ともむずかしいとする人名・地名などを驚くほどよく覚えておられました。しかし、先生は、博覧強記の人に免れない短所として、ただ種々雑多の事項をよく記憶することにとどまらず、これらの材料を統合し案配して新形式を構成すること、または独創新奇の思想を造出することが、もっとも得意とするところでした。……私は『妖怪学講義』のお手伝いをいたしたときに、とくに先生の構想力の偉大なことを感じました。この講義は哲学、宗教、道徳、天文、理科等の諸部門に分かれ、各門がまたいくぶんの章節に区分せられておりまして、二カ年にわたって発行された膨然たる大著述でした。ところが、先生は第一に多年収集せられた山となす材料を整理して、各部門各章節にそれぞれに案配して、この材料は何部門の何章何節にといちいち記入しておき、それから後に各部門の首章より次第に口授して、これを私たち門下生に筆写させたのです。その適所にそれぞれの材料を挿入する技は、整然として一糸乱れないものでした。そればかりではな 五 哲学館の危機と妖怪研究29
元のページ ../index.html#33