CATALOG 井上円了
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12345678927長遠寺住職の時には幼少期の石橋湛山(第55代内閣総理大臣 1884-1973)を養育したことでも知られている。このように巡講を行いながら、明治36年施行の専門学校令を受け、翌37年4月から大学部·専門部を設置した私立哲学館大学の資本金寄付を集めている。第2号雑報の「哲学館大学資本寄附金一覧(一月及二月分)」には、2円以上の寄附者と金額が記されているが、山梨県内の人名·団体が半数以上を占めている。そして、この記事に続けて「甲州各地寄附金募集結果報告」とあり、円了の巡講場所にあわせて滞在日数と寄付金額が記され(〔表〕参照)、総計488円52銭の寄付を集めている。円了の巡講活動は、明治39年に哲学館大学学長を退隠するまでは学校への寄付金募集もあわせて行った。大学から離れると、その後は国民道徳の普及と哲学堂の建設·拡張を目的として亡くなるまで精力的に続けられている。(龍澤 潤)017修身教会雑誌 (第2号) 『修身教会雑誌』は、井上円了が哲学館事件を機に国民全体に修身教育を広めるべく、明治36年(1903)に設立された修身教会の機関誌である。雑誌の内容は、修身に関する講話や雑録などであるが、円了の全国巡回講演(巡講)の一端を見ることもできる。例えば、第2号の雑報には「井上哲学館主甲州巡回記」があり、明治37年1月15日から31日までの17日間の巡講について確認することができるが、これについて具体的に紹介していく。甲府到着の翌16日に甲府桜町にあった芝居小屋「桜座」を皮切りに、第一中学校(現山梨県立甲府第一高等学校)など計16ヵ所で講演会を開催したほか、2ヶ所で茶話会を行っている。巡講は哲学館出身者などの発起人がおり、例えば20日に中巨摩郡鏡中条村の長遠寺にて行った巡講は、住職·望月日謙(1865-1943)の発起によるものであった。日謙は、この後日蓮宗総本山である身延山久遠寺第83世法主、日蓮宗管長、立正大学長を歴任した人物で、金額(円)¥96.50甲府市(甲府市)地域( )内は現在の地名¥60.77南巨摩郡増穂村(富士川町)¥54.50北巨摩郡韮崎町・龍岡村(韮崎市)¥38.00南巨摩郡鰍沢村(富士川町)¥33.50北都留郡猿橋駅(大月市)¥33.00東八代郡英村(笛吹市)¥32.10西八代郡市川大門町(市川三郷町)¥30.00中巨摩郡鏡中条村(南アルプス市)¥29.05東山梨郡塩山・勝沼村(甲州市)10¥24.00南都留郡瑞穂村(富士吉田市)11¥23.60南巨摩郡西島村(身延町)12¥13.50南都留郡谷村町(都留市)13¥11.00北都留郡大月駅(大月市)14¥9.00東山梨郡日下部村(山梨市)⦿安藤弘編、修身教会雑誌発行所発行 ⦿明治37年(1904)3月発行⦿東洋大学井上円了記念博物館蔵〔表〕甲州各地寄附金募集の結果※表記は『修身教会雑誌』第2号(付録p.4)内における記事の記載順序によった。1日1日0.5日1日1日1日1日1日1日1日1日0.5日1日滞在日数2.5日

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