己の指導を貪欲にアップデート。チーム育成のため、日々実直に。 己の指導を貪欲にアップデート。チーム育成のため、日々実直に。

02 競歩・池田、川野をささえる人 酒井 俊幸 02 競歩・池田、川野をささえる人 酒井 俊幸

選手から監督へ。帰ってきた母校で再び陸上の道を極める。 選手から監督へ。帰ってきた母校で再び陸上の道を極める。

母校である東洋大学の監督となるまで、どのような経験をされましたか?

東洋大学の監督に就任する前は、故郷である福島県で高校の陸上競技部の指導をしていました。大学の陸上競技部を1999年に巣立って実業団の選手として競技を続けている時から、「いつかは指導者になりたい」という想いがあり、念願叶って高校の陸上競技部顧問になったのが今から15年ほど前ですね。顧問時代は部員と一緒にトラックを走りながら実例を示し、背中で引っ張るということを大事にしていました。教え子たちへの責任と思い入れが強く、実は東洋大学から監督就任の打診を受けた際に一度お断りしたのですが、私の意志を継いで生徒たちを育てる体制が整ったことを機に、2009年、東洋大学陸上競技部長距離部門の監督に就任しました。それから現在まで、指導者として成長し続けられるよう一日一日全力で励んでいます。

対照的な両者が互いに目指す世界一。 対照的な両者が互いに目指す世界一。

川野将虎選手はどのような選手でしょうか。

川野は入学前から同世代のトップ選手で身体能力も高く、当時から大学生では挑戦する選手が少ない50km競歩への出場を目指して練習をしていました。有名選手として東洋大学に入学しましたが、その後の大会で池田に敗北を喫することになります。しかしそれで挫けてしまわないのが川野のすごいところ。負けを素直な心で受け止めて糧にしたことで、現在は50km競歩における日本記録保持者へと昇り詰めました。そしていち早く東京五輪への出場の切符を掴み、「革新」をテーマに世界記録の更新を目指して着々と歩を進めています。

池田向希選手はどのような選手でしょうか。

池田を語るうえで外せないのが、「マネージャー業務と兼任での入部から、努力を重ねて今のレベルに到達した」ということ。マネージャーでも良いのかと問う私に対し、それでも入部を熱望してきた力強い眼差しは今も強く印象に残っています。高校3年の冬から先行して始めたトレーニングの努力はすぐに花開き、大学1年の5月に行われた関東学生陸上競技対校選手権大会でいきなり2位を獲得。その後もめきめきと成績を伸ばし、2019年には20km競歩の世界ランキング1位も経験。日本を代表する競歩選手の1人へと成長を遂げました。池田と川野は、歳も同じで仲も良く、切磋琢磨し合える関係を築いているようです。

的確かつ明瞭な指導でジリツできる選手を育てる。 的確かつ明瞭な指導でジリツできる選手を育てる。

指導にあたり、気を付けていることを教えてください。

誰にでも伝わりやすい指示になるよう、伝え方には特に気を付けています。たとえば文章で伝える場合も冒頭に要旨や結論を書き、一文は短く箇条書きで。それでも毎回、反省の繰り返しです。また、長距離部門に所属する50名を超える部員それぞれの状況に寄り添いオーダーメイドの指導ができるよう、選手の観察→選手の理解→指示の振り返り→次回の指示内容の修正→今後の指導の発展、という一連のサイクルを毎回実行しています。文武両道、選手が陸上競技だけでなく学業にも励めるよう細部にまで気を配るのが監督の責任です。近年はIT技術も駆使し、選手のフォームを映像で撮影したり、選手の体調記録のデータ化、学生スタッフ・マネージャーらとの情報共有などを行い、指導方法の精度向上に努めています。競歩は気温や天気、路面状況など思い通りになることの方が少なく厳しい競技ですが、そんな中でも「自律」し「自立」できる池田・川野の大舞台を、是非楽しみにしていてください。

肩掛け鞄

陸上競技部の卒業生が働くかばん店「一澤信三郎帆布」で作られた鞄。
雨に強く、練習や大会の時にはいつも一緒です。

怯まず前へ 酒井 俊幸

PROFILE

酒井 俊幸 / SAKAI TOSHIYUKI

【所属】
陸上競技部(長距離部門) 監督

記事の内容は取材当時(2019年12月)のものです。

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