1. 附属姫路中学校 >
  2. 学校生活 >
  3. 修学旅行(高校) >
  4. これまでの修学旅行(中高一貫コース高校2年) >
  5. 修学旅行(高校) >
  6. (高校2年)2018年度「東北修学旅行」|震災学習作文集作成と修学旅行のしおり

(高校2年)2018年度「東北修学旅行」|震災学習作文集作成と修学旅行のしおり

修学旅行のしおり

 2018年10月23日(火)から26日(金)にかけて、中高一貫コースの高校2年生が「東北修学旅行」に参加してきました。修学旅行の事後指導として作成した「震災学習作文集」の紹介をしています。また、修学旅行のしおりについても一部掲載しています。

入力の様子 文集作成の様子

震災学習作文集

 

作文の一部抜粋

  • 南三陸町の語り部さんのお話を伺いに行く中のバスから見た景色は、どこを見ても工事中の作業現場で驚いた。津波が到達した部分は海水の影響で壊死し山の下部の木はほとんどなくなっていた。1つだけ建ち残っていた「防災庁舎」はとても印象的で、建物内の物やガラスなどすべて跡形もなかった。また、被災時に最後まで自分より他人のことを考えて行動し、住民に避難するよう必死に放送していた方の姿を放送を聞いた人が覚えていると聞き、彼女の働きはすごいと思った。
    震災ワークショップでは、正解はわからないから、いかに有効な手段を考え、行動するかをよく考えた時間だった。減災や自分の命を守るために、もしもの時の意識づけ、自分の避難場所や地域のコミュニティーなど事前から把握しておくこと、役割やルール決め、自律 (人に構いすぎるのもダメだし、頼りすぎない)することを学んだ。

  • 震災。少し遠い言葉。今私は本物のつらい震災にはあったことはない。だからこそ修学旅行で得たものは多い。自分の姉、兄、息子、様々な人を失ったガイドさん、ホテル観洋の従業員の娘さんの話はすべてが本物で私には想像はできても、その人がどんなに不安でつらくて心が壊れそうだったか全部を受け止めることはできない。しかしそのお話を聞いて、自分が他者に与えられることは増えた。それは不安や苦しみを少しでも和らげるために、自分が他者にできることである。例えば、震災における知識の発信、また本当に起こった時に自分から行動し、率先して引っ張っていくこと、そして他者を救うことである。学ぶことで、未来を少しでも変えることができると学んだ。今日学べたことに感謝し、他者を守るためにも、自分の今を大切にできる人でありたい。

  • 印象に残ったことがたくさんありました。東日本大震災は今まで遠い存在のように思っていましたが、改めて同じ日本で起こったとてつもないことだと痛感しました。ホテル観洋のお話では、公的な避難所ではないところの対応の仕方を聞き、地震が起きて生き残ることができたら生き延びるための手段を探すというのがとても納得しました。そして何よりも大切なのが現場対応能力だと思いました。想定外のことをどれだけ乗り越えることができるのか、自分がもし見ず知らずのおばあさんを助けることになったら一番良いだろうと思う策を胸をはってやろうと言えるようにするためにどうすればいいのか、普段何気なくしていることも勉強も、災害時に役立つかもしれません。

  • 三陸町で聞いた講話やホテルで話し合った内容はどれも7年過ぎてなお、はっきりと情景が浮かび上がるようなお話と内容の濃いお話をたくさん聞きました。その時の住人の方や積極性、想像をはるかに超えている中でどのように対応して今を生きているのかがとてもよく分かる日になったと思います。正直、7年も過ぎて私はもう東北は元気で元の姿に戻っているだろうと思っていましたが、まだ終わらない工事や消えることのない被災した方の傷がまだ土地には見え隠れしていて1995年の阪神大震災よりリアルに災害の恐怖を感じました。次はもしかしたら私たちの土地に来るかもしれない大地震と自分たちがどう向き合っていくかが大切な事だなと思いました。今回話し合ったことや感じたこと、思ったことを少しでも人に話していきたいと改めて感じた1日でした。

  • 私が生まれてから今まで、大きな災害にあったことがないからすっかり忘れていました。災害というものの恐ろしさを。阪神淡路大震災も東日本大震災もテレビでしかみたことがないので、他人事だと心の中で感じていたのだと思います。まず自分は避難場所を確認しようと思います。 災害というのはその時に人の命を奪うだけではなく、人口減少をもたらしてしまう、復興しようとしていても場所によってスピードが違うことなど、初めて知りました。今日、お話を伺った方は、1か月半電気のない世界、2か月間洗濯は川、水道は出ない。風呂は週2回だったそうです。なんて辛いのだろうと思いました。将来日本のどこかでまた大きな地震がおきたら、どういう風にすればたくさんの人が助かるのか、それはやはり一人一人がこういう災害のお話を聞いて対策をとっていくしかないのかと思いました。

  • 今、自分たちの座っているこのホテルも7年前には、地震や津波の被害を受けた場所なんだと思うと、とても他人事のようには思えなかった。建物や町だけでなく、人の心をも壊してしまう震災を乗り越えるために必要なことは、震災が起こる前からの防災活動と、だれかを思いやる心だと思った。私は実感を持てなくて、津波が来ても逃げられるのではないかと思っていたところがあったけれど、今日、東北を訪れて変わり果てた街並みをみて、「たかが津波、逃げられる」という少しの気の緩みが命取りになるのだと知った。少しでも多くの命を守るためにはこれまでの大地震の経験を風化させることなく、災害とは本当に恐ろしいことだと後世に伝えていくことが大切だと思った。

  • 当時、想定していた高台というものは「想定内」の津波で、当時起こった津波というのは「想定外」の津波でした。それは、設定されていた高台だけでなく町や山の奥の奥まで深く食い込むように人々を飲み込んでいきました。当時住んでいた人の頭には「大丈夫」や「ここまで来たら…」といった余裕を残すような思考があったようで、それが「想定外」の出来事への対処を遅らせたと語っておられました。その結果、たくさんの人の命が失われたのは否定したくても書き換えられない現実ですが、そのなかで当時放送にあたっていた方の「逃げて」という声で助かった人もたくさんいるというのもまた歴史に残っている事実です。その方は放送で訴えかけ続け津波がくるその瞬間まで人のために、また街のために貢献しました。最終的には、その方は亡くなってしまいましたが、彼女は間違いなくたくさんの人の救世主であり街の英雄の一人でしょう。現地に残っている建物からもその時の惨憺たる当時も様子が伝わってきます。その様子を現地に行き知ることができたというのは、不謹慎ではありますがとても幸いなことで貴重な体験ができたと深く思えました。
    今回の学習は一致団結して乗り越えていった当時の南三陸町の人たちの強さというものの一部をみることができました。私も大切な人を守れるように、学んだことを参考にし、また自分でももっと調べ、積極的に過去に触れ合い、残してつないでくれた知識・体験・経験を無駄にしないようその術をこれからもより深く学んでいけたら、と深々と思いました。

修学旅行のしおり

震災学習プログラムの実施時には、必ずメモをとるように指導しました。

修学旅行のしおり

修学旅行のしおり

別日の様子

学校紹介関連リンク

5分でわかる東洋大姫路中ってどんなとこ?

豊かな人間力を育む キャリア・フロンティア  先取り学習を可能にする 中高一貫の強み  一人ひとりの学力を伸ばす 少人数教育、学習環境  グローバル人材を育成する 国際交流プログラム  入学試験結果  東洋大学附属姫路中学校 10のアピールポイント