ショートヒストリー東洋大学
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をそなえていたし、早稲田大学も大口寄付者により短期間に一〇〇万円以上を募金することができた。神道系の国学院大学の場合、宮内省からの下賜金、岩崎・三井両家からの寄付金、認可した大学に出される文部省の補助金、院友その他の財界人などの寄付金を合わせて、五〇万円の供託金の見通しをつけることができた。しかし、一九二〇(大正九)年の私立の専門学校は六二校であり、昇格したのは二五校と半数を下回り、大学への昇格の条件がかなり困難なものであったことを物語っている。表7 私立大学の設立状況第五章 苦難の昇格運動1351920(大正9)慶応義塾大学・早稲田大学・明治大学・法政大学・中央大学・日本大学・国学院大学・同志社大学1921(大正10)東京慈恵会医科大学1922(大正11)竜谷大学・大谷大学・専修大学・立教大学・立命館大学・関西大学・東洋協会大学(のちの拓殖大学)1924(大正13)立正大学1925(大正14)駒沢大学・東京農業大学1926(大正15)日本医科大学・高野山大学・大正大学1928(昭和3)東洋大学・上智大学1932(昭和7)関西学院大学(『東洋大学百年史 通史編Ⅰ』p.648)設立年 大 学 名 称

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