東洋大学とオリンピック History of Toyo University with the Olympic and Paralympic Games

13.TOYO SPORTS VISIONの誕生

これまで東洋大学は数々のオリンピアンそしてメダリストを輩出してきました。しかし、オリンピック・ムーブメントの推進という点では、東洋大学は他大学の後ろ姿を追いかけてきたと言わなければなりません。前述したように、1964年の東京オリンピックでは数多くの学生が選手村に入って活躍しましたが、大学を挙げて組織的かつ計画的にオリンピックに臨んだわけではなかったからです。

こうした過去から学び、東洋大学では2020年のオリンピック・パラリンピック東京大会に向けて周到な準備を重ねてきました。2014年6月の組織委員会との連携協定締結を受けて、翌年には学内に「2020東京オリンピック・パラリンピック連携事業推進委員会」を発足させ、オリンピック・ムーブメントを担う組織的基盤を築き上げたのです。

2016年6月、東洋大学がスポーツを通じて豊かになろうとする宣言として、“TOYOSPORTSVISION”が打ち出されました。その基本理念には、「スポーツを『哲学』し、人と社会と世界をむすぶ。」と高らかに謳われました。具体的なビジョンは、[1]スポーツを「する」人「みる」人「ささえる」人の育成、[2]スポーツを通じた「グローバル人財」の育成、[3]スポーツに関する「学術的アプローチ」の展開、[4]スポーツを通じた「地域連携」の促進です。

およそ130年の歩みを経て、東洋大学とスポーツは井上円了博士より脈々と受け継がれてきた『諸学の基礎は哲学にあり。』との建学の精神に包まれて融合し、オリンピック・パラリンピックの自国開催をきっかけに“TOYOSPORTSVISION”として結実したのです。

 

以上、東洋大学とオリンピックの関係史を紹介してきました。私立哲学館時代より醸されてきたスポーツを愛好する風土は、1964年の東京オリンピックをきっかけに幅広い種目にわたるオリンピアンを生み出す環境を育み、それが今日の躍進に繋がっているのです。こうして歴史を遡る時、私たちは先人たちのたゆまぬ努力の蓄積が東洋大学の“いま”を創造していることに気が付きます。東洋大学で培った“哲学する心”はアスリートの血となり肉となり、国際舞台に打って出ようとする原動力として130年の時を越えて継承されてきました。

近代オリンピックは、スポーツを通じた人間教育・国際交流・世界平和を理想とする壮大なムーブメントです。ここに、種目別の世界選手権とは一線を画する価値があります。IOC(国際オリンピック委員会)のバッハ会長は、オリンピックに集うアスリートを「最高の親善大使」と表現しました(『毎日新聞』2014年2月8日夕刊)。東洋大学出身のオリンピアンが、これからも“親善大使”としての役割を全うし続けることを願って止みません。

 

【主な参考文献】

  • 『東洋大学新聞』東洋大学新聞学会、1926年~
  • 『第18回オリンピック競技大会報告書』日本体育協会、1965年
  • 『第十八回オリンピック競技大会公式報告書 上・下』オリンピック東京大会組織委員会、1966年
  • 『東洋大学報』東洋大学、1969年~
  • 「東洋大学百年史年表」『東洋大学史紀要』2号、東洋大学百年史編纂室、1984年
  • 『図録 東洋大学 100年』東洋大学、1987年
  • 『東洋大学百年史 通史編I』東洋大学、1993年
  • 『東洋大学百年史 通史編II』東洋大学、1994年
  • 『東洋大学百年史 資料編II・下』東洋大学、1994年