CATALOG 井上円了
16/64

16の日本より未来の発展段階として論じられ、明治期に流行したSF小説との関連もうかがえる(横田順彌『近代日本奇想小説史 明治篇』、Pilar Press、2011年)。西欧ではJ·スウィフト(Jonathan Swift 1667-1745)の『ガリバー旅行記』(1726年刊)や、ヴォルテール(Voltaire 1694-1778)に代表される18世紀の哲学小説の多くも、異界·異国への旅を思考実験と社会風刺の手段としてきた。一方、平賀源内(1728-1780)の『風流志道軒伝』(1763年刊)に始まる江戸期の異界遍歴譚の系譜も考慮すべきであろう。とくに登場人物間の対話を通じて老荘的教訓を語る遊谷子の『異国奇談和荘兵衛』(1774年刊)は明治期にまで及ぶ多くの追随作を生み、『星界想遊記』とも重なる点が少なくない。国文学者の関根正直(1860-1932)は、円了の妖怪学が江戸期に多数刊行された通俗教訓書に似て、学者として重要な社会的役割を果たしているのだと賞賛する(『通俗絵入 妖怪百談』巻末)。哲学の通俗化·実践化を目指した円了にとって、我が意を得たりというところだろう。この思想小説もそうした工夫のひとつと考えられ、実際に江戸期の教訓小説を参考にした可能性は高い。円了は他にもよく知られた文書のパロディや歌といった様々な表現形式を試みており、今後再評価されていくべき一面である。(井関 大介)008星界想遊記本書は井上円了が修善寺温泉逗留中に見た夢中の空想をもとに書き上げたという、異界遍歴譚の形をとった思想小説である。主人公の「想像子」は深夜独り思索するうちにまどろみ、夢の中で地球と同じような国土が無数に点在する「星界」へと到る。そこで彼は不老不死の極楽世界を求めさまよい、家族制さえ存在しない完全な共和制の「共和界」、経済原理のみで治まる「商法界」、女尊男卑の「女子界」、高齢であるほど社会的地位が高まる「老人界」、誰もが学者であり科学力に秀でた「理学界」を順に訪ねるが、不死は得られず、またどの政体にもそれぞれの「圧制」があることに失望して去る。最後に行き着くのが「哲学界」であり、まさしく死はおろか一切の苦が存在しない永遠の理想世界であるが、そこで出会った釈迦·孔子·ソクラテス·カント(円了の尊崇した「四聖」)から、まず地上世界において社会的な義務を果たすべきであり、そのように生を全うした者だけが「哲学界」に住むことができると諭され、もとの一室で目覚めるのである。ユートピア思想の小説的表現としては、円了とも会っていた康有為(1858-1927、本書p.25参照)の『大同書』(1902年頃成)への影響関係が指摘されている(坂出祥伸『改訂増補 中国近代の思想と科学』朋友書店、2001年) 。また、各世界は当時⦿井上円了著、哲学書院発行  ⦿明治23年(1890)2月24日発行⦿東洋大学附属図書館蔵

元のページ  ../index.html#16

このブックを見る