10られている。ともすれば従来、円了が東大で学んだのは主に「西洋哲学」であったという漠然としたイメージがあったが、『稿録』の中で参照されているのは、科学や心理学、生物学、歴史学など多様な学問分野にわたっており、また当時広い意味での「哲学」に分類されていたものの中にも、倫理学(当時「モラル·サイエンス」と呼ばれたイギリス系の倫理思想)や宗教学、人類学、社会学、論理学等々に関わる様々な文献が含まれている。また、さらに言えば、当時欧米で盛んになっていた東洋学についての学習の痕跡も見られる。先に挙げたシュルツァの研究をはじめとする『稿録』についての詳細な研究は、ややステレオタイプ的に理解されがちであった円了の「西洋哲学受容」のイメージを、今後大きく変化させる可能性を帯びている。(長谷川 琢哉)002稿録「明治十六年秋 稿録 文三年生 井上円了」と表紙に書かれた手書きのノートは、昭和48年(1973)に東洋大学附属図書館の未整理資料の中から発見されたものである。『稿録』と通称されているこのノートは、東京大学哲学科に在籍していた井上円了の自習ノートであるとみなされている。円了研究者であるライナ·シュルツァによれば、『稿録』は主に当時の東京大学図書館に所蔵されていた英語文献からの抜粋と、書籍名の目録などによって構成されている(ライナ·シュルツァ「井上円了『稿録』の研究」、『井上円了センター年報』第19号)。そこには、実に59冊の文献の抜粋と、およそ220冊にも及ぶ洋書名が挙げられており、東大時代の円了の学習を具体的に示す貴重なドキュメントとなっている。そして近年では、『稿録』の内容にも詳しい分析が進め⦿井上円了筆 ⦿明治16年(1883)⦿東洋大学附属図書館蔵
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