があると思うのです。 「伝統の堅持と歴史の創造」という方針を打ち出した塩川理事長は、一九九〇(平成二)年三月から具体的な行動を起こした。まず、都市型大学としての再生をめざして、懸案であった白山再開発に着工した。小高い白山台には戦前と戦後の校舎があったが、これらをすべて新築することを決意した。この再開発は都心地にある大学としてははじめての試みで、とくに一六階に達する高層の校舎をキャンパスの象徴とする総合計画であった。初期の計画では、開発費は約二〇〇億円を予定していたが、着工時にこれを約四〇〇億円に倍増させた。理事長は、「一〇〇年の伝統をもつ本学にはその力は十分にあると信じている」という確信に基づいていたからである。この再開発は一〇年以上の工期がかかるものであるが、これによって白山キャンパスはまったく生まれ変わることになる。これに続いて四月には、創立者井上円了の思想と行動、東洋大学の歴史などの研究のために、「井上円了記念学術センター」を、日本の大学ではめずらしい法人立で設立した。この研究機関を通して、時代にふさわしい東洋大学の建学の精神を堅持しようとしたので276
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