CATALOG 井上円了
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8向かって右側から、ソクラテス、釈迦、孔子、カントが描かれた異色の集団肖像画である。井上円了の依頼に応じて、日本画家·橋本雅邦(1835-1908)によって制作されたもので、画面右下に朱文重郭方印「雅邦」が捺されている。本図は『雅邦翁墨妙集』に戴録されており、雅邦作品の愛好団体·生輝会が主催した第1回橋本雅邦翁絵画展覧会(明治32年)にも出品された。本図は円了の哲学観を象徴する作品であり、釈迦と孔子が東洋を、ソクラテスとカントが西洋を代表する「哲学者」として描かれている。図像的に見ると、釈迦は「出山釈迦図」、孔子は「行教像」の像容で描かれており、江戸狩野派に学んだ雅邦にとっては馴染み深い、東洋絵画の図像伝統に立脚したものである。他方、ソクラテスとカント像は、雅邦にとって未知のものであり、円了の示唆なくしては制作が困難だったにちがいない。本図の下絵が『雅邦素草稿集』に掲載されており、四聖の面貌描写には特に注力していた様子がうかがわれる。異なる宗教や思想の聖賢が同一画面内に描かれる画題としては、儒仏道の「三教一致」思想に由来する「三酸図」や「虎渓三笑図」などがある。しかしそうした画題では、画中の人物が共同で一つの物語を形作るのに対し、あくまで本図は四聖の肖像画として描かれている。そのため、四聖は互いに視線を交わすこともなく画面内に並立している。雅邦は明治20年代前半に、円了が学生時代に薫陶を受けたアーネスト·F·フェノロサ(Ernest Francisco Fenollosa 1853-1908)や、岡倉覚三(天心 1863-1913)の主導した日本画革新運動に参加した経験があり、本図のような「新奇」とも言える画題に柔軟な思考を働かせることができたのであろう。001四聖像⦿絹本着色、掛幅 ⦿橋本雅邦画 ⦿明治20年代⦿東洋大学井上円了研究センター蔵

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