東洋大学史ブックレット11
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しょう。敗戦によってそれまでの価値観・倫理観が変わっていく中で、坂口はそれが人間のもつ本来の姿であり、生きていくための当然の帰結だとしました。こうした論調の中には、仏教でいう「諸行無常」、道家の「自ずから然る」などの思想を垣間見ることができるといわれます。タイトルと内容がきわめてセンセーショナルであったことから大きな反響を呼び、以後、坂口の文筆活動の基盤にもなりました。織田作之助・太宰治等と共に坂口は戦後派文学の第一人者として論評に、あるいは小説にと作品を発表しましたが、その多忙な生活を支えたのが戦後広く出回った覚醒剤でした。このために中毒症状を来たし、ついには幻聴・幻覚にも悩まされるようになり入院。一旦は回復したものの結局薬物への依存はその後も続き、時には錯乱し、時には鬱状態に陥るなど精神状態は不安定であったようです。昭和三〇(一九五五)年、脳出血のため死去。行年四八歳。人物で見る東洋大学 18

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