(中学3年)2019年度 沖縄テーマ学習|調べ学習、レポート作成

2019年9月7日(土)、21日(土)、28日(土)、10月5日(土)

20190928PCを使った調べ学習

目次

 10月22日から10月25日に修学旅行で訪れる沖縄について、沖縄の「平和」「自然・文化」から自分が取りあげたいテーマを一つずつ選び、沖縄テーマ学習を行っています。10月初旬頃まで、ロングホームルーム、道徳の時間、総合的な学習の時間(キャリア・フロンティア)に、平和と戦争、沖縄の独自性、多様性を中心に考察を深めることを目的としています。

 調べ学習の時間以外にも社会科や英語の時間に沖縄の歴史について学んだり、沖縄で育ったALTの話を聞いたりして沖縄について理解を深めています。

調べ学習とレポート作成の様子

20190921PCを使った学習 20190928 

沖縄テーマ学習の様子 沖縄テーマ学習の様子

 各自が調べた内容、自分の考えをレポート2枚にまとめ、資料集として修学旅行に持参します。

テーマ一覧

平和について

沖縄戦について、基地問題について、世界の戦争/平和について

文化・自然について

【共通】

 サンゴ礁の白化について(自然環境保護の観点から)

【選択】

 沖縄の食文化、沖縄の自然環境(マングローブなどの植生)、沖縄の気候、グスク(首里城)、ウチナーグチ(島言葉)、ハブ、石垣島と西表島、伝統芸能など

資料集(生徒作成のレポート集)

沖縄戦について

  • 日本は米国やイギリスと太平洋戦争をした。米国は沖縄を占領して日本本土を攻めるための基地として使おうとして、これに対し日本は、日本本土に攻め込まれたら困ると考えて、沖縄になるべく米軍をひきとめて時間をかせぐ持久戦の戦いをたてた。そこで時間稼ぎをするために、住民が軍人にさせられたり、手伝いをさせられた。一方、米軍は沖縄住民を殺さないようにと命令されていた。しかし、日本軍が住民の服装を着て米軍を殺し始めたので、米軍は住民でも殺すようになった。こうしたことで、軍人よりも住民の命の方が多く失われたといわれる。住民はこうした米軍の行動から逃れるためにガマという穴に入った。しかし、米軍もそれを見落とすわけがなく、ガマの中に火炎放射器を放った。ガマの中に入っている住民を米軍は助けようとしたが、「米軍に捕まるのは恥だ」ということで、自分で手榴弾を持ち、自殺(民族自決)をした。そうしたことがあったから、沖縄戦の教訓として「軍隊は住民を守らなかった」といわれている。そのあとは、米軍は日本全体を占領し、基地を各地につくった。

サンゴ礁の白化について

  • 引き金は海水温の上昇?まず白化とは共生藻がサンゴの体内からほとんどいなくなり、透明なサンゴの体の奥の白い骨が透けて見える過程のことを言います。サンゴに害のない水温26度でも強い光を浴び続けると、サンゴは次第に触手を引っ込め、口から共生藻をはき出します。30度を上回ると弱い光でもこうなり、5日後はすっかり白くなります。それが白化です。白化になったサンゴは、共生藻の激減で酸素やエネルギーを十分得られず、栄養失調状態になります。その結果、死んだり、生き延びても成長が遅く、元気な卵や精子を作れなくなります。これが減少の原因です。

紅型について

  • 「多彩な(紅)模様(型)染め」という意味から「紅型」という名前ができたと言われています。琉球王朝は中国、日本、韓国、東アジアの周辺諸国と海外貿易をしていました。数多くの貿易の中で紅型は、琉球独特な自然風土をただ反映したのではなく、模様の緻密さ、大胆さに簡略化するという両面をあわせもつ、まるで中国の豪華さもあれば日本のような優雅さもあります。そんな紅型を成立させたのが琉球王府です。紅型は古くから、身に着けた者への加護する意味を持っています。王族の女性、元服前の王子が琉球国内の行事で着るためにつくられました。琉球王府は、顔料・染料や型紙等の確保、王府お抱え絵師による下書きの制作、紺屋での制作管理など、完成に至る全工程を王は宇評定所の管理下に置きました。しかし、琉球王国が廃止された後、王府の援助を受けていた紺屋は続けられなくなりました。琉球王国後は王族・士族向けの高級品だったため、衰退していきました。しかし、大正時代以降は、本土の研究者や芸術家によって、その色鮮やかな魅力が一般にも広がりました。だが、第二次世界大戦で紅型の下絵や道具などのものが燃えてしまいました。一から、多くの人達の努力と思いで、今の紅型に蘇りました。そして現在では、紅型の振袖やカバンなど身の回りにあるものなどに変わってきています。