直言って、残念ながら、よくわかりません。しかしながら、何千万円、何億円というように金額でその価値を示されれば、「すごい!」ということが感覚的にもわかります。 そういう意味で、生徒たちが興味を示し、わかろうとする気持ちを持ったことを嬉しく思います。

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8日目

本日は朝からラフティングに出かけました。往路3時間、川下り(ラフティング)3時間、復路3時間です。 ポートランドのダウンタウンを中心にすると、我々が拠点を置いているヒルズボロは西側にあたります。ラフティングを行うマーピンという場所は東側の地域です。 往路3時間の中でさよならパーティの最後にみんなで歌う「Take me home, country road(カントリーロード)」と「WAになって踊ろう」を練習しました。また途中でオレゴンを象徴する3千メートル級の山、マウントフットの景観を眺めました。 ラフティングではインストラクターの指導の下みんなで協力してパドルを漕いだり、水の中に飛び込んで遊んだりしました。樹がほとんど生えない乾燥地帯を大きな水量の川が流れていくのが不思議に感じた生徒も多かったようです。また川下りの最中に餌をとっているオスプレイを見ることができました。日本では軍用機の名前として有名ですが、こちらでは高校のシンボルマークに使われるほど人々に親しまれている鳥のようです。 復路では途中にマルトマの滝という観光スポットに寄り、景観を楽しみました。 今回のプログラムも後半戦を迎えました。この後も、学び多く一生忘れない良き思い出になるよう積極的に行動してもらいたいです。

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9日目

本日は午前中の授業の一部の時間を使って、「Take me home, country road(カントリーロード)」を歌う練習をしました。有名なフレーズ "♪ Country road, take me home, to the place I belong ♪"のところはまずまずしっかり声が出ていましたが、それ以外のところはもう少し練習せねばなるまい、という感じです。 午後は通りの向かいにあるFood Bankと呼ばれる施設を訪問し、ボランティア活動として、恵まれない人々のための食糧を仕分けする作業を行いました。粉ミルクの袋にラベルを貼って、決まった個数を箱に詰めるという作業です。最初こそ恐る恐る作業を始めた生徒たちですが、要領をつかむにつれてスピードが上がり、疲労でスピードが下がるどころかより効率が上がる人員の配置や細かな作業手順を編み出して、むしろ単位時間当たりの成果は増えていくのでした。 アメリカ人スタッフの方は、日本人ボランティアのこのような一般特性を知っており、毎回驚きを隠せないのだそうです。特にこのためのトレーニングを受けているわけではないのですから、かくいう私も本日の生徒たちの働きを見て「効率化」や「以心伝心」は私たち日本人のDNAの一部なのではないかと思ったほどです。 明日は日系レガシーセンターを訪問します。日系人がこのアメリカの大地でいかに生き抜いてきたのか。そのことに思いをはせながら、プログラムの終わりが始まります。

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10日目

午前中の授業は本日が最終日です。本日はこれまでの体験の振り返りを行いました。1年後の自分にこのプログラムで得た学びを思い出させるという設定で手紙を書きました。 午後は日系レガシーセンターを訪問しました。日本人が明治期に初めてアメリカに入植してから本日に至るまでの歴史を展示する施設です。現地では2名のスタッフの方がいらして私たちの到着を待っていてくれました。それぞれのスタッフについて2班に分かれ施設内のツアーと館外にある史跡のツアーを入れ替えで行いました。その後、日系3世の方からご家族が直面した第二次世界大戦当時のお話を伺いました。アメリカ日系人の歴史上最もインパクトのあった出来事は、第二次世界大戦中の強制収容だそうです。真珠湾攻撃からほどなくして西海岸に住む日系人の強制収容が始まります。そこはトイレにも事欠くような厳しい生活環境であったようです。そのような環境下でも当時の人々はよりよく生きるために、自ら田を耕し配給の品よりも自分たちで作った白米を食べる努力をしたそうです。収容所生活を余儀なくされた人々の心は理不尽な仕打ちに対する怒りに満ちていたのかというと、そうではなくて、むしろ「仕方がない」という雰囲気であったそうです。 戦後、ロナルド=レーガン大統領は公式に日系人の強制収容を謝罪し、存命の方には補償を行いました。 明日はさよならパーティです。歴史を知り、人種や言葉の壁を乗り越えて、家族として受け入れてくださったホストファミリーの方々に感謝の気持ちを伝えてほしいです。

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11日目

午前中は公共交通体験として、いわゆる市バスに乗車してショッピングモールに出かけました。生徒たちは個人のお土産を買ったり、夕方のさよならパーティで必要なものを調達したりしました。 午後はさよならパーティーの準備です。まずそれに先立って、個々に2週間撮りためたファミリーとの思い出写真をアルバムにまとめる作業をしました。このアルバムは旅の終わりに感謝とともにファミリーに差し上げる予定です。その後みんなで会場のセッティングや飾りつけ、そして浴衣・甚平に着替えをしてゲストの到着を待ちました。 夕方6時からさよならパーティーを始めました。到着順にファミリーと浴衣・甚平姿でアルバム最後の写真を撮りました。(チェキ)今度は生徒たちがホストとしてファミリーを迎えます。「折り紙」「書道」「けん玉」「スーパーボールすくい」の各ブースを設け、生徒たちがインストラクターとなってファミリーに体験を楽しんでもらいました。そして「Take me home, country road」の合唱。音楽が途切れ途切れになるハプニングもありましたが、ある男子生徒の機転でそれも笑いに変え、笑顔で歌い切ることができました。(WAになって踊ろうは取りやめました) さよならパーティは実行委員の毛利さん、森さん、山口さんがリーダーシップを発揮し、みんなをまとめ成功に導くことができました。リーダーシップというのは大人でもなかなか持ちえない卓越した技能です。何事によらず技能というものは、失敗しながら長い年月をかけてようやく習得されるものです。特にリーダーシップの習得が難しいのは、失敗のリスクが他者を巻き込む可能性が大きいことです。このような理由から多くの人々は、大人になってもリーダーシップの技能を持ち得ないでいます。毛利さん、森さん、山口さんはわからない部分は上手に教員の助けを借りながら見事にやり切ることができました。今回の経験をぜひ記録に残し、折に触れて振り返りながらさらに技能の習熟度を高めていってほしいと思います。 リーダーがリーダーシップを発揮するためには、当然メンバーの協力が必要です。みんなよく協力してがんばりました。

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