シンポジウム開催の主旨
Purpose of the symposium
中小企業の事業承継は、家族の歴史をつなぐ作業でもあります。そこには親子の絆もあれば、葛藤も存在します。では、どのような点に気をつければ、事業継承がうまくいくのでしょうか。東洋大学の研究者は、それぞれの専門分野の視点から、より良い方法や留意点を導き出す研究を続けています。実際に事業継承を経験した経営者4人は、自身が抱えた葛藤や壁を乗り越えたターニングポイントについて赤裸々に語りました。その一つ一つが、明日へのヒントになりました。

ファシリテーター
東洋大学経営学部教授 山本 聡 氏
開会の挨拶
Opening remarks
開会にあたり、東京東信用金庫の吉田誠理事長が挨拶を行いました。吉田理事長は、事業承継について同金庫で約3000社の経営者にアンケートを実施したところ、「約14000社の経営者の方が親族内承継をしたいと考えているものの、どのような形で進めたらいいのか分からないという声もいただいております」と紹介しました。その上で、「本日は事業承継を経験された4社の経営者の皆さんの実体験、東洋大学の先生方による研究発表を聞かせていただけるということで大変楽しみにしております。当金庫の支店長もお客様のニーズをとらえるために参加させていただいております」と述べました。

東京東信用金庫 理事長 吉田 誠氏
講演1 東洋大学教授による研究紹介
プログラム
Program
講演1 中小企業の事業承継 ~親子の絆と葛藤~
「ファミリービジネスとしての中小企業」
経営学部 教授 山本聡氏
後継者のやりがいとストレス
中小企業の大半はファミリービジネスであり、地域経済の担い手です。そのため、日本にとって重要な存在です。その最大の力の一つが、家族の力、歴史になります。先代経営者が今までやってきたこと、そのアイデンティティをいかに受け渡していくか。つまり世代を超えて、中小企業という1つの組織の中で、自分たちの生き方、生きる意味が連鎖していく。それが事業承継なのだと思います。
そこには光もあれば影もあります。家族、とくに親子関係には、どうしても感情が介在します。それが事業承継に大きな影響を与えてしまう。これまでの研究では、男性後継者の方は、「父親の影」を乗り越えるといった語りが多くなります。一方、女性後継者の場合、家庭内で、様々な役割を同時に担う傾向が観察されます。こうした中で、後継者のやりがいとストレスについて考察を行いました。その結果、男性と女性によっても違いがあることが分かってきました。
講演1 経営者の「燃え尽き」を科学する
―なぜ、創業者と後継者ではストレスの正体が違うのか―
社会心理学が明かす、次世代へ「健やかな心」をつなぐヒント
社会学部 教授 尾崎由佳氏
後継者のバーンアウトを防ぐ3つのヒント
中小企業経営者のメンタルヘルス(心の健康)が隠れた経営リスクになり、そのレジリエンス(逆境に対する心の耐性)をいかに高めるかが経営課題になっています。53名の経営者にアンケート調査に協力していただいて分析した結果、「やる気」「やりがい」が低下する心理的離脱の傾向が、創業者と承継者で違うことが分かりました。創業者はストレスに対するレジリエンスが強い一方、承継者は燃え尽き(バーンアウト)のリスクが高い。会社を守らなければいけないなどの義務感が重荷になっているからと考えられます。解決のヒントは①経営者という役割を脱ぐ場所・時間の確保②モチベーションの再定義③家族間でのコミュニケーションです。次世代に引き継ぐのは「志」と「健やかな心」。このご報告が明日への対話のきっかけになれば幸いです。
講演1 あなたのストレスはどこから?
一心拍数や脳機能計測から推測するストレス因子の解明を目指して一
食環境科学部 教授 髙鶴裕介氏
生命科学部 教授 川口英夫氏
潜在的にストレスに弱い隠れ「パンチドランカー」を救うため
ストレスとは何でしょうか。脳がストレスを感じると、それに対抗するストレスホルモンが分泌されることで、ストレスと戦うことができます。では、もし脳がストレスを感じることができなくなったら…。本当はダウンしているのに、勝っているような錯覚に陥ってしまう状態が危険で、あるところで突然パタッと倒れてしまい、「パンチドランカー」になってしまうかもしれません。我々は「社会的ストレス負荷課題(TSST)」という手法を用いて、実際に心拍数や唾液を測定することでストレスの客観的な評価をする研究に取り組んでいます。それにより、潜在的にストレスに弱い、隠れ「パンチドランカー」を救えるのではないか。最終的には経営者の皆さんが楽しく、適度なストレスの中で成長していけるような社会を築けていけたらと思っております。
講演2 中小企業による講演 中小企業事業承継 ~親子の絆と葛藤~
プログラム
Program
講演2 知識も経験もない文系後継者が選んだ内部融和
槇野産業株式会社
代表取締役社長 槇野雄平氏
父親を「反面教師」に、「本当はこう思っていた」を引き出す
理系出身の父親は、知識も経験も豊富なリーダーでした。自分は文系出身で知識も経験も少なく、父親と同じやり方では、社員を引っ張ることができないと考えました。餅は餅屋に任せる、「本当はこう思っていた」という社員の思いを、事前に引き出すなど、父親を「反面教師」にして、自分のやり方で会社を成長させていこうと考えています。
講演2 偉大な父がいなくても続けていける会社にするため
株式会社安心堂
代表取締役 丸山有子氏
今思うこと 事業承継は「継がせる覚悟」の方が大変
私生活に変化があったとき、父が私に「会社を継がないか」と声をかけてくれました。中に入ってすぐ「父の存在」の大きさを痛感しました。経営に携わる中で、自分の人脈を築き、前向きになることができました。事業承継は「継ぐ覚悟」より「継がせる覚悟」の方が大変だと今は思います。創業者の偉大さも、親への感謝の気持ちも、いなくなってから気づくことが多いです。
講演2 先代から与えられた課題を生かして内閣総理大臣賞
株式会社パール技研
代表取締役 小嶋大介氏
父が残した「試練」を「自信」に変え、「魂」を引き継ぐ
後継指名された後、父は私に帝王学を学ぶ時間を作ってくれました。その父は私に早逝や負債という「試練」と、深海探査機「江戸っ子1号」プロジェクト参加という「魂」を残しました。「試練」を乗り越えることで「自信」となり、「魂」は内閣総理大臣賞という「実績」につながりました。
講演2 1905年創業の老舗を残していくのが私の使命
有限会社東屋
代表取締役 木戸麻貴氏
両親から無理強いはなく、いろんな経験を重ねた上で決意
両親から「家業を継げ」とは言われず、様々な職を経験した上で、40代で家業を継ぎました。地元の経営塾に入って皆さんが頑張っている姿に接し、私も挑戦していこうと思えるようになりました。そんな中で、当社のデザインが「すみだモダン2016」の認証を受けることができました。祖先たちが頑張って築いてきたものを残していくのが私の使命だと感じています。
閉会の挨拶
Closing remarks
閉会にあたって東洋大学の矢口悦子学長が挨拶しました。同大学には現代社会の重要課題に対して、経営学・社会学・生命科学などの研究者たちが学部や専門領域を越えてチームを組む「重点研究推進プログラム」があることを紹介し、「少しでも社会が良い方向に動いていくための実装に取り組んでいきます」と語りました。さらに、「中小企業の事業承継は重要なテーマです。多くの方々に励みになったと言われる成果をあげられるよう、引き続き取り組んでいきますので、よろしくお願いいたします」と今後の継続的な取り組みへの決意を示しました。

東洋大学 学長 矢口 悦子氏
ファシリテーター
Facilitator
東洋大学経営学部教授
山本 聡 氏
事業承継とは先代経営者と後継者の「いのちのバトン」です。経営者同士のアイデンティティの受け渡しであり、「私たちは誰なのか?」という問いの解答を繰り返しながら、世代を超えて、生き方と意味が連鎖するものだと捉えています。これからも経営学による個別ケースの積み重ねと、社会心理学、精神医学、脳科学などの科学的アプローチを融合し、円滑な事業承継のあり方を考えていきたいと思っています。


